川合伸幸『ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか』
これは12月5日分の記事として掲載しておきます。講談社現代新書の一冊として、講談社より2015年11月に刊行されました。本書は、ヒトの本性、さらには、ヒトの本性は残酷であるという今でもわりと根強いだろう観念の検証が主題となっています。率直に言って、本書はこの主題に捕われすぎており、やや偏向しているのではないか、と思います。漢字文化圏でなじみ深い、性善説対性悪説という二項対立的な把握を意識しすぎているのではないか、と思えました。もっとも、某東洋史研究者によると、いわゆる諸子百家の時代の性善説と性悪説は、対立する概念というよりは相互補完的な関係にあったそうですが、門外漢の私がネットや書籍などで読んだ限りでは、たいへん評判が悪いというか、ほとんど悪評しか聞こえてこない研究者なので、鵜呑みにはできません。
それはさておき本題に戻ると、ヒトの本性は残酷である、という言説の否定に本書は力点を置いているのですが、「本性」は多義的で曖昧な用語であり、この用語を使ったのは本書の失敗だったのではないか、と思います。本書は、ヒトの形質・生理的特徴などから、きわめて攻撃的なヒトが存在することや、それが遺伝的基盤に基づいていることを、最近の研究成果に基づき紹介しています。最近の研究成果を引用した本書の解説は読みごたえがあると思います。本書はさらに、こうした攻撃性には性差があることを指摘していますが、攻撃性に限らず、ヒトの認知メカニズムにおいて生得的な性差があることを率直に認めているのも本書の特徴と言えるでしょう。
しかし本書は、ヒトの本性は攻撃性だけでは語れず、残酷とは言えない、と主張し、その根拠として、ヒトの協力性・他者への共感を挙げています。強い社会性を有するヒトは、仲間外れを怖れる認知メカニズムを進化させ、攻撃的・残酷なヒトを排除し、攻撃性を低下させるような選択圧を受けてきたのではないか、というのが本書の見通しです。本書は最近の研究成果を引用し、ヒトの協力性・他者への共感は生得的なものである、との見解を支持しています。その意味で、ヒトの本性は残酷なのではない、というのが本書の見解です。確かに、ヒトの協力性・他者への共感は生得的なものであり、ヒトの進化においてそのような選択圧が持続してきたことは確かだろう、と思います。その意味で、ヒトの本性は残酷ではない、とする本書の見解にも根拠はあります。
ただ、ヒトの攻撃性・残酷さと協力性・他者への共感は両立するものであり、どちらがヒトの本質か、二者択一的に断定することはできないでしょう。本書は、ヒトの協力性・他者への共感が生得的なものであることを示す諸研究を引用していますが、それは被験者が安定的な環境にいる場合がほとんどです。一方でヒトは、状況によっては容易に暴力を発動するような残酷さも有している、と考えるべきなのでしょう。もっとも、本書を多少注意深く読めば、本書も協力性・他者への共感と残酷さとがヒトに共存している、という前提のもとに議論を展開していることは分かるのですが、一般向け書籍ということで分かりやすさを追及したためか、ヒトの本性は残酷なのか否か、という二項対立的な問題意識に捕われてしまったかのような印象を受けやすい構成になっていたことは、残念でした。
参考文献:
川合伸幸(2015)『ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか』(講談社)
それはさておき本題に戻ると、ヒトの本性は残酷である、という言説の否定に本書は力点を置いているのですが、「本性」は多義的で曖昧な用語であり、この用語を使ったのは本書の失敗だったのではないか、と思います。本書は、ヒトの形質・生理的特徴などから、きわめて攻撃的なヒトが存在することや、それが遺伝的基盤に基づいていることを、最近の研究成果に基づき紹介しています。最近の研究成果を引用した本書の解説は読みごたえがあると思います。本書はさらに、こうした攻撃性には性差があることを指摘していますが、攻撃性に限らず、ヒトの認知メカニズムにおいて生得的な性差があることを率直に認めているのも本書の特徴と言えるでしょう。
しかし本書は、ヒトの本性は攻撃性だけでは語れず、残酷とは言えない、と主張し、その根拠として、ヒトの協力性・他者への共感を挙げています。強い社会性を有するヒトは、仲間外れを怖れる認知メカニズムを進化させ、攻撃的・残酷なヒトを排除し、攻撃性を低下させるような選択圧を受けてきたのではないか、というのが本書の見通しです。本書は最近の研究成果を引用し、ヒトの協力性・他者への共感は生得的なものである、との見解を支持しています。その意味で、ヒトの本性は残酷なのではない、というのが本書の見解です。確かに、ヒトの協力性・他者への共感は生得的なものであり、ヒトの進化においてそのような選択圧が持続してきたことは確かだろう、と思います。その意味で、ヒトの本性は残酷ではない、とする本書の見解にも根拠はあります。
ただ、ヒトの攻撃性・残酷さと協力性・他者への共感は両立するものであり、どちらがヒトの本質か、二者択一的に断定することはできないでしょう。本書は、ヒトの協力性・他者への共感が生得的なものであることを示す諸研究を引用していますが、それは被験者が安定的な環境にいる場合がほとんどです。一方でヒトは、状況によっては容易に暴力を発動するような残酷さも有している、と考えるべきなのでしょう。もっとも、本書を多少注意深く読めば、本書も協力性・他者への共感と残酷さとがヒトに共存している、という前提のもとに議論を展開していることは分かるのですが、一般向け書籍ということで分かりやすさを追及したためか、ヒトの本性は残酷なのか否か、という二項対立的な問題意識に捕われてしまったかのような印象を受けやすい構成になっていたことは、残念でした。
参考文献:
川合伸幸(2015)『ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか』(講談社)
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