中期更新世のホモ属の形態的特徴

 中期更新世のホモ属の形態的特徴に関する研究(Arsuaga et al., 2015)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。中期更新世のホモ属化石は断片的なものが多く、地理的・年代的に分散しています。そのため、中期更新世におけるホモ属各集団の形態の推定は難しくなっています。少なく断片的な化石を根拠とすることで、偏りが生じている可能性が高い、というわけです。中期更新世のホモ属の形態の推定は、かなりのところ「トゥルカナボーイ」とも呼ばれる前期更新世の「KNM WT-15000」化石に依拠しているところがありました。

 本論文は、そうした悪条件のなかで例外的に、さまざまな部位の豊富な人骨が一括して発見されている中期更新世の遺跡として有名な、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の人骨群を取り上げています。SHでは少なくとも28個体分となる6700個以上の人骨が発見されており、その年代は43万年前頃と推定されています。本論文は、SHの人骨群は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の出現前において、唯一両系統と比較し得るだけの豊富な化石数を有している、と指摘しています。

 本論文はおもに、頭蓋以外の形態を分析・比較しています。その結果明らかになったのは、SH集団とネアンデルタール人との類似性です。SH集団はネアンデルタール人よりもやや平均身長が高く、平均体重はやや軽かった、と推定されているものの、幅が広く筋肉質な形態はネアンデルタール人と共通しています。これにたいして現生人類は、幅が狭くほっそりとした形態をしています。この他にも、SH集団にはネアンデルタール人の派生的特徴が多く見られますが、一方で、手根中手骨や恥骨上枝などにおいてネアンデルタール人に見られる派生的特徴は、SH集団には見られません。

 このように、ネアンデルタール人との類似性の強いSH集団を、本論文は人類の身体サイズおよび形態の進化の第三段階に位置づけています。第一段階は樹上性の生活と条件的な二足歩行のアルディピテクス(Ardipithecus)属で、オロリン(Orrorin)属もそうだっただろう、とされています。第二段階は、おもに地上で二足歩行をしていたものの、樹上性も残っていたアウストラロピテクス(Australopithecus)属やパラントロプス(Paranthropus)属で、ホモ属ではハビリス(Homo habilis)もそうだったかもしれない、と指摘されています。

 第三段階では、樹上性の能力はさらに減少し、人類は地上での二足歩行に特化していきます。幅の広い頑丈な形態であることが特徴で、SH集団やネアンデルタール人などが含まれます。第三段階の人類は、遅くとも160万年前頃には出現していた、とされます。第四段階は、地上での二足歩行に特化しているという点では第三段階と同じなのですが、幅の狭いほっそりとした形態であることが特徴です。第四段階に区分されるのは現生人類のみです。

 SH集団の脳容量はネアンデルタール人や現生人類よりも小さく、脳化指数も同様です。そのため本論文は、脳容量・脳化指数の増大はネアンデルタール人および現生人類の両系統において並行的に生じたのだろう、との見解を提示しています。また本論文は、SH集団の脳容量をその100万年以上前に存在したグルジアのドマニシ(Dmanisi)集団(180万年前頃)と比較し、SH集団への進化における脳容量の増大は単なる体重の増加の結果ではない、とも指摘しています。更新世の前期と中期の間にも脳容量の絶対的および相対的(脳化指数)増加が生じた、と本論文は指摘しています。

 SH集団の手の形態は、ネアンデルタール人や現生人類と同じく器用な動作が可能なものだった、と評価されています。複雑な石器の製作においては、器用な動作を可能とする手の構造が必要となりますから、その意味でも手の構造には注目されます。性的二型については、SH集団は現生人類よりも大きかっただろう、と予想されていたのですが、分析・比較の結果、現生人類とさほど変わらない、という結果が得られました。これは、SH集団の社会構造、とくに配偶形態との関連で注目されます。

 本論文はまとめとして、SH集団の頭蓋以外の分析・比較は、以前の頭蓋の分析・比較(関連記事)と同じく、SH集団とネアンデルタール人との多くの共通する特徴を明らかにし、両系統の近縁性が改めて確認された、と指摘しています。しかし、頭蓋の分析・比較と同じく、頭蓋以外でも、SH集団にはネアンデルタール人の派生的特徴が一括して揃っているわけではない、ということも示されました。本論文は、ネアンデルタール人の系統にいたる進化では、ネアンデルタール人的特徴は分散して出現したのであり、モザイク状だったのではないか、と指摘しています。

 また本論文は、SH集団の形態分析の意義として、長期にわたるホモ属の典型的な形態を示したことを挙げています。上記の人類の身体サイズおよび形態の区分での第三段階は、現生人類の出現までおそらく100万年以上にわたってホモ属の典型的形態だったのであり、長期間安定していたのではないか、と本論文は指摘しています。パラントロプス属の絶滅年代とホモ属の出現年代をどの時点と想定するかにもよりますし、本論文も指摘するように、後期ホモ属でもフロレシエンシス(Homo floresiensis)は例外かもしれませんが、人類系統で第三段階しか存在しなかった期間は100万年近く続いたのかもしれません。

 本論文で改めて示されたように、SH集団は形態的にはネアンデルタール人と多くの派生的特徴を共有するものの、ネアンデルタール人の派生的特徴一式を有しているわけではありません。SH集団の年代は典型的ネアンデルタール人の出現よりもずっと前なので、遺伝学的分析を考慮するとSH集団の進化系統的位置づけに慎重であるべきだとはいえ(関連記事)、SH集団がネアンデルタール人の祖先集団か、その近縁集団である可能性はきわめて高い、と言えそうです。


参考文献:
Arsuaga JL. et al.(2015): Postcranial morphology of the middle Pleistocene humans from Sima de los Huesos, Spain. PNAS, 112, 37, 11524–11529.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1514828112

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