『天智と天武~新説・日本書紀~』第83話「謎の訪問者」
『ビッグコミック』2016年3月10日号掲載分の感想です。前回は、藤原不比等(史)が娘の光明子(安宿媛)を皇后の座につける、と宣言したところで終了しました。今回は、不比等が四人の息子(今回も明示されていませんが、武智麻呂・房前・宇合・麻呂なのでしょう)たちに、『日本紀(日本書紀)』の編纂における苦労を語る場面から始まります。不比等が最も腐心したのは、天智帝(中大兄皇子)と自分の父である藤原(中臣)鎌足(豊璋)の名誉を守ることでした。不比等は、自分の努力により天智帝と鎌足は国を私物化した悪漢である蘇我入鹿を討ち取った英雄として後世に伝わるだろう、と自負していました。
入鹿の声望はいまだに高いが、それも時の流れに埋もれてしまうだろう、と言った不比等は、なぜそうしたか分かるか、と四人の息子たちに問いかけます。祖父である鎌足が天智帝から名を賜るほどの信頼と寵愛を受け、藤原氏の始祖となったように、藤原氏は天智帝にたいへんな恩義を受けたからだ、と四人の息子たちは答えます。すると不比等は、そうだ、と言います。不比等は、自分も天智帝の娘である持統帝(鸕野讚良皇女)に引き立てていただいた、と回想します。このように藤原氏は天智帝とその娘である持統帝から引き立ててもらった、と語る不比等は、天智帝の血筋を守る一方で、天武帝(大海人皇子)の血筋は断たねばならない、と力説します。不比等が天武帝に敵意を抱いているのは、異母兄の定恵(真人)殺害の黒幕が天武帝だと誤解しているからです。
天武帝の血筋は断たねばならない、と四人の息子たちに念押しした不比等は、誰のことなのか分かるな、と息子たちに問いかけます。すると四人の息子たちのうち一人が、長屋王ですね、と答えます。自分の娘の光明子を皇后の座に就ける時に最も邪魔になるのが皇族の中心人物である長屋王だ、と不比等は言います。不比等が長屋王を警戒していたのは、天武帝直系の孫であり、天武帝に似ているからでもありました。ここで長屋王の姿が挿入されますが、確かに天武帝に似た顔となっており、入鹿顔は天武帝から長屋王へと継承されたことになります。長屋王の父である高市皇子は、子供時代の顔が一度描かれただけですが、天武帝にはあまり似ていなかったように思います。高市皇子は成長して天武帝に似た顔になった、という設定なのでしょうか。知恵を絞って長屋王を消す手立てを考えるのだ、と不比等は四人の息子たちに命じます。不比等は、始祖である鎌足の遺言を忘れるな、我々は天智天皇に仕える一族であり、『日本紀』に記されなかった事実のように、我々を邪魔する者は全て葬り去るのだ、と自信に満ちた迫力のある表情で四人の息子たちに言い渡します。
不比等が四人の息子たちにこのように語ったその晩か、それからさほど日が経過していないだろうある日の晩に、不比等の知り合いと名乗る老爺が訪ねてきます。その老爺は、会えなければ帰らない、と言い張ります。力づくで追い返せ、と不比等は家人に命じますが、定恵の件だと聞いた不比等は、その老爺と会うことにします。不比等はその老爺には見覚えがありませんでした。その老爺は人払いを不比等に要求し、不比等はその老爺と二人きりとなります。その老爺は、老い先短いので思い残すことなく逝きたい、と言って、不比等にとって異母兄となる定恵について語り始めます。
定恵暗殺の黒幕が誰なのかご存知ですか、と老爺に問いかけられた不比等は、そんな自明のことを言いに来たのか、といった感じで苛立ち、天武天皇(大海人皇子)だ、と答えます。すると老爺は、天地神明に誓って大海人皇子ではない、と言います。不比等は激昂し、でたらめを申すな、と言って老爺の胸倉をつかみます。死期が近いだろう不比等ですが、意外と元気です。それだけ激昂したということでしょうか。老爺は、死を前にでたらめを言う理由がないし、大海人皇子が父親の仇討ちを行なうなら、鎌足を殺せばよいだけのことだ、と指摘します。不比等は、では黒幕は誰なのか、と老爺を問い詰めます。老爺はその問いに答える前に、定恵暗殺の実行犯が鬼室集斯だと不比等に伝えます。鬼室集斯は鎌足(豊王)に殺された鬼室福信の息子なので鎌足を恨んでおり、倭(日本)に亡命した百済貴族の一人でした。
なぜそのような秘事を知っているのだ、と不比等に問われた老爺は、自分こそが鬼室集斯だからだ、と答えます。衝撃を受ける不比等に、鬼室集斯は天智帝から定恵殺害を指示されたと打ち明けます。父の仇である鎌足は天智帝の「(忠臣)手足」なので殺してはならないから、その代わりに鎌足の最愛の息子を討てば、鎌足(豊王)に一生続く苦しみを与えられるぞ、と鬼室集斯は天智帝に言われたのでした。大海人皇子だと思っていた定恵暗殺の黒幕は、藤原氏が大恩を蒙ったと不比等自身は考えていた天智帝だと知り、不比等はさらに衝撃を受けます。天智帝が忠臣である鎌足の長男を殺害するよう命じるのはおかしい、との不比等の疑問は、孝徳帝のご落胤かもしれない定恵は天智帝にとって皇位継承上の脅威になりかねなかった、との鬼室集斯の説明により退けられます。
まったく予想もしなかった真相に狼狽する不比等は、そんな戯言は聞きたくないから帰れ、と鬼室集斯に命じます。しかし鬼室集斯は、まだ話は終わっていない、と言って不比等にさらなる真相を伝えます。定恵が天智帝に狙われていると勘づいた大海人皇子は、すぐに定恵を山里に匿い、その場所を定恵と不比等の父である鎌足にだけ報せました。天智帝の魔手から逃れて父子を対面させようという配慮からでした。もっとも、この鬼室集斯の説明は不充分で、大海人皇子には、不比等と天智帝を離間させようという意図もあったわけですが。鎌足が主君たる天智帝への忠誠を優先し、定恵の居場所を天智帝に報せ、自分はその場にいたので定恵を暗殺できたのだ、と鬼室集斯は不比等に打ち明けます。
この鬼室集斯の告白に、不比等は愕然とします。鎌足は愛するもう一人の息子の不比等(史)も天智帝に奪われそうになったので、不比等を匿うよう大海人皇子に頼んだのだ、と鬼室集斯は不比等に説明します。有り余るほどの恩を受けながら宿敵と勘違いしているのは滑稽だ、と不比等に言った鬼室集斯は、これが真実でございます、直視してくださいませ、と不比等に言い渡します。鬼室集斯の告白があまりにも衝撃的だったため、不比等は発狂します。不比等の四人の息子たちが不比等の様子を見に行くと、直さねば、と不比等は独り言を繰り返していました。不比等の様子が変なのを心配する四人の息子たちに、自分の創った歴史である日本紀』を何としても直さねば、と不比等が涙目で訴えるところで、今回は終了です。
今回は、いよいよ完結が近づいてきたな、ということを改めて感じさせる内容でした。残り2~3話というところでしょうか。この様子なら、何とかまとまった形で完結しそうなので、絶望することはなさそうですが、寂しいのは否めません。さて、今回の内容ですが、これまでの描写を踏まえた物語としてみると、整合的というか、説得力のある話になっていたように思います。不比等は異母兄の定恵を慕い、その暗殺の黒幕を大海人皇子と誤解していたことから(まあ、第69話にて大海人皇子も認めていたように、定恵の死には大海人皇子の責任も大きいわけですが)、大海人皇子を宿敵と考えていました。また、天智帝から藤原氏は大恩を蒙ったのであり、藤原氏は天智帝の一族に仕えていかねばならない、と不比等は強く考えていました。
しかし、鬼室集斯によって明かされた真相はその正反対とも言うべきであり、定恵にとっても自身にとっても、天智帝こそが仇であり、大海人皇子からは大恩を蒙っていたわけですから、不比等にとってこれまでの世界観がひっくり返るような衝撃だったはずです。すでに死期が近づき、気力が衰えていただろうとはいえ、作中では「怪物」の一人として描かれ、優れた能力と精神力を有するだろう不比等が、大きな衝撃を受けて発狂したのは仕方のないところだな、と思います。話の方も、衝撃を受ける不比等の描写も、説得力があったと思います。
これが真実でございます、直視してくださいませ、と不比等に言った時の鬼室集斯の表情は、嘲笑と満足が入り混じったものだったように思います。鬼室集斯は定恵には恨みを抱いておらず、自分に友情さえ抱いていたような定恵を殺害したことに苦悩していたようでもありましたから、今回の鬼室集斯の告白は余命短いなかでの懺悔でもあるのでしょう。また、狼狽する不比等を嘲笑したような表情からは、これが復讐であるようにも思われます。鬼室集斯からすると、滑稽にも天武天皇を宿敵と考えており、死期の近い不比等に、精神的大打撃を与えようとしたのでしょう。死期の近い不比等には、もう自らの過ちを正す時間は残されていないだろう、との思惑もあったのかもしれません。鬼室集斯の物語という観点からも、今回はなかなか面白く説得力があったのではないか、と思います。
ただ、歴史物語として見ると、不比等の目標が天武天皇の血筋を断つことなのには疑問が残ります。不比等が皇后の座に就けようとしている自分の娘(光明子)の夫は、皇太子である首皇子(聖武天皇)であり、天武天皇の直系(父系)の曾孫です。不比等は天武天皇の直系の孫である長屋王を危険視し、排除するよう四人の息子たちに命じていますが、どちらも天武天皇の直系の子孫であることに違いはありません。長屋王の容貌(とおそらくは人格・能力も)が天武天皇に似ていることが問題視されているのかもしれませんが、どうも歴史物語としては疑問の残るところです。
天智天皇の血筋を守れ、と不比等は四人の息子たちに厳命していますから、天智天皇の子孫である聖武天皇(父の文武天皇は、母方祖父と、父である草壁皇子の母方祖父が、ともに天智天皇となります)は問題ない、ということなのかもしれませんが、それを言えば、長屋王も母方祖父が天智天皇となります。さらに、長屋王の妻の一人は不比等の娘である長娥子ですし(作中設定では存在しなかったことになっているのかもしれませんが)、そもそも不比等が長屋王を危険視・敵視していたのか、疑問も残ります。まあ、不比等が長屋王を危険視・敵視していたとしても、歴史創作ものとして説得力に欠ける、とまでは言えないかもしれませんが。
もっとも、不比等は持統天皇に引き立てられた、と語っています。おそらく、黒作懸佩刀の伝承からも、不比等は持統天皇の息子である草壁皇子の擁立に功績があった、と作中でも設定されているのでしょう。そうすると、天武天皇の子孫でも、持統天皇の子孫だけは例外で、不比等はその血筋を守ろうとしているのかしもれません。こう考えると、長屋王を危険視して四人の息子たちに排除を命じた一方で、聖武天皇を擁立しようと考えている(今回、この点が明示されたわけではありませんが、光明子を皇后の座に就けるわけですから、聖武天皇の擁立が大前提になっているのだと思います)理由も納得できます。
あるいは、当時の朝廷は壬申の乱の勝者の系譜で構成されているので、さすがに表だって天武天皇の子孫を排除できないと不比等は判断し、とりあえずは天武天皇系の皇族を擁立するものの、藤原氏はじょじょにその勢力を削いでいき、ついには奈良時代後期に皇統を天武系から天智系へと移行させることに成功した、という話になるのかもしれません。もっとも、そもそも当時「天智系」と「天武系」という意識が存在したのか、疑問も残ります(関連記事)。
鬼室集斯の告白により改心したらしい不比等は、自分が史実の改竄を命じて編纂させた『日本紀(日本書紀)』の書き直しを企図しているようです。しかし、予告は「直したくとも時間(寿命)が・・・・・・改竄の報いか、これから藤原家に大いなる災いが近づいてきます」となっており、おそらく不比等は三ヶ月も経たずに死ぬでしょうから、書き直しはほとんど進まないのでしょう。権勢を極めたものの、勘違いした哀れな権力者として不比等は描かれるのかもしれません。
藤原氏に近づく大いなる災いとは、一つは間近に迫った不比等の死であり、もう一つは不比等の四人の息子たちの相次ぐ病死なのかもしれません。もっとも、後者はこの時点より17年後のことなので、あるいは別の事件なのかもしれません。しかし、光明子(光明皇后)の息子の夭折もあるとはいえ、藤原氏に近づく大いなる災いとなると、やはり不比等の四人の息子たちの相次ぐ病死が有力でしょうから、それにより、聖徳太子(作中設定では本来は蘇我入鹿のこと)の怨霊を怖れた光明子(光明皇后)が、蘇我入鹿を模した仏像を法隆寺夢殿に安置(封印)するよう命じた、という話になりそうな気がします。
これで初回冒頭と上手くつながるわけですが、天智帝の最期と遺体の在処や、作中世界における上宮王家の位置づけといった残る謎も明かしてもらいたいものです。できれば、不比等が持統天皇に重用されて台頭するところや、それ以前の天武朝の人間模様(草壁皇子と大津皇子との関係や、それとも関係する天武帝の後継者をめぐる話など)なども描いてもらいたいものですが、さすがに残り2~3話では無理でしょうか。第二部として天武朝~元明朝までが描かれるのを期待したいところですが、それは妄想するしかない、ということなのでしょう。
入鹿の声望はいまだに高いが、それも時の流れに埋もれてしまうだろう、と言った不比等は、なぜそうしたか分かるか、と四人の息子たちに問いかけます。祖父である鎌足が天智帝から名を賜るほどの信頼と寵愛を受け、藤原氏の始祖となったように、藤原氏は天智帝にたいへんな恩義を受けたからだ、と四人の息子たちは答えます。すると不比等は、そうだ、と言います。不比等は、自分も天智帝の娘である持統帝(鸕野讚良皇女)に引き立てていただいた、と回想します。このように藤原氏は天智帝とその娘である持統帝から引き立ててもらった、と語る不比等は、天智帝の血筋を守る一方で、天武帝(大海人皇子)の血筋は断たねばならない、と力説します。不比等が天武帝に敵意を抱いているのは、異母兄の定恵(真人)殺害の黒幕が天武帝だと誤解しているからです。
天武帝の血筋は断たねばならない、と四人の息子たちに念押しした不比等は、誰のことなのか分かるな、と息子たちに問いかけます。すると四人の息子たちのうち一人が、長屋王ですね、と答えます。自分の娘の光明子を皇后の座に就ける時に最も邪魔になるのが皇族の中心人物である長屋王だ、と不比等は言います。不比等が長屋王を警戒していたのは、天武帝直系の孫であり、天武帝に似ているからでもありました。ここで長屋王の姿が挿入されますが、確かに天武帝に似た顔となっており、入鹿顔は天武帝から長屋王へと継承されたことになります。長屋王の父である高市皇子は、子供時代の顔が一度描かれただけですが、天武帝にはあまり似ていなかったように思います。高市皇子は成長して天武帝に似た顔になった、という設定なのでしょうか。知恵を絞って長屋王を消す手立てを考えるのだ、と不比等は四人の息子たちに命じます。不比等は、始祖である鎌足の遺言を忘れるな、我々は天智天皇に仕える一族であり、『日本紀』に記されなかった事実のように、我々を邪魔する者は全て葬り去るのだ、と自信に満ちた迫力のある表情で四人の息子たちに言い渡します。
不比等が四人の息子たちにこのように語ったその晩か、それからさほど日が経過していないだろうある日の晩に、不比等の知り合いと名乗る老爺が訪ねてきます。その老爺は、会えなければ帰らない、と言い張ります。力づくで追い返せ、と不比等は家人に命じますが、定恵の件だと聞いた不比等は、その老爺と会うことにします。不比等はその老爺には見覚えがありませんでした。その老爺は人払いを不比等に要求し、不比等はその老爺と二人きりとなります。その老爺は、老い先短いので思い残すことなく逝きたい、と言って、不比等にとって異母兄となる定恵について語り始めます。
定恵暗殺の黒幕が誰なのかご存知ですか、と老爺に問いかけられた不比等は、そんな自明のことを言いに来たのか、といった感じで苛立ち、天武天皇(大海人皇子)だ、と答えます。すると老爺は、天地神明に誓って大海人皇子ではない、と言います。不比等は激昂し、でたらめを申すな、と言って老爺の胸倉をつかみます。死期が近いだろう不比等ですが、意外と元気です。それだけ激昂したということでしょうか。老爺は、死を前にでたらめを言う理由がないし、大海人皇子が父親の仇討ちを行なうなら、鎌足を殺せばよいだけのことだ、と指摘します。不比等は、では黒幕は誰なのか、と老爺を問い詰めます。老爺はその問いに答える前に、定恵暗殺の実行犯が鬼室集斯だと不比等に伝えます。鬼室集斯は鎌足(豊王)に殺された鬼室福信の息子なので鎌足を恨んでおり、倭(日本)に亡命した百済貴族の一人でした。
なぜそのような秘事を知っているのだ、と不比等に問われた老爺は、自分こそが鬼室集斯だからだ、と答えます。衝撃を受ける不比等に、鬼室集斯は天智帝から定恵殺害を指示されたと打ち明けます。父の仇である鎌足は天智帝の「(忠臣)手足」なので殺してはならないから、その代わりに鎌足の最愛の息子を討てば、鎌足(豊王)に一生続く苦しみを与えられるぞ、と鬼室集斯は天智帝に言われたのでした。大海人皇子だと思っていた定恵暗殺の黒幕は、藤原氏が大恩を蒙ったと不比等自身は考えていた天智帝だと知り、不比等はさらに衝撃を受けます。天智帝が忠臣である鎌足の長男を殺害するよう命じるのはおかしい、との不比等の疑問は、孝徳帝のご落胤かもしれない定恵は天智帝にとって皇位継承上の脅威になりかねなかった、との鬼室集斯の説明により退けられます。
まったく予想もしなかった真相に狼狽する不比等は、そんな戯言は聞きたくないから帰れ、と鬼室集斯に命じます。しかし鬼室集斯は、まだ話は終わっていない、と言って不比等にさらなる真相を伝えます。定恵が天智帝に狙われていると勘づいた大海人皇子は、すぐに定恵を山里に匿い、その場所を定恵と不比等の父である鎌足にだけ報せました。天智帝の魔手から逃れて父子を対面させようという配慮からでした。もっとも、この鬼室集斯の説明は不充分で、大海人皇子には、不比等と天智帝を離間させようという意図もあったわけですが。鎌足が主君たる天智帝への忠誠を優先し、定恵の居場所を天智帝に報せ、自分はその場にいたので定恵を暗殺できたのだ、と鬼室集斯は不比等に打ち明けます。
この鬼室集斯の告白に、不比等は愕然とします。鎌足は愛するもう一人の息子の不比等(史)も天智帝に奪われそうになったので、不比等を匿うよう大海人皇子に頼んだのだ、と鬼室集斯は不比等に説明します。有り余るほどの恩を受けながら宿敵と勘違いしているのは滑稽だ、と不比等に言った鬼室集斯は、これが真実でございます、直視してくださいませ、と不比等に言い渡します。鬼室集斯の告白があまりにも衝撃的だったため、不比等は発狂します。不比等の四人の息子たちが不比等の様子を見に行くと、直さねば、と不比等は独り言を繰り返していました。不比等の様子が変なのを心配する四人の息子たちに、自分の創った歴史である日本紀』を何としても直さねば、と不比等が涙目で訴えるところで、今回は終了です。
今回は、いよいよ完結が近づいてきたな、ということを改めて感じさせる内容でした。残り2~3話というところでしょうか。この様子なら、何とかまとまった形で完結しそうなので、絶望することはなさそうですが、寂しいのは否めません。さて、今回の内容ですが、これまでの描写を踏まえた物語としてみると、整合的というか、説得力のある話になっていたように思います。不比等は異母兄の定恵を慕い、その暗殺の黒幕を大海人皇子と誤解していたことから(まあ、第69話にて大海人皇子も認めていたように、定恵の死には大海人皇子の責任も大きいわけですが)、大海人皇子を宿敵と考えていました。また、天智帝から藤原氏は大恩を蒙ったのであり、藤原氏は天智帝の一族に仕えていかねばならない、と不比等は強く考えていました。
しかし、鬼室集斯によって明かされた真相はその正反対とも言うべきであり、定恵にとっても自身にとっても、天智帝こそが仇であり、大海人皇子からは大恩を蒙っていたわけですから、不比等にとってこれまでの世界観がひっくり返るような衝撃だったはずです。すでに死期が近づき、気力が衰えていただろうとはいえ、作中では「怪物」の一人として描かれ、優れた能力と精神力を有するだろう不比等が、大きな衝撃を受けて発狂したのは仕方のないところだな、と思います。話の方も、衝撃を受ける不比等の描写も、説得力があったと思います。
これが真実でございます、直視してくださいませ、と不比等に言った時の鬼室集斯の表情は、嘲笑と満足が入り混じったものだったように思います。鬼室集斯は定恵には恨みを抱いておらず、自分に友情さえ抱いていたような定恵を殺害したことに苦悩していたようでもありましたから、今回の鬼室集斯の告白は余命短いなかでの懺悔でもあるのでしょう。また、狼狽する不比等を嘲笑したような表情からは、これが復讐であるようにも思われます。鬼室集斯からすると、滑稽にも天武天皇を宿敵と考えており、死期の近い不比等に、精神的大打撃を与えようとしたのでしょう。死期の近い不比等には、もう自らの過ちを正す時間は残されていないだろう、との思惑もあったのかもしれません。鬼室集斯の物語という観点からも、今回はなかなか面白く説得力があったのではないか、と思います。
ただ、歴史物語として見ると、不比等の目標が天武天皇の血筋を断つことなのには疑問が残ります。不比等が皇后の座に就けようとしている自分の娘(光明子)の夫は、皇太子である首皇子(聖武天皇)であり、天武天皇の直系(父系)の曾孫です。不比等は天武天皇の直系の孫である長屋王を危険視し、排除するよう四人の息子たちに命じていますが、どちらも天武天皇の直系の子孫であることに違いはありません。長屋王の容貌(とおそらくは人格・能力も)が天武天皇に似ていることが問題視されているのかもしれませんが、どうも歴史物語としては疑問の残るところです。
天智天皇の血筋を守れ、と不比等は四人の息子たちに厳命していますから、天智天皇の子孫である聖武天皇(父の文武天皇は、母方祖父と、父である草壁皇子の母方祖父が、ともに天智天皇となります)は問題ない、ということなのかもしれませんが、それを言えば、長屋王も母方祖父が天智天皇となります。さらに、長屋王の妻の一人は不比等の娘である長娥子ですし(作中設定では存在しなかったことになっているのかもしれませんが)、そもそも不比等が長屋王を危険視・敵視していたのか、疑問も残ります。まあ、不比等が長屋王を危険視・敵視していたとしても、歴史創作ものとして説得力に欠ける、とまでは言えないかもしれませんが。
もっとも、不比等は持統天皇に引き立てられた、と語っています。おそらく、黒作懸佩刀の伝承からも、不比等は持統天皇の息子である草壁皇子の擁立に功績があった、と作中でも設定されているのでしょう。そうすると、天武天皇の子孫でも、持統天皇の子孫だけは例外で、不比等はその血筋を守ろうとしているのかしもれません。こう考えると、長屋王を危険視して四人の息子たちに排除を命じた一方で、聖武天皇を擁立しようと考えている(今回、この点が明示されたわけではありませんが、光明子を皇后の座に就けるわけですから、聖武天皇の擁立が大前提になっているのだと思います)理由も納得できます。
あるいは、当時の朝廷は壬申の乱の勝者の系譜で構成されているので、さすがに表だって天武天皇の子孫を排除できないと不比等は判断し、とりあえずは天武天皇系の皇族を擁立するものの、藤原氏はじょじょにその勢力を削いでいき、ついには奈良時代後期に皇統を天武系から天智系へと移行させることに成功した、という話になるのかもしれません。もっとも、そもそも当時「天智系」と「天武系」という意識が存在したのか、疑問も残ります(関連記事)。
鬼室集斯の告白により改心したらしい不比等は、自分が史実の改竄を命じて編纂させた『日本紀(日本書紀)』の書き直しを企図しているようです。しかし、予告は「直したくとも時間(寿命)が・・・・・・改竄の報いか、これから藤原家に大いなる災いが近づいてきます」となっており、おそらく不比等は三ヶ月も経たずに死ぬでしょうから、書き直しはほとんど進まないのでしょう。権勢を極めたものの、勘違いした哀れな権力者として不比等は描かれるのかもしれません。
藤原氏に近づく大いなる災いとは、一つは間近に迫った不比等の死であり、もう一つは不比等の四人の息子たちの相次ぐ病死なのかもしれません。もっとも、後者はこの時点より17年後のことなので、あるいは別の事件なのかもしれません。しかし、光明子(光明皇后)の息子の夭折もあるとはいえ、藤原氏に近づく大いなる災いとなると、やはり不比等の四人の息子たちの相次ぐ病死が有力でしょうから、それにより、聖徳太子(作中設定では本来は蘇我入鹿のこと)の怨霊を怖れた光明子(光明皇后)が、蘇我入鹿を模した仏像を法隆寺夢殿に安置(封印)するよう命じた、という話になりそうな気がします。
これで初回冒頭と上手くつながるわけですが、天智帝の最期と遺体の在処や、作中世界における上宮王家の位置づけといった残る謎も明かしてもらいたいものです。できれば、不比等が持統天皇に重用されて台頭するところや、それ以前の天武朝の人間模様(草壁皇子と大津皇子との関係や、それとも関係する天武帝の後継者をめぐる話など)なども描いてもらいたいものですが、さすがに残り2~3話では無理でしょうか。第二部として天武朝~元明朝までが描かれるのを期待したいところですが、それは妄想するしかない、ということなのでしょう。
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