『天智と天武~新説・日本書紀~』第74話「翼を持った虎」

 これは10月11日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2015年10月25日号掲載分の感想です。前回は、大海人皇子(天武帝)が天智帝(中大兄皇子)の寝所から出てくる、というところで終了しました。今回は、大海人皇子が天智帝の呼びかけを無視し、兵士たちの間を通り過ぎて去っていく場面から始まります。天智帝は座り込み、放心した様子で立ち去る大海人皇子を見送ります。

 蘇我赤兄は大友皇子に、直ちに兵士たちに大海人皇子を追いかけさせるよう、慌てて進言します。しかし大友皇子は、命令は大君(天皇)が下すものであり、我々が勝手に兵を動かすことはできない、と赤兄に言います。何のために多くの兵を集めたのだ、となおも赤兄は大友皇子に詰め寄りますが、天智帝のあの様子では仕方ない、と大友皇子は赤兄に言います。すると赤兄は、大友皇子は大海人皇子を逃してしまった危険性を理解していない、虎に翼をつけて放ったようなものであり、いつか大友皇子に牙をむいて襲いかかってくるだろう、と大友皇子に忠告します。大友皇子は、叔父の大海人皇子はそんな人ではない、と否定します。

 その頃、天智帝はすっかり落ち込んでいました。天智帝は、やはり前回赤兄が推測していたように、大海人皇子を陥れようとしていたのですが、大海人皇子に二人で出家もしくは心中することを提案してしまいました。どこからが本音でどこからが出任せなのか、自分でも分からない、と天智帝は自嘲します。天智帝は、自分の本音がどれであれ、自分の企てが失敗した、と悟りました。大海人皇子は二度と戻らないだろう、と一旦は考えた天智帝ですが、兄上は自分のものだから置いていくことはない、との大海人皇子の発言を思い出し、大海人皇子が戻ってくるのではないか、と考えます。

 すると、天智帝の寝所へ誰かが入ってきます。大海人皇子ではないか、と期待して立ち上がる天智帝でしたが、入ってきたのは第64話以来の登場となる額田王でした。もう元気なので見舞いは不要だ、と言う天智帝にたいして、では早く追いかけるべきだ、と額田王は天智帝に勧めます。大海人皇子はきっと待っている、と額田王は言います。天智帝・大海人皇子の恋の引き立て役である額田王には、昔から大海人皇子が天智帝だけを見て、天智帝の方も大海人皇子だけを見ていたことが分かる、というわけです。

 なおも躊躇う天智帝にたいして、天智帝の「真の望み」は大海人皇子しか叶えられないのだから、今行かなければまた後悔することになる、と額田王は忠告します。天智帝は大海人皇子を追いかけることを決意し、寝所から出ます。天智帝は馬を用意させ、直ちに大海人皇子を追いかけます。赤兄は天智帝に護衛をつけるよう進言しますが、それは不要だ、と大友皇子が赤兄を制止します。大友皇子は、父の天智帝と叔父の大海人皇子とが二人きりで決着をつけることを望んでいました。馬上の天智帝が、大海人皇子がどこにいるのかと考え、二人がかつて出会った山科だと確信したところで、今回は終了です。


 今回、天智帝の意図は明らかになりました。やはり天智帝は、大海人皇子を陥れようとしていたようです。この点では、赤兄の推測通りでした。しかし、天智帝の心理は複雑であり、大海人皇子と結ばれたいという想いも強く抱いているようです。前回、天智帝が大海人皇子に出家もしくは心中を提案したことも、天智帝にとって真意だったと言うべきなのでしょう。天智帝は自嘲していたように、自分の本音・真意がどこにあるのか、分からずに混乱している心理状態のようです。

 相変わらず分からないのは大海人皇子の真意で、これは次回で明かされるのかもしれません。大海人皇子にとって、天智帝は父である蘇我入鹿(あくまでも作中設定ですが)を殺害した仇であり、復讐を誓っていたのですが、一方で、天智帝がいなくなると目標を失ってしまうのではないか、と恐れていました。現時点で大海人皇子が異父兄の天智帝をどうしようと考えているのか、まだ分かりませんが、天智帝だけではなく大海人皇子も、自分の長年の複雑な想いに決着をつけようとしているのかもしれません。その意味で、次回もしくはその次まで続くかもしれない天智帝と大海人皇子との対峙は、作中で最大の山場になりそうです。

 予測が難しいのは、天智帝の死がどのように描かれ、壬申の乱へと話が展開するのか、ということです。天智帝と大海人皇子は山科で対峙することになるのでしょうが、天智帝の陵墓は山科にあるとされており、『扶桑略記』には、天智帝が行方不明となり、履の落ちていたところを山稜とした、との伝承が記載されています。おそらくは『扶桑略記』の伝承を活かした話となるのでしょうが、ひねってきそうなので予想の難しいところです。

 壬申の乱へといたる展開も、天智帝の死もしくは行方不明がどのように描かれるのか、ということで話が変わってくるのでしょう。現時点では、赤兄を筆頭に近江朝の重臣五人組(蘇我赤兄・中臣金・蘇我果安・巨勢人・紀大人)は大海人皇子を排除・殺害したうえで大友皇子が帝位を継承すべきだ、と考えているようなので(重臣五人組のうち壬申の乱後に唯一処罰されなかった紀大人は違うかもしれませんが)、大友皇子が重臣五人組に引きずられる形で、不本意ながら大海人皇子と対決することになるのかもしれません。

 ただ、天智帝の最期がどのようなものなのか、ということにより、大友皇子の心理状態も変わってくるでしょうから、あるいは、大友皇子が積極的に大海人皇子と対立するようになるのかもしれません。現時点では、大海人皇子には大友皇子を失脚させてまで政権を奪おうと考えている様子はありませんが、大海人皇子が天智帝と長きにわたる「兄弟喧嘩」の決着をつけた後、どのようにしたいのか、ということは明確には描かれていません。大海人皇子も、あるいは近江朝に不満を抱く豪族層に擁立され、不本意ながら大友皇子と対立することになるのでしょうか。まあ、天智帝没後の壬申の乱がどれだけ描かれるのかは不明ですが、天智帝没後の話もできるだけ長く描いてもらいたいものです。

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