アフリカヌスとロブストスの聴覚能力

 アフリカ南部の初期人類である、アウストラロピテクス属のアフリカヌス(Australopithecus africanus)とパラントロプス属のロブストス(Paranthropus robustus)の聴覚能力に関する研究(Quam et al., 2015)が報道されました。この研究チームはこれまでに人類の聴覚能力の進化を検証してきており、アフリカヌスとロブストスの耳の構造には現生人類(Homo sapiens)と類似しているところがあるものの、現生大型類人猿の方に似ているところが多い、ということ(関連記事)や、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の43万年前頃の人骨群の外耳および内耳の構造は現生人類とよく類似している、ということ(関連記事)を明らかにしてきました。

 本論文は、アフリカヌスとロブストスの聴覚能力について、これまでに明らかになった耳の構造を根拠に改めて検証し、その進化的背景を分析しています。アフリカヌスとロブストスのような絶滅種の聴覚能力の推定も可能なのは、聴覚能力は解剖学的構造との関連性が強いからです。本論文では改めて、アフリカヌスとロブストスの聴覚能力に関連する解剖学的構造には、祖先的な特徴と現生人類に近い特徴とが混在している、と指摘しています。前者は小さなアブミ骨底板で、後者はわずかに短く広い外耳道や小さな鼓膜です。

 解剖学的構造から推定されるアフリカヌスとロブストスの聴覚能力のパターンは、チンパンジーや現代人と異なっています。チンパンジーの聴覚パターンは、1.0 kHz以下の低周波数では現代人よりも高い感度を維持していますが、1.5~2.5 kHzでは現代人とあまり変わらず、2.5 kHz以上では現代人より感度が低くなり、3.0 kHz以上では感度の低下が顕著です。アフリカヌスとロブストスの聴覚パターンは、1.0 kHz以下ではチンパンジーと類似した感度のパターンを示しており、1.0~1.5 kHzではチンパンジーよりも感度の低下が緩やかです。

 アフリカヌスとロブストスの聴覚パターンの特異性は1.5~3.0 kHzで、現代人ではこの間の感度がほぼ変わらないのに、アフリカヌスとロブストスは感度が上昇していき、チンパンジーと現代人を上回っています。3.0 kHz以上では、アフリカヌスとロブストスの感度は著しく低下していき、現代人を下回ります。一方現代人は、2.0~4.0 kHzまでは感度の低下がほとんどなく、4.0~5.0 kHzでは感度が低下していきますが、その程度はアフリカヌスとロブストスよりも緩やかです。

 このようなアフリカヌスとロブストスの聴覚能力のパターンについて、サバナ(疎林と低木の点在する熱帯と亜熱帯の草原地帯)のような開けた環境に進出するようになったことが背景にあるのではないか、と本論文は推測しています。熱帯雨林では1.0 kHz以下の周波数が遠くへの伝達に重要です。しかし、サバナのような開けた環境では、25m以上では音の減衰が大きくなり、25m以下の近距離での音の伝達が重要となります。アフリカヌスとロブストスの聴覚パターンは、開けた環境に適していたのではないか、というわけです。アフリカヌスとロブストスは、その食性の50%が開けた環境のものだったので、完全に森林での生活を捨てたわけではないにしても、サバナでの活動の割合も低くなかった、と考えられています。

 43万年前頃のSH人骨の聴覚能力のパターンは現代人とよく類似している、と本論文は指摘しており、現代人のような聴覚能力のパターンは、現生人類の系統とアフリカヌスやロブストスの系統とが分岐した後に出現したことになりそうです。アフリカヌスとロブストスの人骨の分析から、現生人類の系統とアフリカヌスやロブストスの系統との共通祖先の時点で、現代人のような聴覚能力のパターンを可能とする解剖学的構造は一部出現していたのでしょうが、その多くは現生人類の系統とアフリカヌスやロブストスの系統との分岐以降、おそらくはホモ属において出現したのでしょう。


参考文献:
Quam R. et al.(2015): Early hominin auditory capacities. Science Advances, 1, 8, e1500355.
http://dx.doi.org/10.1126/sciadv.1500355

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