1万年前頃の狩猟採集民集団間の暴力

 これは1月22日分の記事として掲載しておきます。1万年前頃の狩猟採集民集団間の暴力に関する研究(Lahr et al., 2016)が報道されました。この研究は、ケニアのトゥルカナ湖西方で2012年に発見されたナタルク(Nataruk)遺跡について報告しています。ナタルク遺跡は現在のトゥルカナ湖畔から30km離れた場所に位置しています。ナタルク遺跡では27個体分の遺骸が発見されており、そのうち21人は成人で、男性8人・女性8人・性別不明5人という構成でした。6人の未成年のうち5人は6歳以下で、もう1人は歯から12~15歳と推定されましたが、その年齢のわりにはきょくたん小柄でした。ナタルク遺跡の年代は、放射性炭素年代測定法や他の年代測定法により、10500~9500年前頃と推定されています。

 この27人の遺骸のうち、12体は関節が残るなど比較的保存状態が良好でした。その12体のうち10体に、暴力によって死亡した証拠が見られました。たとえば、このうち5体もしくは6体には矢傷と関連した頭蓋の外傷が見られ、5体には木製の棍棒のような鈍器による頭部の外傷が見られます。手や膝や肋骨が破壊された痕跡も確認されました。首には弓矢によると思われる外傷が見られ、2人の男性の頭蓋と胸部には鏃か槍の先端と思われる石器投擲具の先端が突き刺さっていました。この石器投擲具の先端3個のうち2個は黒曜石製でした。黒曜石は西トゥルカナの後期石器時代では稀であることから、ナタルク遺跡の1万年前頃の虐殺は異なる2集団間の争いによるものではないか、と推測されています。

 発見された8人の成人女性遺骸のうちの1体には、6~9ヶ月の胎児がいました。その女性の発見時の状況から、手足を縛られていたのではないか、と推測されています。この女性の膝は破壊されており、拷問を受けたのかもしれません。6人の未成年は4人の女性と2人の性別不明の断片的な遺骸に近接した状況で発見されており、成人男性に近接していた証拠は得られませんでした。これは、ナタルク遺跡の狩猟採集民集団の社会構造を推測する手がかりになるかもしれません。

 1万年前頃のナタルク遺跡一帯は、低木地帯の現在とは異なって肥沃な湖岸であり、かなりの狩猟採集民人口を維持できただろう、と考えられています。当時のナタルク遺跡一帯はトゥルカナ湖近くの潟湖の端に位置しており、森林地帯と隣接し、飲料水の確保と漁撈が容易だったのではないか、というわけです。土器が存在していることから、当時のナタルク遺跡では採集食糧が貯蔵されていたのではないか、と考えられています。こうしたことから、ナタルク遺跡での集団間(と思われる)争いの原因は、後の農耕社会における争いと類似した動機だったのではないか、と推測されています。

 戦争の起源については議論が続いており、近年では、農耕開始以降に始まった、との見解が有力でしょうか。私も以前はそのように考えていたのですが、近年では、更新世の狩猟採集民社会において、集団内でも集団間でも争いが高頻度で起きていたのではないか、と見解が変わりました。この研究も、戦争は先史時代狩猟採集社会において集団間の関係の一部だった、との可能性を提示しています。この研究により改めて、更新世の狩猟採集社会において争いは珍しくなく、戦争の起源は更新世にさかのぼるのではないか、と思った次第です。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


人類学:前期完新世のケニア・西トゥルカナにおける狩猟採集民の集団間暴力

Cover Story:古代の戦争の痕跡:一万年前にトゥルカナ湖畔で起こったヒト間の抗争

 表紙はケニア北部Natarukで出土した頭蓋骨。この男性の死因となった外傷が認められる。暴力と戦争は何千年にもわたって人類社会の成り行きを方向付けてきたが、考古学的記録中に見つかる集団間抗争の起源に関しては、保存が運任せであることに加え、そうした抗争がどのように定義・認識されるかによっても変わるために異論が多い。今回、M Mirazón Lahrたちは、前期完新世に狩猟採集民の間で生じた集団間暴力の事例を示す化石の発見を報告している。かつて小さな沼であった場所の近傍で発見された骨格12体のうち、10体には暴力によって死亡したことの証拠が明らかである。埋葬を意図的に行ったことを示す形跡はなく、頭蓋骨の1つには黒曜石の小石刃が食い込んでいるなど、一部の個体では大きな外傷が複数見られた。研究チームはこれらの化石群を、トゥルカナ湖の肥沃な湖岸で1万年程度前に起こった集団間の暴力的遭遇の結果と考えている。



参考文献:
Lahr MM. et al.(2016): Inter-group violence among early Holocene hunter-gatherers of West Turkana, Kenya. Nature, 529, 7586, 394–398.
http://dx.doi.org/10.1038/nature16477

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