現生人類からネアンデルタール人への伝染病の感染
これは4月13日分の記事として掲載しておきます。現生人類(Homo sapiens)からネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)へと伝染病が感染した可能性を指摘した研究(Houldcroft, and Underdown., 2016)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。現生人類はネアンデルタール人と交雑し、ネアンデルタール人から免疫関連の遺伝子を受け継いだことが知られています。アフリカ起源の現生人類が、現生人類よりも長くユーラシアに適応してきたネアンデルタール人からそうした免疫関連の遺伝子を受け継いだことにより、ユーラシアでの拡散が可能になったのではないか、と考えられています。そのような免疫関連の遺伝子のなかには、細菌性敗血症やダニ由来の脳炎にたいするものもあります。このような感染症への抵抗をネアンデルタール人との交雑により獲得することは、新たに進出した地域での現生人類の適応度を高めたことでしょう。
一方、ネアンデルタール人の側からすると、アフリカ起源の現生人類がアフリカ土着の感染症を新たにユーラシアに持ち込んだ、とも言えます。これがネアンデルタール人にとって打撃となったことは間違いないでしょう。もちろん、現生人類とネアンデルタール人とが遭遇した更新世は、農耕が始まり人口密度が更新世と比較してはるかに高くなった完新世とは、伝染病の感染の様相が大きくことなっていたことでしょう。ネアンデルタール人は15~30人の小さいバンドを形成し、人口密度は希薄だったと考えられているので、現生人類由来の感染症がネアンデルタール人社会に広く急速に拡散したとは考えにくいところがあります。
しかしこの研究は、15世紀末以降のアメリカ大陸のように、いくつかの感染症が在来集団に急速に拡散し、短期間で人口構造が大きく変わったわけではないとしても、現生人類の感染症の多くは農耕開始よりも前から存在していたことから、現生人類由来の感染症はネアンデルタール人の衰退・絶滅の一因になったのではないか、と指摘しています。現生人類からもたらされた感染症がネアンデルタール人を絶滅に追い込んだのではないか、との見解は現生人類アフリカ単一起源説が提唱された頃より主張されていましたが、この研究は、近年の遺伝学の研究成果に基づき、気候変動などとの複合的要因ではあるものの、その可能性が高いことを改めて論じています。
たとえば、胃潰瘍の原因となるピロリ菌(Helicobacter pylori)は、現生人類からネアンデルタール人へと感染した伝染病の有力候補です。ピロリ菌が最初に人類に感染したのは、116000~88000年前頃のアフリカにおいてだ、と推測されています。その他には、生殖ヘルペスの原因となる単純ヘルペスウイルス(herpes simplex 2)や結核が想定されています。結核は、家畜動物から人間に感染したと考えられてきましたが、じっさいはその逆でした。人間の結核の症例は50万年前頃までさかのぼります(関連記事)。条虫(サナダムシ)も、現生人類からネアンデルタール人へと伝わった可能性が想定されています。
ネアンデルタール人はけっきょく絶滅した(もっとも、絶滅したとはいっても、ネアンデルタール人のDNAは現代人にわずかながら継承されているわけで、より正確には、ネアンデルタール人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は現在では存在しない、と言うべきかもしれませんが)わけですから、ネアンデルタール人は現生人類ほどには新たな感染症に抵抗できなかった、とも考えられます。そうだとしたら、ネアンデルタール人の遺伝的多様性の低さが、新たな感染症への脆弱性をもたらしたかもしれない、とこの研究は指摘しています。
ネアンデルタール人の絶滅に関しては複数の要因が挙げられていますが(関連記事)、現生人類からの感染症が一因だった可能性は高いでしょう。ただ、それがどれだけの比重なのかというと、推定の難しいところだと思います。おそらく、ネアンデルタール人衰退の様相は地域により異なっており、各要因とその比重も異なっていたのでしょう。大まかに分類すれば、この現生人類からの感染症説も含まれますが、現生人類との接触がネアンデルタール人絶滅の最大というか根本的要因だったと思われます。
参考文献:
Houldcroft CJ, and Underdown SJ.(2016): Neanderthal genomics suggests a pleistocene time frame for the first epidemiologic transition. American Journal of Physical Anthropology, 160, 3, 379–388.
http://dx.doi.org/10.1002/ajpa.22985
一方、ネアンデルタール人の側からすると、アフリカ起源の現生人類がアフリカ土着の感染症を新たにユーラシアに持ち込んだ、とも言えます。これがネアンデルタール人にとって打撃となったことは間違いないでしょう。もちろん、現生人類とネアンデルタール人とが遭遇した更新世は、農耕が始まり人口密度が更新世と比較してはるかに高くなった完新世とは、伝染病の感染の様相が大きくことなっていたことでしょう。ネアンデルタール人は15~30人の小さいバンドを形成し、人口密度は希薄だったと考えられているので、現生人類由来の感染症がネアンデルタール人社会に広く急速に拡散したとは考えにくいところがあります。
しかしこの研究は、15世紀末以降のアメリカ大陸のように、いくつかの感染症が在来集団に急速に拡散し、短期間で人口構造が大きく変わったわけではないとしても、現生人類の感染症の多くは農耕開始よりも前から存在していたことから、現生人類由来の感染症はネアンデルタール人の衰退・絶滅の一因になったのではないか、と指摘しています。現生人類からもたらされた感染症がネアンデルタール人を絶滅に追い込んだのではないか、との見解は現生人類アフリカ単一起源説が提唱された頃より主張されていましたが、この研究は、近年の遺伝学の研究成果に基づき、気候変動などとの複合的要因ではあるものの、その可能性が高いことを改めて論じています。
たとえば、胃潰瘍の原因となるピロリ菌(Helicobacter pylori)は、現生人類からネアンデルタール人へと感染した伝染病の有力候補です。ピロリ菌が最初に人類に感染したのは、116000~88000年前頃のアフリカにおいてだ、と推測されています。その他には、生殖ヘルペスの原因となる単純ヘルペスウイルス(herpes simplex 2)や結核が想定されています。結核は、家畜動物から人間に感染したと考えられてきましたが、じっさいはその逆でした。人間の結核の症例は50万年前頃までさかのぼります(関連記事)。条虫(サナダムシ)も、現生人類からネアンデルタール人へと伝わった可能性が想定されています。
ネアンデルタール人はけっきょく絶滅した(もっとも、絶滅したとはいっても、ネアンデルタール人のDNAは現代人にわずかながら継承されているわけで、より正確には、ネアンデルタール人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は現在では存在しない、と言うべきかもしれませんが)わけですから、ネアンデルタール人は現生人類ほどには新たな感染症に抵抗できなかった、とも考えられます。そうだとしたら、ネアンデルタール人の遺伝的多様性の低さが、新たな感染症への脆弱性をもたらしたかもしれない、とこの研究は指摘しています。
ネアンデルタール人の絶滅に関しては複数の要因が挙げられていますが(関連記事)、現生人類からの感染症が一因だった可能性は高いでしょう。ただ、それがどれだけの比重なのかというと、推定の難しいところだと思います。おそらく、ネアンデルタール人衰退の様相は地域により異なっており、各要因とその比重も異なっていたのでしょう。大まかに分類すれば、この現生人類からの感染症説も含まれますが、現生人類との接触がネアンデルタール人絶滅の最大というか根本的要因だったと思われます。
参考文献:
Houldcroft CJ, and Underdown SJ.(2016): Neanderthal genomics suggests a pleistocene time frame for the first epidemiologic transition. American Journal of Physical Anthropology, 160, 3, 379–388.
http://dx.doi.org/10.1002/ajpa.22985
この記事へのコメント