メラネシア人のゲノムに見られるネアンデルタール人とデニソワ人の痕跡

 メラネシア人のゲノムに見られるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)の痕跡に関する研究(Vernot et al., 2016)が報道されました。日本語の解説記事も公表されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。非アフリカ系現代人は、ネアンデルタール人由来のゲノム領域を2%程度継承しています。アフリカ系現代人はネアンデルタール人由来のゲノム領域をほとんど継承していないため、現生人類(Homo sapiens)は出アフリカ後にネアンデルタール人と交雑した、と考えられています。ただ、本論文がルイヤ人とガンビア人に関して指摘しているように、非アフリカ系現生人類との交雑により、アフリカ系現代人にも、わずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域が確認されることもあります。

 オセアニアの現代人は、デニソワ人由来のゲノム領域も2~4%程度継承しています(本論文で対象となったメラネシア人では1.9~3.4%)。デニソワ人由来のゲノム領域は、オセアニアの現代人においてとくに高い割合で確認されていますが、広く他地域の現代人集団もデニソワ人由来のゲノム領域を継承している可能性が、本論文でも指摘されています。じっさい、たとえばチベット人の高地適応遺伝子のなかには、デニソワ人由来のものがある、と報告されています(関連記事)。

 本論文は、デニソワ人やネアンデルタール人といった複数の絶滅ホモ属からのDNAの継承を現代人のゲノムにおいて特定する手法を開発し、人類史における複雑な交雑の様相の一端を明らかにしています。もっとも、絶滅ホモ属とはいっても、デニソワ人やネアンデルタール人のDNAは現代人にわずかながら継承されているわけで、より正確には、デニソワ人やネアンデルタール人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は現在では存在しない、と言うべきかもしれません。ただ、デニソワ人の方は、形態的特徴はほとんど明らかになっていませんが。

 本論文は、35人のメラネシア人を含む1500人以上の現代人の全ゲノム配列を用いて、ネアンデルタール人とデニソワ人由来のゲノム領域を推定しています。本論文は、この1500人以上の現代人から、絶滅ホモ属に由来すると推測されるDNAを復元しています。ネアンデルタール人については約13億4千万塩基、デニソワ人については約3億300万塩基です。この分析・比較の結果、非アフリカ系現代人のうち、たとえばヨーロッパ人には、ネアンデルタール人由来のゲノム領域が見られた一方で、デニソワ人由来のゲノム領域は見られなかったのにたいして、メラネシア人に関しては、デニソワ人とネアンデルタール人双方のゲノム領域が見られました。

 デニソワ人は南西シベリアで発見されたホモ属で、メラネシアとは遠く離れており、ヨーロッパの方にずっと近い、と言えます。どこでメラネシア人の祖先集団がデニソワ人と交雑したのか、議論が続いています。本論文は、デニソワ人が東アジアにまで拡散していた可能性が高い、と指摘しています。アフリカからユーラシア南岸を東進した初期現生人類集団は、東アジア(もしくは東南アジア北部)でデニソワ人と遭遇して交雑し、メラネシアやオーストラリアへと進出したのではないか、というわけです。

 ネアンデルタール人のゲノム領域には、現代人において排除されたように思われる領域があり、それは生殖や発話に関連する遺伝子のある領域です(関連記事)。そうしたネアンデルタール人の遺伝子は、初期現生人類にとって有害というか、適応度を下げるものだったので、排除されたのではないか、というわけです。デニソワ人のゲノム領域に関しても、現代人において排除されたように思われる領域があり、それは言語や発話・脳およびその発達・脳細胞シグナル伝達に関わる遺伝子のある領域です。おそらくそれらは、初期現生人類にとって、有害というか、適応度を下げる遺伝子だったのでしょう。

 一方、現代人に見られるデニソワ人由来の遺伝子のなかには、免疫機能に関連したものが確認されており、それらは有益というか適応度を上げたので、現代まで継承されているのではないか、と考えられます。新たな地域に侵入してきたメラネシア人の祖先集団にとって、その地域(がどこなのかは、上述したように議論が続いているわけですが)で長年適応してきたデニソワ人の免疫に関連する遺伝子は、適応度を上げることに役立ったのではないか、というわけです。

 本論文はまた、デニソワ人・ネアンデルタール人・現生人類の間の複雑な交雑史も指摘しています。デニソワ人とメラネシア人系統との交雑は1回のみだったのではないか、と本論文では推測されています。一方、非アフリカ系現代人において、ネアンデルタール人由来のゲノム領域の割合が各地域集団においてわずかに違うことから、ネアンデルタール人と非アフリカ系現代人の祖先集団との交雑は複数回起きたようだ、と本論文は推測しています。

 まず、ヨーロッパ系・東アジア系・メラネシア系の共通祖先集団(非アフリカ系現代人が各地域集団に分岐する前)が、次に、メラネシア系が分岐した後のヨーロッパ系と東アジア系の共通祖先集団が、その次に、ヨーロッパ系と分岐した後の東アジア系祖先集団が、それぞれネアンデルタール人と交雑したのではないか、というわけです。現代人の各地域集団の成立を考察するさいに、もはやネアンデルタール人やデニソワ人など非現生人類系統との交雑を無視することはできず、その様相はかなり複雑なものだった可能性が高い、と言えそうです。


参考文献:
Vernot B. et al.(2016): Excavating Neandertal and Denisovan DNA from the genomes of Melanesian individuals. Science, 352, 6282, 235–239.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aad9416

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  • 現生人類とデニソワ人との複数回の交雑

    Excerpt: これは3月20日分の記事として掲載しておきます。現生人類(Homo sapiens)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との交雑に関する研究(Browning et al., 2.. Weblog: 雑記帳 racked: 2018-03-17 20:46