フロレシエンシスの歯の分析

 これは11月20日分の記事として掲載しておきます。更新世フローレス島人の歯を分析した研究(Kaifu et al., 2015)が報道されました。インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟の更新世後期の堆積層からは、人骨と石器が発見されています。この更新世フローレス島人の分類と起源をめぐり、発表以来10年以上、激論が続いてきました(関連記事)。更新世フローレス島人は病変の現生人類(Homo sapiens)である、との見解も当初より提示されており、現在でも一部で主張され続けていますが、支持する研究者はたいへん少ないようです。現在では、更新世フローレス島人をホモ属の新種フロレシエンシス(Homo floresiensis)と認める見解が有力だと言えるでしょう。

 次に問題となるのは、フロレシエンシスがどのような人類集団から進化したのか、ということです。これに関しては、初期ホモ属のうちジャワ島のエレクトス(Homo erectus)から進化したのではないか、との見解が当初は有力でした。その後、フロレシエンシスの祖先的な特徴が強調されるようになると、エレクトスよりもっと祖先的な初期ホモ属、たとえばハビリス(Homo habilis)のようにアウストラロピテクス属的な特徴も有する人類系統からフロレシエンシスは進化したのではないか、との見解が有力になりつつあります。この見解の難点として、そのような人類化石がユーラシア東部では発見されていない、ということが挙げられます。

 本論文は歯の比較によりこの問題を検証しています。歯は人間の遺骸でとくに残りやすい部位なので、大規模な比較に適しています。頭骨などと比較して、より詳細な検証・比較が可能になる、というわけです。本論文は、初期ホモ属のハビリスやエルガスター(Homo ergaster)やドマニシ人やエレクトスとともに、東アジアの中期~後期更新世の古代型ホモ属やさまざまな地域・年代の現生人類も対象とし、フロレシエンシスの歯を比較しています。エルガスターはアフリカの初期ホモ属とされていますが、エレクトスに区分する見解も有力です。ドマニシ人については、エルガスターもしくはエレクトスに区分されることもありますが、ゲオルギクス(Homo georgicus)という独自の種区分を採用する研究者もいます。エレクトスでは、ジャワ島のサンギラン(Sangiran)遺跡の年代の異なる化石が比較対象となりました。

 本論文は、フロレシエンシスの歯の包括的な分析から、フロレシエンシスには祖先的な特徴と派生的な特徴とが混在している、と指摘します。こうしたフロレシエンシスの歯の特徴は他の人類種には見られない組み合わせであり、フロレシエンシスを独自の種に区分する根拠と言えそうです。本論文は、フロレシエンシスの歯に見られる多くの祖先的な特徴から、フロレシエンシス(更新世フローレス島人)を現生人類とする見解を退けています。

 一方、フロレシエンシスの祖先的特徴について本論文は、前期更新世のホモ属と共通する多くの特徴があるものの、広義のハビリス(本論文では175万年以上前のアフリカ東部のホモ属種と定義されます)に限定されるようなひじょうに祖先的な特徴が揃っているわけではない、と指摘します。フロレシエンシスの祖先的特徴の多くは、エルガスターやドマニシ人やジャワ島の早期エレクトスといったハビリス以降に出現したホモ属と共有されるやや派生的なものであることから、フロレシエンシスはエレクトスよりも祖先的なハビリスやアウストラロピテクス属といった人類から進化したわけではないだろう、というのが本論文の見解です。

 ハビリス以降のホモ属のなかでフロレシエンシスの歯と最も類似しているのはジャワ島の前期エレクトスの歯である、と本論文は指摘します。そのことから本論文は、フロレシエンシスはジャワ島の初期エレクトス集団もしくはスンダランドにいたその近縁集団から進化し、島嶼化により身体と脳が小型化した、との見解を提示しています。ただ、フローレス島には100万年以上前から人類が存在していたとはいえ(関連記事)、フローレス島で100万年以上存続した人類集団が島嶼化によりフロレシエンシスへと進化したのかというと、そうとも限らないかもしれません。フローレス島の近隣の島で進化した人類集団が、何度か偶然にフローレス島に漂着した可能性も想定されているからです(関連記事)。


参考文献:
Kaifu Y, Kono RT, Sutikna T, Saptomo EW, Jatmiko ., Due Awe R (2015) Unique Dental Morphology of Homo floresiensis and Its Evolutionary Implications. PLoS ONE 10(11): e0141614.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0141614

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