オーストラリア大陸先住民のY染色体の分析
オーストラリア大陸先住民(アボリジニー)のY染色体の分析に関する研究(Bergström et al., 2016)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。オーストラリア大陸は、アメリカ大陸と同じく、現生人類(Homo sapiens)ではない系統の人類は存在したことがない、との見解が定説となっています。オーストラリア大陸への現生人類の進出は、アメリカ大陸よりもずっと早かった、と一般には考えられています。オーストラリア大陸への現生人類の進出は、考古学的記録から47000年前頃までさかのぼる、とされていますが、もちろん今後の発見により、この年代がさらにさかのぼる可能性もじゅうぶんあります。オーストラリア大陸に初めて人類が進出した後期更新世において、その寒冷期には、オーストラリア大陸はタスマニア島・ニューギニア島と陸続きでサフルランドを形成していました。現代人の各地域集団でオーストラリア大陸のアボリジニーと最も近縁なのは、パプアニューギニア人です。
アボリジニーは、オーストラリア大陸への進出後、ヨーロッパ勢力の侵出まで、比較的孤立して進化してきた、というのが以前は有力説でした。しかし近年になって、中期完新世の5000~4000年前頃に南アジアからオーストラリア大陸へと人類が移動し、南アジア系の人類からアボリジニー(の祖先集団)へと遺伝子流動が起きた、との研究が提示されました(関連記事)。その傍証として挙げられているのが、オーストラリア大陸で広範に小型石器が用いられ始め、ディンゴがオーストラリア大陸で初めて確認され、パマ=ニュンガン(Pama-Nyungan)語族がオーストラリア大陸の大半に拡散したのが同じ頃である、ということです。これらは、南アジアからの人類の移住の影響ではないか、というわけです。
本論文は、アボリジニー13人のY染色体を解析し、他集団のY染色体と比較することで、中期完新世における南アジア系とアボリジニー(の祖先集団)との交雑という仮説を検証しています。もっとも、近世後期~近代にかけてのヨーロッパ勢力のオーストラリア大陸への侵出により、アボリジニー社会は大打撃を受けていて、それは、現代アボリジニー男性の70%ほどはユーラシア系のY染色体を有していること(そのうちの大半はヨーロッパ系と推定されています)にも反映されています。そのため本論文は、アボリジニー「在来」のY染色体系統を他系統と比較しています。
本論文は、アボリジニー「在来」のY染色体系統を、大きくハプログループK・M・Cと分類しています。このうち、KとMは近縁で、CはK・Mとやや離れた関係となっています。K・Mと最も近縁なハプログループはRおよびQで、その推定分岐年代は54300年前頃です。ハプログループCでは、アボリジニーはC4と分類されており、最も近縁な現生集団は、パプアニューギニア人のうちC2と分類されている人々です。C2・C4と最も近縁なのはハプログループC5で、C2・C4とC5の推定分岐年代は54100年前頃と推定されています。C2とC4の推定分岐年代は50100年前頃です。
こうした結果から、サフルランド系統は最近縁の非サフルランド系統と54000年前頃に分岐し、サフルランド内では、オーストラリア系とニューギニア系とが53000~48000年前に分岐したのではないか、と本論文は推測しています。本論文は、Y染色体の分析では、アボリジニーはヨーロッパ勢力の侵出まで他地域の人類から遺伝的影響を受けた痕跡がないので、中期完新世における南アジアからオーストラリア大陸への遺伝子流動は否定される、との見解を提示しています。本論文は、現時点での証拠から、サフルランドへの現生人類の1回のみの進出と、それに続く急速な系統分岐という単純なモデルを支持しています。
また本論文は、上記の推定分岐年代から、現生人類のサフルランドへの最初の移住は74000年前頃のトバ大噴火の後だろう、とも指摘しています。本論文の提示するオーストラリア系とニューギニア系との推定分岐年代は、サフルランドでの最初の考古学的記録に近いものの、それよりは早くなっています。しかし、サフルランド内のY染色体系統の最初の分岐が現生人類のサフルランド到達の前か後かは、推定分岐年代がより精確になっていくことと、今後の考古学的発見により決められるだろう、と本論文は指摘しています。
本論文は、中期完新世における南アジアからオーストラリア大陸への遺伝子流動を否定し、石器技術や言語の変化は内発的だった、との見解を提示しています。ただ、本論文も認めるように、ディンゴは中期完新世にオーストラリア大陸へと導入されているわけですから、中期完新世にオーストラリア大陸と他地域との間で何らかの人的交流があったことは否定できないでしょう。また、中期完新世におけるオーストラリア大陸の人類と南アジアなど他地域の人類との交雑を否定するには、Y染色体の比較だけでは不充分なことも否定できないだろう、と思います。
参考文献:
Bergström A. et al.(2016): Deep Roots for Aboriginal Australian Y Chromosomes. Current Biology, 26, 6, 809–813.
http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2016.01.028
アボリジニーは、オーストラリア大陸への進出後、ヨーロッパ勢力の侵出まで、比較的孤立して進化してきた、というのが以前は有力説でした。しかし近年になって、中期完新世の5000~4000年前頃に南アジアからオーストラリア大陸へと人類が移動し、南アジア系の人類からアボリジニー(の祖先集団)へと遺伝子流動が起きた、との研究が提示されました(関連記事)。その傍証として挙げられているのが、オーストラリア大陸で広範に小型石器が用いられ始め、ディンゴがオーストラリア大陸で初めて確認され、パマ=ニュンガン(Pama-Nyungan)語族がオーストラリア大陸の大半に拡散したのが同じ頃である、ということです。これらは、南アジアからの人類の移住の影響ではないか、というわけです。
本論文は、アボリジニー13人のY染色体を解析し、他集団のY染色体と比較することで、中期完新世における南アジア系とアボリジニー(の祖先集団)との交雑という仮説を検証しています。もっとも、近世後期~近代にかけてのヨーロッパ勢力のオーストラリア大陸への侵出により、アボリジニー社会は大打撃を受けていて、それは、現代アボリジニー男性の70%ほどはユーラシア系のY染色体を有していること(そのうちの大半はヨーロッパ系と推定されています)にも反映されています。そのため本論文は、アボリジニー「在来」のY染色体系統を他系統と比較しています。
本論文は、アボリジニー「在来」のY染色体系統を、大きくハプログループK・M・Cと分類しています。このうち、KとMは近縁で、CはK・Mとやや離れた関係となっています。K・Mと最も近縁なハプログループはRおよびQで、その推定分岐年代は54300年前頃です。ハプログループCでは、アボリジニーはC4と分類されており、最も近縁な現生集団は、パプアニューギニア人のうちC2と分類されている人々です。C2・C4と最も近縁なのはハプログループC5で、C2・C4とC5の推定分岐年代は54100年前頃と推定されています。C2とC4の推定分岐年代は50100年前頃です。
こうした結果から、サフルランド系統は最近縁の非サフルランド系統と54000年前頃に分岐し、サフルランド内では、オーストラリア系とニューギニア系とが53000~48000年前に分岐したのではないか、と本論文は推測しています。本論文は、Y染色体の分析では、アボリジニーはヨーロッパ勢力の侵出まで他地域の人類から遺伝的影響を受けた痕跡がないので、中期完新世における南アジアからオーストラリア大陸への遺伝子流動は否定される、との見解を提示しています。本論文は、現時点での証拠から、サフルランドへの現生人類の1回のみの進出と、それに続く急速な系統分岐という単純なモデルを支持しています。
また本論文は、上記の推定分岐年代から、現生人類のサフルランドへの最初の移住は74000年前頃のトバ大噴火の後だろう、とも指摘しています。本論文の提示するオーストラリア系とニューギニア系との推定分岐年代は、サフルランドでの最初の考古学的記録に近いものの、それよりは早くなっています。しかし、サフルランド内のY染色体系統の最初の分岐が現生人類のサフルランド到達の前か後かは、推定分岐年代がより精確になっていくことと、今後の考古学的発見により決められるだろう、と本論文は指摘しています。
本論文は、中期完新世における南アジアからオーストラリア大陸への遺伝子流動を否定し、石器技術や言語の変化は内発的だった、との見解を提示しています。ただ、本論文も認めるように、ディンゴは中期完新世にオーストラリア大陸へと導入されているわけですから、中期完新世にオーストラリア大陸と他地域との間で何らかの人的交流があったことは否定できないでしょう。また、中期完新世におけるオーストラリア大陸の人類と南アジアなど他地域の人類との交雑を否定するには、Y染色体の比較だけでは不充分なことも否定できないだろう、と思います。
参考文献:
Bergström A. et al.(2016): Deep Roots for Aboriginal Australian Y Chromosomes. Current Biology, 26, 6, 809–813.
http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2016.01.028
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