海部陽介『日本人はどこから来たのか?』
これは2月21日分の記事として掲載しておきます。文藝春秋社から2016年2月に刊行されました。本書は、昔から(おそらくは今後も長く)日本社会では関心の高い日本人起源論を取り上げています。本書の特徴は、日本社会ではありふれているとも言える日本人起源論を、現生人類(Homo sapiens)アフリカ単一起源説を前提として、現生人類のアフリカからの拡散という観点から検証していることです。日本列島とその周辺地域だけではなく、広く世界的な視野で考察されている、というわけです。
また本書は、現生人類以外の系統の人類についても簡潔に解説しています。これとも関連してくるのが、日本列島には現生人類以外の系統の人類が存在したのか、という問題です。これは、日本列島には中期旧石器時代、さらにさかのぼって前期旧石器時代が存在したのか、という昔からの議論にもつながってきます。中期旧石器時代、さらには前期旧石器時代となると、現生人類ではない人類系統が存在した可能性が高くなりそうですが、本書の立場は慎重で、日本列島において後期旧石器時代よりも前に人類が存在した確実な証拠はない、との見解が提示されています。また本書は、かりに日本列島において後期旧石器時代よりも前に人類が存在したとしても、遺跡数が少ないことから、その人口はきわめて少なかっただろう、と指摘しています。
本書の慎重な姿勢は現生人類の拡散をめぐる議論にも見られます。現生人類の拡散については、その回数・年代・経路などをめぐって議論が続いていますが(関連記事)、近年有力な見解として取り上げられているのが、「海岸移住説」です。現生人類はアフリカ東部→アラビア半島→南アジア→東南アジアというユーラシア南岸沿いに急速に拡散し、オーストラリア大陸(更新世の寒冷期にはニューギニアと陸続きでサフルランドを形成していました)へと進出した、とする仮説です。「海岸移住説」では、現生人類のユーラシア南岸沿いの拡散はユーラシア北方の拡散よりも早かった、と想定されています。
しかし本書は、ユーラシア各地の人骨・遺物の年代の検証から、「海岸移住説」を支持する確実な証拠はなく、現生人類はヒマラヤの南北をほぼ同時に東進し、ユーラシア全域へと拡大していった、との見解を提示しています。現生人類はユーラシアの東部へと、南北に別れて進出した、というわけです。その年代は48000~45000年前頃だと本書は推定しています。南アジア・東南アジア・東アジアにおいて、5万年前よりもさかのぼるとされる現生人類の遺骸や遺物も報告されていますが、本当に現生人類の遺骸や遺物なのか、また年代は信頼できるのか、と本書は疑問を呈しています。本書の慎重な姿勢を見習うべきなのでしょうが、やや厳しく評価しているようにも思います。東アジアや東南アジアへの現生人類の拡散に関しては、今後大きく見解が変わってくる可能性もあるでしょう。
こうした現生人類のユーラシア東部への進出を前提として、本書は日本列島への人類の進出を検証しています。日本列島において遺跡が激増するのは38000年前頃からで、本書はこれを現生人類の日本列島への進出と解釈しています。本書はその経路として、3通りを提示しています。一つは朝鮮半島から対馬を経て九州北部へと進出する経路で、これは航海が必要だった、と指摘されています。残りは、極東北部から寒冷期にはユーラシアと陸続きだった北海道への経路と、琉球列島への困難な航海を必要とする経路です。
本書はこのうち、日本列島に進出してきた最初の現生人類は対馬を経由した、との見解を提示しています。この現生人類集団は、ユーラシアを南北に別れて東進してきた各集団が合流した結果かもしれない、と本書は推測しています。琉球列島へと航海で進出してきた現生人類集団は南経路でユーラシアを東進してきて、北海道へと進出してきた現生人類集団は北経路でユーラシアを東進してきた、と本書は推測しています。日本列島は、ユーラシアを南北に別れて東進してきた諸集団の合流する場でもあった、というわけです。
本書は、形質人類学・考古学・遺伝学などの諸々の証拠から、後期旧石器時代に日本列島に移住してきた現生人類集団は、縄文時代の日本列島の住民と連続している、との見解を提示しています。その後、弥生時代にユーラシア大陸から農耕を携えた集団が日本列島へと移住してきて、現代の日本人の祖先集団になった、というのが本書の見通しです。また、弥生時代に移住してきた人類集団の及ぼした影響は、日本列島でも地域により異なる、とも本書は指摘しています。
本書は広い視野で日本人起源論を検証しており、現時点ではお勧めの一般向け日本人起源論本だと思います。ただ、現生人類のユーラシアへの拡散については、やや諸研究への評価が厳しすぎるかな、と思うこともありました。今後の研究の進展により、本書の見解が大きく修正されることもあるのではないか、とも思います。ただ、日本列島への現生人類の進出に関しては、38000年前頃を境とする遺跡数の違いから考えても、本書の見解は今後も長く有効であり続けるだろう、と思います。その意味では、本書は息の長い日本人起源論となりそうです。
参考文献:
海部陽介(2016)『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋社)
また本書は、現生人類以外の系統の人類についても簡潔に解説しています。これとも関連してくるのが、日本列島には現生人類以外の系統の人類が存在したのか、という問題です。これは、日本列島には中期旧石器時代、さらにさかのぼって前期旧石器時代が存在したのか、という昔からの議論にもつながってきます。中期旧石器時代、さらには前期旧石器時代となると、現生人類ではない人類系統が存在した可能性が高くなりそうですが、本書の立場は慎重で、日本列島において後期旧石器時代よりも前に人類が存在した確実な証拠はない、との見解が提示されています。また本書は、かりに日本列島において後期旧石器時代よりも前に人類が存在したとしても、遺跡数が少ないことから、その人口はきわめて少なかっただろう、と指摘しています。
本書の慎重な姿勢は現生人類の拡散をめぐる議論にも見られます。現生人類の拡散については、その回数・年代・経路などをめぐって議論が続いていますが(関連記事)、近年有力な見解として取り上げられているのが、「海岸移住説」です。現生人類はアフリカ東部→アラビア半島→南アジア→東南アジアというユーラシア南岸沿いに急速に拡散し、オーストラリア大陸(更新世の寒冷期にはニューギニアと陸続きでサフルランドを形成していました)へと進出した、とする仮説です。「海岸移住説」では、現生人類のユーラシア南岸沿いの拡散はユーラシア北方の拡散よりも早かった、と想定されています。
しかし本書は、ユーラシア各地の人骨・遺物の年代の検証から、「海岸移住説」を支持する確実な証拠はなく、現生人類はヒマラヤの南北をほぼ同時に東進し、ユーラシア全域へと拡大していった、との見解を提示しています。現生人類はユーラシアの東部へと、南北に別れて進出した、というわけです。その年代は48000~45000年前頃だと本書は推定しています。南アジア・東南アジア・東アジアにおいて、5万年前よりもさかのぼるとされる現生人類の遺骸や遺物も報告されていますが、本当に現生人類の遺骸や遺物なのか、また年代は信頼できるのか、と本書は疑問を呈しています。本書の慎重な姿勢を見習うべきなのでしょうが、やや厳しく評価しているようにも思います。東アジアや東南アジアへの現生人類の拡散に関しては、今後大きく見解が変わってくる可能性もあるでしょう。
こうした現生人類のユーラシア東部への進出を前提として、本書は日本列島への人類の進出を検証しています。日本列島において遺跡が激増するのは38000年前頃からで、本書はこれを現生人類の日本列島への進出と解釈しています。本書はその経路として、3通りを提示しています。一つは朝鮮半島から対馬を経て九州北部へと進出する経路で、これは航海が必要だった、と指摘されています。残りは、極東北部から寒冷期にはユーラシアと陸続きだった北海道への経路と、琉球列島への困難な航海を必要とする経路です。
本書はこのうち、日本列島に進出してきた最初の現生人類は対馬を経由した、との見解を提示しています。この現生人類集団は、ユーラシアを南北に別れて東進してきた各集団が合流した結果かもしれない、と本書は推測しています。琉球列島へと航海で進出してきた現生人類集団は南経路でユーラシアを東進してきて、北海道へと進出してきた現生人類集団は北経路でユーラシアを東進してきた、と本書は推測しています。日本列島は、ユーラシアを南北に別れて東進してきた諸集団の合流する場でもあった、というわけです。
本書は、形質人類学・考古学・遺伝学などの諸々の証拠から、後期旧石器時代に日本列島に移住してきた現生人類集団は、縄文時代の日本列島の住民と連続している、との見解を提示しています。その後、弥生時代にユーラシア大陸から農耕を携えた集団が日本列島へと移住してきて、現代の日本人の祖先集団になった、というのが本書の見通しです。また、弥生時代に移住してきた人類集団の及ぼした影響は、日本列島でも地域により異なる、とも本書は指摘しています。
本書は広い視野で日本人起源論を検証しており、現時点ではお勧めの一般向け日本人起源論本だと思います。ただ、現生人類のユーラシアへの拡散については、やや諸研究への評価が厳しすぎるかな、と思うこともありました。今後の研究の進展により、本書の見解が大きく修正されることもあるのではないか、とも思います。ただ、日本列島への現生人類の進出に関しては、38000年前頃を境とする遺跡数の違いから考えても、本書の見解は今後も長く有効であり続けるだろう、と思います。その意味では、本書は息の長い日本人起源論となりそうです。
参考文献:
海部陽介(2016)『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋社)
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