大河ドラマ『花燃ゆ』第38回「届かぬ言葉」

 すでに明治時代となっているわけですが、当然のことながら、一気に近代化が進むわけではありません。服装にしてもそうですし、まだ藩単位で物事が動いており、人々の意識も藩を基準にしているところが多分にあるように思います。奥の人々の意識も多分に旧来のままとして描かれていましたが、まあ実際のところそんなものだったのでしょう。専門家ではない私には的確な判断はできませんが、明治時代初期の描写としてさほど悪くはなかったのではないか、と思います。

 長州では毛利敬親から毛利元徳へと世代交代し、中央政府からの改革要求に焦った元徳は、若い側近たちとともに、幕末に肥大化した軍事力を性急に削減しようとし、諸隊に解散を命じます。楫取素彦(小田村伊之助)は諸隊を説得しようとしますが、諸隊のなかの不満派は暴発し、木戸孝允(桂小五郎)は断固として鎮圧することを決意します。楫取はなおも暴発した兵士たちを説得するよう元徳に訴えますが、木戸の率いる鎮圧軍が間近に迫ってきます。楫取は敬親に暴発派への説得を願い出ます。敬親の説得に暴発派も恭順しようとしますが、偶発的な事態から戦闘となり、暴発派は鎮圧されます。楫取と敬親を美化した話になっていたように思われますが、私の見識では判断の難しいところです。

 本作は長州視点の幕末大河ドラマでありながら、「勝者」の側だけではなく、「敗者」というか「乗り損なった」側への視点が強いように思います。幕末~明治時代の長州視点の作品ということで、勝者の側の華々しい立身出世物語・英雄譚を期待していた視聴者は多かったでしょうから、この点で不満は少なくないように思います。ただ、長州視点でこうした作風も悪くはない、と思います。もっとも、現時点では成功しているとは言い難いでしょうが、幕末大河の描き方としてなかなか興味深い、と私は考えています。

この記事へのコメント

ひろし
2015年09月24日 16:47
結局、美和のおにぎりを食べた、脱走兵(?)の不審者は、一体なんだったのでしょうか。ゲストにも関わらず、他の人物と比べ、随分目立ったのが、気になります。
なんの説得力が無く、共感出来ず、ホントに意味不明。
例の脱走は捕縛され、恐らく処刑されたと思うので、あのおにぎりは、死亡フラグだったかも。まあ、これまで、美和のおにぎりを食べた人達(特に松下村塾の皆さん)の死亡率は高いので、おにぎりはある意味、 「死」を表すと思います(笑)。
ここで、「おにぎり女」として本領を発揮するよりも、もっと重要な出来事に、時間を使って欲しかったです。今更言っても、どうにもなりませんが。
やはり、美和の出番を強引に増やすようにしか見えず、無理矢理感が否めません。

花やカラスの謎演出の意味が分かりませんでした。
これで、視聴者を惹かせるつもりだったのでしょうか?
ドラマのタイトルに「花」があるとはいえ、違和感ありすぎで、全く意味不明でした。
視聴者を誤魔化す・馬鹿にするにも、程があります!
まあ、変な意味で、印象に残りましたが。

相変わらず、違和感だらけの内容でした。

それでは~
2015年09月24日 19:20
まあ企画の時点でかなり無理があったように思われるので、このような出来になってしまったのは仕方のないところでしょう。

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