さかのぼるネアンデルタール人と現生人類との交雑の年代(追記有)
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)との早期の交雑に関する研究(Kuhlwilm et al., 2016)が報道されました。『ネイチャー』のサイトには解説記事が掲載されています。非アフリカ系現代人のゲノムには、わずかながらネアンデルタール人由来の領域が確認されています。一方、アフリカ系現代人のゲノムには、基本的にネアンデルタール人由来の領域が確認されていません。そのため、出アフリカ後の現生人類はネアンデルタール人と交雑したと考えられており、その年代は65000~47000年前頃と推定されています。もっとも、イスラーム勢力の拡大や帝国主義時代の経緯などからも推測できるように、アフリカには(出アフリカを果たした現生人類の子孫たる)ユーラシア系の人類が侵出(帰還と言うべきでしょうか)しているので、現代のアフリカ人にネアンデルタール人由来のゲノム領域がわずかながら見られても不思議ではないでしょう。
本論文は、この65000~47000年前頃のネアンデルタール人と出アフリカ後の現生人類集団との交雑の前に、ネアンデルタール人と現生人類との交雑があった、との見解を提示しています。その年代は10万年前頃と推定されています。本論文が分析対象としたのは、南西シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたネアンデルタール人と、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)です。現代アフリカ人とともに、ヨーロッパのネアンデルタール人も分析対象とされました。ヨーロッパのネアンデルタール人とは、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)遺跡とスペインのエルシドロン(El Sidrón)遺跡で発見された化石で、21番染色体の配列が用いられました。
これらのDNA解析の結果、デニソワ人とヨーロッパのネアンデルタール人には現生人類との交雑の痕跡が見られなかった一方で、シベリアのネアンデルタール人には現生人類との交雑の痕跡が確認されました。本論文は、他の現生人類系統とおそらくは20万年前頃に分岐した初期現生人類系統が、10万年前頃にシベリアのネアンデルタール人の祖先集団と中東で交雑したのではないか、と推測しています。この初期現生人類系統が現代に子孫を残しているのか否か、明確ではありません。
現生人類は10万年前頃にレヴァントに進出していたことが明らかになっていますので、10万年前頃に現生人類とネアンデルタール人とが中東で交雑したとしても、不思議ではありません。これまで、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子流動の証拠は確認されていましたが、本論文により現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動が確認されたわけで、その意義は大きいと思います。
また、ヨーロッパのネアンデルタール人とデニソワ人に現生人類との交雑の痕跡が確認されなかったからといって、これらの絶滅系統が現生人類と交雑しなかったことを意味するわけではない、とも指摘されています。じっさい、現代メラネシア人集団などにはデニソワ人に由来するゲノム領域が確認されていますし(関連記事)、ヨーロッパでもネアンデルタール人と初期現生人類とが交雑した可能性が指摘されています(関連記事)。
本論文や上記の解説記事にはこれら各人類系統間の交雑を示した図表が掲載されていますが、人類の移動・交雑は、他系統との交雑を想定しない現生人類アフリカ単一起源説が優勢だった頃の想定と比較すると、かなり複雑だったようです。本論文で明らかになった交雑の痕跡から推測すると、ネアンデルタール人が西方系と東方系に分岐した後の10万年前頃に、初期現生人類系統が東方系ネアンデルタール人の祖先集団と交雑したようです。この初期現生人類系統は、現代へと続く他の現生人類系統と20万年前頃に分岐し、現代には子孫を残していないか、残していたとしても、ネアンデルタール人やデニソワ人のように、現代人の遺伝子プールに占める割合は低いのかもしれません。
東方系のネアンデルタール人と分岐した後の西方系ネアンデルタール人は、65000~47000年前頃に非アフリカ系現代人の祖先集団と交雑したようです。非アフリカ系現代人の祖先集団は、このネアンデルタール人との交雑の後に、メラネシア系やヨーロッパ系や東アジア系などに分岐していったのでしょう。デニソワ人は、東アジア系やオセアニア系の現代人の祖先集団と交雑したようですが、現代に残るデニソワ人由来と推測されるゲノム領域は、東アジア系よりもメラネシア系の方が高い割合で確認されています。
東方系ネアンデルタール人とデニソワ人との交雑とともに、デニソワ人と遺伝学的に未知の人類系統との交雑も推定されています。この未知の人類系統とは、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先系統と、100万年以上前に分岐した人類と推測されています。このように、人類の移動・交雑の様相はかなり複雑だったようです。人類史において、異なる系統間の交雑は珍しくなく、それは広く拡散していった人類の各地域における適応に貢献したのでしょう。
参考文献:
Kuhlwilm M. et al.(2016): Ancient gene flow from early modern humans into Eastern Neanderthals. Nature, 530, 7591, 429–433.
http://dx.doi.org/10.1038/nature16544
追記(2016年2月25日)
本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
進化遺伝学:初期の現生人類から東方のネアンデルタール人へ向かった古代の遺伝子流動
進化遺伝学:現生人類とネアンデルタール人の間の初期の遺伝子交換
今回S Castellanoたちは、シベリアのアルタイ山脈で出土したネアンデルタール人およびデニソワ人と、スペインおよびクロアチアで出土したネアンデルタール人のゲノムデータを解析した。人口統計学的モデルによるベイズ推定法であるG-PhoCS(Generalized Phylogenetic Coalescent Sampler)を用いることで、これまでに報告されている現生人類と旧人類の間の遺伝子流動事象に関して予備的な定量的推定値が得られた。また、10万年以上前に初期の現生人類集団からアルタイ山脈のネアンデルタール人の祖先に向かう遺伝子流動が起こったことの証拠も得られた。この流動の向きは、ネアンデルタール人から現生人類へという既知の遺伝子流動事例とは逆である。
本論文は、この65000~47000年前頃のネアンデルタール人と出アフリカ後の現生人類集団との交雑の前に、ネアンデルタール人と現生人類との交雑があった、との見解を提示しています。その年代は10万年前頃と推定されています。本論文が分析対象としたのは、南西シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたネアンデルタール人と、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)です。現代アフリカ人とともに、ヨーロッパのネアンデルタール人も分析対象とされました。ヨーロッパのネアンデルタール人とは、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)遺跡とスペインのエルシドロン(El Sidrón)遺跡で発見された化石で、21番染色体の配列が用いられました。
これらのDNA解析の結果、デニソワ人とヨーロッパのネアンデルタール人には現生人類との交雑の痕跡が見られなかった一方で、シベリアのネアンデルタール人には現生人類との交雑の痕跡が確認されました。本論文は、他の現生人類系統とおそらくは20万年前頃に分岐した初期現生人類系統が、10万年前頃にシベリアのネアンデルタール人の祖先集団と中東で交雑したのではないか、と推測しています。この初期現生人類系統が現代に子孫を残しているのか否か、明確ではありません。
現生人類は10万年前頃にレヴァントに進出していたことが明らかになっていますので、10万年前頃に現生人類とネアンデルタール人とが中東で交雑したとしても、不思議ではありません。これまで、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子流動の証拠は確認されていましたが、本論文により現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動が確認されたわけで、その意義は大きいと思います。
また、ヨーロッパのネアンデルタール人とデニソワ人に現生人類との交雑の痕跡が確認されなかったからといって、これらの絶滅系統が現生人類と交雑しなかったことを意味するわけではない、とも指摘されています。じっさい、現代メラネシア人集団などにはデニソワ人に由来するゲノム領域が確認されていますし(関連記事)、ヨーロッパでもネアンデルタール人と初期現生人類とが交雑した可能性が指摘されています(関連記事)。
本論文や上記の解説記事にはこれら各人類系統間の交雑を示した図表が掲載されていますが、人類の移動・交雑は、他系統との交雑を想定しない現生人類アフリカ単一起源説が優勢だった頃の想定と比較すると、かなり複雑だったようです。本論文で明らかになった交雑の痕跡から推測すると、ネアンデルタール人が西方系と東方系に分岐した後の10万年前頃に、初期現生人類系統が東方系ネアンデルタール人の祖先集団と交雑したようです。この初期現生人類系統は、現代へと続く他の現生人類系統と20万年前頃に分岐し、現代には子孫を残していないか、残していたとしても、ネアンデルタール人やデニソワ人のように、現代人の遺伝子プールに占める割合は低いのかもしれません。
東方系のネアンデルタール人と分岐した後の西方系ネアンデルタール人は、65000~47000年前頃に非アフリカ系現代人の祖先集団と交雑したようです。非アフリカ系現代人の祖先集団は、このネアンデルタール人との交雑の後に、メラネシア系やヨーロッパ系や東アジア系などに分岐していったのでしょう。デニソワ人は、東アジア系やオセアニア系の現代人の祖先集団と交雑したようですが、現代に残るデニソワ人由来と推測されるゲノム領域は、東アジア系よりもメラネシア系の方が高い割合で確認されています。
東方系ネアンデルタール人とデニソワ人との交雑とともに、デニソワ人と遺伝学的に未知の人類系統との交雑も推定されています。この未知の人類系統とは、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先系統と、100万年以上前に分岐した人類と推測されています。このように、人類の移動・交雑の様相はかなり複雑だったようです。人類史において、異なる系統間の交雑は珍しくなく、それは広く拡散していった人類の各地域における適応に貢献したのでしょう。
参考文献:
Kuhlwilm M. et al.(2016): Ancient gene flow from early modern humans into Eastern Neanderthals. Nature, 530, 7591, 429–433.
http://dx.doi.org/10.1038/nature16544
追記(2016年2月25日)
本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
進化遺伝学:初期の現生人類から東方のネアンデルタール人へ向かった古代の遺伝子流動
進化遺伝学:現生人類とネアンデルタール人の間の初期の遺伝子交換
今回S Castellanoたちは、シベリアのアルタイ山脈で出土したネアンデルタール人およびデニソワ人と、スペインおよびクロアチアで出土したネアンデルタール人のゲノムデータを解析した。人口統計学的モデルによるベイズ推定法であるG-PhoCS(Generalized Phylogenetic Coalescent Sampler)を用いることで、これまでに報告されている現生人類と旧人類の間の遺伝子流動事象に関して予備的な定量的推定値が得られた。また、10万年以上前に初期の現生人類集団からアルタイ山脈のネアンデルタール人の祖先に向かう遺伝子流動が起こったことの証拠も得られた。この流動の向きは、ネアンデルタール人から現生人類へという既知の遺伝子流動事例とは逆である。
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