坂上康俊『日本古代の歴史5 摂関政治と地方社会』

 これは1月17日分の記事として掲載しておきます。『日本古代の歴史』全6巻の第5巻として2015年12月に吉川弘文館より刊行されました。本書は9世紀後半から11世紀半ばまでの、いわゆる摂関政治の時代を扱っています。表題からも窺えるように、本書はこの時代の地方社会に重点を置いています。この時代、地方社会は大きく変容していき、またそれに対応して地方支配も変わっていきました。逆に、そうした地方支配の変容が地方社会をさらに変えていった、と言えるかもしれません。

 この時代の地方社会の変容としては、考古学の研究成果から明らかになったのですが、8~9世紀にかけて続いてきた集落が、10世紀に途絶することが指摘されています。そのため、荒廃地が広がっており、荘園成立の背景になったのではないか、と指摘されています。地方社会の支配を担ってきた郡司層の没落が考古学的にも確認されるのがこの頃で、社会が不安定だったことが窺えます。こうした状況に対応して、朝廷はじゅうらいの地方支配体制を改革していき、朝廷支配層は以前よりも大きな富を集積することができた、と本書では指摘されています。これは、社会状況が不安定な中でも経済成長が続いていたためだ、とも解釈したくなるのですが、門外漢の的外れな憶測かもしれません。

 朝廷の地方支配体制の改革として挙げられているのが、現地に赴任する国司の最上級者たる受領に権限を集中させる、という統治方式への転換です。これにより朝廷支配層は前代よりも大きな富を集積できたのではないか、というわけです。この新たな統治方式においては、納税責任者に納税を請け負わせるという仕組みが構築されていきました。さらに、荘園の拡大などにより収入の確保が難しくなるなか、受領は自らに奉仕する者たちに新たに徴税を請け負わせ、収入の確保に努めます。

 このように、10世紀以降の朝廷の地方支配体制は個人に請け負わせる重層的な仕組みにより成立し、それは富の集積・再分配という点で効率的だったところがあるのは確かなようです。しかし、それは成果のみが求められる個人への請負により成立しており、その請負の中身が根本的に検証されることはなかったようです。国司が苛政で訴えられるなど、この時代に国司と住民との対立が少なくなかったことにも、そうした背景があるようです。

 これは騒乱の鎮圧・治安維持といった点でも同様で、朝廷は特定の個人のみを対象に恩賞を授け、じっさいに武力を担っていた兵の面倒をみたのは、朝廷より恩賞を授かった個人でした。本書は明示しているわけではありませんが、こうした朝廷の方針の延長線上に、武家政権の成立を見通しているようです。本書はこれを、平将門・藤原純友の乱の鎮圧の成功体験に朝廷が囚われていたからではないか、と指摘しています。本書はこれを「成功体験依存症」と呼んでいます。

 また本書は、こうした「成功体験依存症」は、唐・新羅・渤海といった日本の周辺勢力が衰退・滅亡する東アジアの動乱のなか、動乱に巻き込まれることを回避できた「成功体験」が、朝廷の外交政策を規定してしまったことにも見られる、と指摘しています。本書は、摂関時代の貴族が歌と儀式と宴会に明け暮れて政治を怠っていた、との昔ながらの通俗的見解の修正も企図しているようですが、一方で、外交・軍事・治安などにおける朝廷の統治能力において一種の空洞化が生じていたのではないか、とも指摘しています。

 本書は、地方社会の変容と統治の仕組みの改革を中心に、朝廷政治・文化・宗教・外交など多岐にわたってこの時代の事象を広範に取り上げており、経済・技術面が弱いものの、一般向け通史に相応しい内容になっていると思います。この『日本古代の歴史』シリーズは全体として、著者の専門分野に特化した一般向け通史としては難があるものではなく、広範な事象を取り上げて通史に相応しいものにしよう、との意欲が感じられてよいと思います。最終となる第6巻の刊行も楽しみです。

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