更新世末のアラスカの幼児のミトコンドリアDNA

 これは11月12日分の記事として掲載しておきます。更新世末のアラスカの幼児のミトコンドリアDNAを解析した研究(Tackney et al., 2015)が報道されました。この研究は、中央アラスカのアップウォードサン川遺跡(the Upward Sun River Site)で発見された幼児2個体(USR1およびUSR2)のミトコンドリアDNAの解析に成功しました。アップウォードサン川遺跡では火葬された推定年齢3歳の子供が発見されており(関連記事)、その後の追加発掘で共に埋葬された幼児2個体が発見されたそうです。この埋葬された幼児は、放射性炭素年代測定法により、較正年代で11600~11270年前と推定されています。これは、アメリカ大陸への人類の拡散の数千年後のことと考えられます。

 USR1は胎児もしくは約30週の早産で、USR2は生後6週間~12週間と推定されています。ミトコンドリアDNAの系統では、USR1はC1b、USR2はB2と分類されます。共に埋葬されたUSR1とUSR2の母親のミトコンドリアDNAの系統が異なることは、当時の社会構造を解明するうえで手がかりとなりそうです。C1bもB2も現代のアメリカ大陸先住民に見られるミトコンドリアDNA系統ですが、B2の方がより高頻度で確認されます。

 B2系統はシベリア北部・東部には存在せず、シベリア南部の周囲に存在します。北アメリカ大陸の現代の先住民においては、B2系統は高頻度では確認されていません。そのため、B2系統はアメリカ大陸への人類の最初の拡散の後に、ベーリンジア(ベーリング陸橋)を経由しない移民によりもたらされたのではないか、との見解も提示されていました。しかし、この研究により、アメリカ大陸への人類の最初の拡散の数千年後にアラスカにB2系統が存在したことが確認されたわけですから、15000年以上前の初期ベーリンジア集団には、現代のアメリカ大陸先住民に見られる主要なミトコンドリアDNA系統がすでに存在していたのではないか、と考えられます。初期ベーリンジア集団の遺伝的多様性は北アメリカ大陸北部の現代の先住民よりも高く、その要因として人口変動が指摘されています。

 この研究は、アップウォードサン川遺跡の幼児2個体のミトコンドリアDNA解析はベーリンジア潜伏モデルを支持することになる、と指摘しています。ベーリンジア潜伏モデルとは、人類がユーラシア大陸からベーリンジアへと進出し、アメリカ大陸に拡散する前の最終氷期最盛期(放射性炭素年代測定法による較正年代で28000~18000年前頃)を含む寒冷期に、ベーリンジアに1万年以上留まっていたのではないか、との見解です。ベーリンジア潜伏モデルは、今では有力な仮説として定着しつつあるように思われます。ただ、アメリカ大陸先住民の形成に関しては、それだけではなく複雑な要素もあった、と考えねばならないかもしれません(関連記事)。


参考文献:
Tackney JC. et al.(2015): Two contemporaneous mitogenomes from terminal Pleistocene burials in eastern Beringia. PNAS, 112, 45, 13833–13838.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1511903112

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 更新世末期のアラスカの幼児のゲノム解析

    Excerpt: これは1月5日分の記事として掲載しておきます。更新世末期のアラスカの幼児のゲノム解析に関する研究(Moreno-Mayar et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公.. Weblog: 雑記帳 racked: 2018-01-04 11:33