ネアンデルタール人の絶滅の理論的検証

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の絶滅を理論的に検証した研究(Gilpin et al., 2016)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ざっと一読しただけなので、的確に理解できていないかもしれませんが、とりあえず備忘録として掲載しておきます。ネアンデルタール人の絶滅要因は高い関心を集めてきており、現在にいたるまで活発な議論が続いています。もっとも、ネアンデルタール人は絶滅したとはいっても、非アフリカ系現代人はわずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域を継承しているので、形態学的・遺伝学的にネアンデルタール人的な特徴を一括して有する集団は絶滅した、と考えるのがより妥当と言うべきでしょうか。

 本論文は、生態文化モデルに基づき、ネアンデルタール人の絶滅過程を検証しています。ネアンデルタール人の絶滅要因に関しては、気候変動説など複数の説が提唱されていますが、ネアンデルタール人の生息地へ新たに現生人類(Homo sapiens)が侵入してきたことによる両者の競合が、それ単独ではないにしても、要因になったとの見解は有力だと言えるでしょう。その前提となるのは、両者の競合でネアンデルタール人が絶滅へと追い込まれたのは、現生人類の方がネアンデルタール人よりも文化水準が高かったからだ、との認識です。

 本論文は、生態文化モデルに基づき、考古学や遺伝学の研究成果も参照して、次のような想定がもっともありそうだ、との見解を提示しています。ネアンデルタール人と現生人類との間で、認知能力が対等でも学習能力に違いがあっても、現生人類がネアンデルタール人よりも文化的水準で優位にあり、または人口成長率が高かったために、侵入当初はネアンデルタール人集団よりも小規模だった現生人類集団が拡大していき、両者の競合の結果としてネアンデルタール人が絶滅しました。

 本論文は、こうした文化的水準の違いにさいして、創始者効果の重要性を指摘しています。ネアンデルタール人の生息地域に侵出した当初の現生人類集団はネアンデルタール人集団よりもおそらく小規模であり、洗練された人工物の製作はごく少数の人間により担われていただろうから、という見解がその前提となっています。また本論文は、ネアンデルタール人と現生人類との競合の結果としてのネアンデルタール人の絶滅が、両者の学習能力の違いに起因するとしても、その違いはわずかだったかもしれない、という可能性を提示しています。

 本論文は今後の課題として、本論文では無視されたネアンデルタール人と現生人類との文化・技術的交換の影響を検証することを挙げています。ネアンデルタール人が現生人類から文化的影響を受けただけではなく、ユーラシア東部では考古学的継続性が確認されており、ネアンデルタール人など現生人類以外のホモ属から、新たに侵出していった現生人類が文化的影響を受けた可能性が指摘されています。本論文はもう一つの今後の課題として、本論文では無視されたネアンデルタール人と現生人類との交雑の結果の影響を検証することを挙げています。

 ヨーロッパに侵出した当初の現生人類集団が、在来のネアンデルタール人集団にたいして文化・技術的に優位だったのか、確定したとは言い難い、との見解も提示されています(関連記事)。接触当初は、現生人類とネアンデルタール人との間に大きな文化的違いはなく、交雑も含めて両者の交流により、文化的水準に大きな違いが生じて、ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれた、という可能性も想定されます。そうなった一因として、両者の間に学習能力も含めて認知能力に生得的(遺伝的)な違いがわずかにあったことも考えられます。ネアンデルタール人の絶滅要因に関しては今後も議論が活発に続いていくでしょうから、このブログでもできる限り追いかけていくつもりです。


参考文献:
Gilpin W, Feldman MW, and Aoki K.(2016): An ecocultural model predicts Neanderthal extinction through competition with modern humans. PNAS, 113, 8, 2134–2139
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1524861113

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