篠田謙一『DNAで語る日本人起源論』
岩波現代全書の一冊として、岩波書店より2015年9月に刊行されました。本書は遺伝学の研究成果に基づく日本人形成論です。本書の特徴は、一般読者を想定した丁寧な解説です。遺伝学に基づく人類進化の研究に関する基本的な事柄が丁寧に解説されていますし、現時点での研究成果の限界も言及されているので、良心的だと思います。この点は、8年前の著者の一般向け著書(関連記事)と同様です。本書は、その後大きく進展した人類進化に関する遺伝学的な諸研究成果を取り入れ、体系的に読める遺伝学的な日本人形成論としては最新のものになっていると思います。
本書は日本人形成論ですが、その前提となる現生人類(Homo sapiens)の起源をめぐる問題と、現生人類の出アフリカおよびその後のアジアへの現生人類の拡散にもかなりの分量を割いています。日本人形成論に関しては二重構造説がよく知られていますが、縄文時代の日本列島に均一な人類集団が存在したことを前提にしているとして、本書はその見直しを提言しています。本書は、更新世後期~末期に複数の地域から日本列島に流入してきた人々が混合して縄文人が形成されていったのであり、アジアの広範な地域の人類集団からDNAを継承した縄文人は、周辺地域の特定の集団と近似していたわけではないだろう、と指摘しています。本書によると、縄文人のDNAの解析例は蓄積されつつあり、縄文時代の前半と後半とで遺伝的な断絶はないようです。
ユーラシア大陸の広範な地域の人類集団に起源のある可能性が高い縄文人にたいして、いわゆる渡来系弥生人を特徴づける遺伝的要素はユーラシア大陸の比較的狭い地域からもたらされた可能性がある、と本書は指摘しています。このように、現代ヤマト集団(いわゆる本土日本人)は縄文人と渡来系弥生人との融合により形成されていきましたが、それとは対照的に、現代アイヌ集団は縄文人の直系と言われることもあります。しかし本書は、北海道の縄文人と現代アイヌ集団とはミトコンドリアDNAの構成が大きく異なることを指摘します。一方、近世アイヌ集団と現代アイヌ集団のミトコンドリアDNAの構成は似ています。本書は、近世アイヌ集団の形成にさいして、オホーツク文化の担い手が重要な役割を果たした可能性を指摘しています。また本書は、アイヌ集団とはいっても遺伝的には一様ではなく、地域性が見られることも指摘しています。アイヌ集団の形成も単純には論じられないようです。
本書の指摘で興味深かったのは、千葉市の大膳野南貝塚の縄文人骨のミトコンドリアDNA解析結果で、父方居住制の可能性が指摘されています。人類の「原始社会」は母系制だった、との見解は一般に根強く浸透しているようですが、どうも疑問が残ります(関連記事)。日野市の神明上遺跡では古墳時代の人骨が発見されており、そのミトコンドリアDNA解析からも父系的な家族構成が推定されているそうです。本書で疑問が残るのは、現生人類の多地域進化説が定説であり、自明のものとして受け入れられていた、との認識です。多地域進化説の主要な主張者たちは「声が大きい」ので目立ちますが、多地域進化説がそのように受け入れられていた時代はなかったと思うのですが・・・。
参考文献:
篠田謙一(2015)『DNAで語る日本人起源論』(岩波書店)
本書は日本人形成論ですが、その前提となる現生人類(Homo sapiens)の起源をめぐる問題と、現生人類の出アフリカおよびその後のアジアへの現生人類の拡散にもかなりの分量を割いています。日本人形成論に関しては二重構造説がよく知られていますが、縄文時代の日本列島に均一な人類集団が存在したことを前提にしているとして、本書はその見直しを提言しています。本書は、更新世後期~末期に複数の地域から日本列島に流入してきた人々が混合して縄文人が形成されていったのであり、アジアの広範な地域の人類集団からDNAを継承した縄文人は、周辺地域の特定の集団と近似していたわけではないだろう、と指摘しています。本書によると、縄文人のDNAの解析例は蓄積されつつあり、縄文時代の前半と後半とで遺伝的な断絶はないようです。
ユーラシア大陸の広範な地域の人類集団に起源のある可能性が高い縄文人にたいして、いわゆる渡来系弥生人を特徴づける遺伝的要素はユーラシア大陸の比較的狭い地域からもたらされた可能性がある、と本書は指摘しています。このように、現代ヤマト集団(いわゆる本土日本人)は縄文人と渡来系弥生人との融合により形成されていきましたが、それとは対照的に、現代アイヌ集団は縄文人の直系と言われることもあります。しかし本書は、北海道の縄文人と現代アイヌ集団とはミトコンドリアDNAの構成が大きく異なることを指摘します。一方、近世アイヌ集団と現代アイヌ集団のミトコンドリアDNAの構成は似ています。本書は、近世アイヌ集団の形成にさいして、オホーツク文化の担い手が重要な役割を果たした可能性を指摘しています。また本書は、アイヌ集団とはいっても遺伝的には一様ではなく、地域性が見られることも指摘しています。アイヌ集団の形成も単純には論じられないようです。
本書の指摘で興味深かったのは、千葉市の大膳野南貝塚の縄文人骨のミトコンドリアDNA解析結果で、父方居住制の可能性が指摘されています。人類の「原始社会」は母系制だった、との見解は一般に根強く浸透しているようですが、どうも疑問が残ります(関連記事)。日野市の神明上遺跡では古墳時代の人骨が発見されており、そのミトコンドリアDNA解析からも父系的な家族構成が推定されているそうです。本書で疑問が残るのは、現生人類の多地域進化説が定説であり、自明のものとして受け入れられていた、との認識です。多地域進化説の主要な主張者たちは「声が大きい」ので目立ちますが、多地域進化説がそのように受け入れられていた時代はなかったと思うのですが・・・。
参考文献:
篠田謙一(2015)『DNAで語る日本人起源論』(岩波書店)
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