着火のさいに二酸化マンガンを利用したネアンデルタール人

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が着火のさいに二酸化マンガンを利用した可能性を指摘した研究(Heyes et al., 2016)が公表されました。フランスでは、中部旧石器時代のムステリアン(Mousterian)遺跡で二酸化マンガンが発見されています。二酸化マンガンは、その着色特性から、人間が身体装飾に利用したと考えられており、象徴的行為の考古学的指標ともされています。本論文は、フランスのペシュドゥラゼ1(Pech-de-l’Azé I)遺跡のアシューリアン伝統ムステリアン(Mousterian of Acheulean Tradition)層で発見された二酸化マンガンを対象に、この仮説を検証しています。

 ペシュドゥラゼ1遺跡のアシューリアン伝統ムステリアン層では、ネアンデルタール人と思われる人骨や石器や人間ではない動物の骨なども発見されており、その年代は、単一粒光刺激ルミネセンス(Single grain optically stimulated luminescence)年代測定により、51400±2000年前と推測されています。この年代は、放射性炭素年代測定法や電子スピン共鳴法の結果と整合的です。ペシュドゥラゼ1遺跡には、最初の現生人類(Homo sapiens)が出現する前に、ネアンデルタール人が数千年間居住していた、と考えられています。

 本論文は、ペシュドゥラゼ1遺跡の二酸化マンガンの分析と実験考古学的検証から、ネアンデルタール人は身体の装飾というよりも着火のために二酸化マンガンを利用したのではないか、との見解を提示しています。その根拠として、ペシュドゥラゼ1遺跡の二酸化マンガンが粉化していたことや、黒い顔料が必要だとすると二酸化マンガンよりも煤煙や炭の方が容易に入手可能だった、という事実が挙げられています。また、燃焼実験および熱重量測定から、二酸化マンガンの利用により木材の点火温度を下げることができ、容易に着火できるようになることも示されました。

 本論文は、ネアンデルタール人は着火にさいして選択的に二酸化マンガンを利用していたのであり、それは、石器製作のような反復的な単一の試行により発見されそうにないことだ、と指摘しています。そのため本論文は、着火のために二酸化マンガンを利用したことは、ネアンデルタール人の認知能力を理解する手がかりにもなる、と指摘し、(今でも主流と言えるかもしれない、現生人類と比較してネアンデルタール人の認知能力をずっと低く評価する見解にたいして)ネアンデルタール人の認知能力の高さを示唆しています。ただ本論文は、考古学的証拠はないものの、ネアンデルタール人が二酸化マンガンを装飾や社会的意思伝達に用いた可能性をまだ排除すべきではない、とも指摘しています。


参考文献:
Heyes PJ. et al.(2016): Selection and Use of Manganese Dioxide by Neanderthals. Scientific Reports, 6, 22159.
http://dx.doi.org/10.1038/srep22159

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