2015年の古人類学界

 これは12月29日分の記事として掲載しておきます。あくまでも私の関心に基づいたものですが、年末になったので、今年も古人類学界について振り返っていくことにします。今年の動向を私の関心に沿って整理すると、以下のようになります。

(1)着実に進展する古人類のDNA解析。

(2)ホモ属の起源をめぐる新展開およびホモ属の複雑な進化と分布。

(3)進むネアンデルタール人の見直し。


(1)古人類のDNA解析および現代人との比較は、近年目覚ましい成果をあげている分野と言えるでしょう。今年も注目すべき研究が多数見られました。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)由来のゲノム領域は、非アフリカ系現代人の地域集団間で大きな違いはありませんが、ヨーロッパ系よりも東アジア系人の方が、平均的にはわずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域が多いことが明らかになっています。この問題については、東アジア系の祖先集団がヨーロッパ系の祖先集団と分岐した後に、再度ネアンデルタール人と交雑した可能性が提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201502article_19.html

 じっさい、現生人類(Homo sapiens)のうち非アフリカ系現代人の祖先集団は、西アジアでのみネアンデルタール人と交雑したのではなく、ヨーロッパでも交雑した可能性が高いことが指摘されており、
https://sicambre.seesaa.net/article/201506article_28.html
中央アジアでも同様に両系統の交雑が起きていた可能性はあるでしょう。

 ネアンデルタール人とも関連して注目されるのは、デニソワ人(種区分未定)のDNA解析です。ミトコンドリアDNAに基づく人類進化系統樹では、まずデニソワ人の祖先系統とネアンデルタール人および現生人類の共通祖先系統とが分岐し、その後にネアンデルタール人の系統と現生人類の系統とが分岐したことになります。ところが、核DNAに基づく人類進化系統樹では、まずデニソワ人およびネアンデルタール人の共通祖先系統と現生人類の祖先系統とが分岐し、その後にデニソワ人の祖先系統とネアンデルタール人の祖先系統とが分岐したことになります。今年新たに報告されたデニソワ人のDNA解析でも、大枠では同様の結果が得られました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201511article_19.html

 この問題と大いに関わってきそうなのは、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡の43万年前頃の人骨群です。この人骨群では、すでに1個の標本からミトコンドリアDNAが解析されていましたが、今年になって、他の標本でミトコンドリアDNAおよび核DNAが解析された、と報告されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201509article_15.html
その結果、ミトコンドリアDNAは、じゅうらいの解析結果と同じく「デニソワ人型」、つまりネアンデルタール人や現生人類よりデニソワ人の方に近いことが改めて確認されたのですが、核DNAについては、デニソワ人や現生人類よりもネアンデルタール人の方と顕著に近縁であることが明らかになりました。これは、解剖学的見解とも整合的です。
https://sicambre.seesaa.net/article/201509article_3.html
「デニソワ人型」のミトコンドリアDNAがどの人類系統に由来するのか、現時点では解釈の難しいところで、今後の研究の進展が大いに期待されます。

 アメリカ大陸の個人類のDNA解析については、更新世末のアラスカの幼児のミトコンドリアDNAが解析され、アメリカ大陸への人類最初の移住について、ベーリンジア(ベーリング陸橋)潜伏モデルの根拠となりそうなことが注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201511article_12.html
また、大きな政治的問題となったケネウィック人のDNAが解析され、ケネウィック人が遺伝的にはアメリカ大陸先住民と最も近縁であることが明らかになったことも注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201506article_23.html


(2)今年はホモ属の起源やその定義を再考させるような研究が相次いだように思われます。まず注目されるのは、ホモ属的な派生的特徴を有する人類の存在が280万~275万年前頃と、既知の最古のホモ属化石よりも40万年ほど古い年代までさかのぼったことと、初期ホモ属の進化が多様だと明らかになったことです。
https://sicambre.seesaa.net/article/201503article_7.html
初期ホモ属の多様性は別の研究でも指摘されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201508article_17.html

 ホモ属の起源を解明するうえで、重要な発見ではないかと期待されているのが、南アフリカ共和国のライジングスター洞窟(Rising Star Cave)にあるディナレディ空洞(Dinaledi Chamber)で発見された人骨群で、ホモ属の新種ナレディ(Homo naledi)と命名されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201509article_12.html
ナレディには祖先的特徴と現代人のような派生的特徴とが混在しています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201510article_9.html
そのため、ナレディはアウストラロピテクス属とホモ属の間をつなぐ人類系統ではないか、とも考えられていますが、年代が不明なため、この問題の解明には時間を要しそうです。ホモ属の出現は石器の製作・使用と関連づけられてきており、石器の使用はホモ属に始まる、と考えられてきたのですが、330万年前頃の石器の発見は、この図式に見直しを迫るものです。
https://sicambre.seesaa.net/article/201505article_26.html

 ホモ属の進化・分布に関しても、アジア東部にスンダランドも含むジャワ島や華北のエレクトス(Homo erectus)とは異なる系統のホモ属が長期間存続していた可能性が、華北や台湾沖の人骨の分析から提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201501article_34.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201502article_6.html
その仮説の妥当性は現時点では判断の難しいところですが、現生人類ではない系統のホモ属の拡散も、かなり複雑なものだった可能性が高いのでしょう。


(3)日本人研究者が中心となって進められていた「ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化に基づく実証的研究」が一区切りを迎え、その成果は西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』
https://sicambre.seesaa.net/article/201501article_14.html
西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』
https://sicambre.seesaa.net/article/201504article_19.html
などで読むことができます。このプロジェクトでもネアンデルタール人の見直しが進められています。現生人類アフリカ単一起源説が優勢となった1990年代後半以降、ネアンデルタール人の絶滅を説明しやすいためか、ネアンデルタール人は柔軟性も含む能力が現生人類よりも劣っていた、との見解が強く主張されるようになりました。しかし近年では、ネアンデルタール人の「復権」が進んでいるように思われます。

 ネアンデルタール人の狩猟戦略は柔軟なものだったとの指摘や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201510article_32.html
ネアンデルタール人の所産と考えられる13万年前頃の装飾品との報告や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201503article_14.html
現生人類社会のみの特徴で、ネアンデルタール人との運命を分けた一因ともされた性別分業がネアンデルタール人にも存在した、との指摘など、
https://sicambre.seesaa.net/article/201502article_23.html
以前想定されていたほどには、現生人類とネアンデルタール人との違いはなかったのではないか、との見解が提示されています。こうした傾向とも関連して、現生人類の拡散にさいして、ネアンデルタール人にたいする技術的優位を想定しなくてもよいのではないか、との見解も提示されていることは注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201504article_33.html


 この他にも取り上げるべき研究は多くあるはずですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文もかなり多く、古人類学の最新の動向になかなか追いつけていないのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。



2006年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_27.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html

2007年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200712article_28.html

2008年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200812article_25.html

2009年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200912article_25.html

2010年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201012article_26.html

2011年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201112article_24.html

2012年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201212article_26.html

2013年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_33.html

2014年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201412article_32.html

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