43万年前頃の人骨の核DNA分析

 43万年前頃の人骨の核DNA分析を報告した研究(Meyer et al., 2015)が報道されました。これは、解析された人間の核DNAとしては最古となります。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究は今月(2015年9月)10日~12日にかけてロンドンで開催された人間進化研究ヨーロッパ協会の第5回総会で報告されており、まだ論文としては刊行されていません。この研究の要約は、PDFファイルで読めます(P162)。

 この研究が核DNAの解析対象としたのは、さまざまな部位の豊富な人骨が一括して発見されている中期更新世の遺跡として有名な、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の人骨です。この43万年前頃のSH人骨からは、すでにミトコンドリアDNAが解析されています(関連記事)。その時から、次は核DNAの解析の成功を期待していた人は私も含めて多くいたでしょうが、じっさいに成功したとのことで、大いに注目される研究と言えるでしょう。

 SH人骨にはネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)的特徴とネアンデルタール人よりも祖先的な特徴が混在しており、形態学的にはネアンデルタール人の祖先集団ではないか、と言われてきました。この見解は、基本的には最近の研究とも整合的です(関連記事)。しかし、SH遺跡の「大腿骨18」のミトコンドリアDNAが解析されると、事態は混乱してきます。「大腿骨18」のミトコンドリアDNAは、ネアンデルタール人よりもデニソワ人(種区分未定)の方と近縁でした。

 ミトコンドリアDNAに基づく人類進化系統樹では、まずデニソワ人の祖先系統とネアンデルタール人および現生人類(Homo sapiens)の共通祖先系統とが分岐し、その後にネアンデルタール人と現生人類とが分岐したことになります(関連記事)。ところが、核DNAに基づく人類進化系統樹では、まずデニソワ人およびネアンデルタール人の共通祖先系統と現生人類の祖先系統とが分岐し、その後にデニソワ人の祖先系統とネアンデルタール人の祖先系統とが分岐したことになります(関連記事)。

 このように、SH集団・デニソワ人・ネアンデルタール人・現生人類をめぐる進化系統樹における位置づけは混乱していますが、母系での遺伝となるミトコンドリアDNAよりは、核DNAに基づく系統樹の方がより実態を反映しているだろう、というのが一般的な見解でしょう。ただそれでも、ミトコンドリアDNAと核DNAでの食い違いをどう説明するのか、という問題は残り、デニソワ人型のミトコンドリアDNAは、これらの系統の人類よりもっと前に分岐したホモ属の人類系統からもたらされたのではないか、などといった複数の仮説が提示されており、議論が続いています。このような状況で、SH集団のDNA解析がミトコンドリアだけではなく核でも成功したことは、大きな意義があると言えるでしょう。

 この研究は、SH人骨群のうちすでにミトコンドリアDNAが解析されている「大腿骨18」以外に、大腿骨破片・門歯・臼歯・肩甲骨の4個の人骨からのDNAの抽出に成功しました。このうち、肩甲骨から得られたDNAはきょくたんに少なかったので、意味のある遺伝的データは得られませんでした。大腿骨破片・門歯から得られたミトコンドリアDNAは、「大腿骨18」との近い関係が示唆されました。「大腿骨18」のミトコンドリアDNAは、SH集団において特異だったわけではなさそうです。

 「大腿骨18」の核DNAの解析は失敗しましたが、大腿骨破片・門歯・臼歯からの核DNAの解析は成功しました。それらSH人骨の核DNAをデニソワ人・ネアンデルタール人・現生人類と比較すると、SH人骨はデニソワ人や現生人類よりもネアンデルタール人の方と顕著に近縁であることが明らかになりました。このことから、ネアンデルタール人の系統とデニソワ人の系統との分岐年代は43万年前よりもさかのぼり、現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統との分岐年代はさらにさかのぼる(765000~550000年前頃)、との見解が提示されています。

 この研究の筆頭報告者のミーヤー(Matthias Meyer)博士は、SH集団は初期ネアンデルタール人か、初期ネアンデルタール人と近縁な集団である、との見解を提示しています。これは形態学的な見解とも整合的と言えるでしょう。ただ、この研究により、SH集団においてデニソワ人型のミトコンドリアDNAは特異なものではない可能性が高そうなことも示されたわけで、デニソワ人型のミトコンドリアDNAはどの人類系統に由来するのか、後期ネアンデルタール人集団においてはなぜ見られないのか(今後確認される可能性もありますが)、という議論は今後も続いていきそうです。

 現時点では、ネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先系統と、より古くに分岐したホモ属の系統、たとえばアンテセッサー(Homo antecessor)と一部で分類されているような人類系統とが交雑し、ネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先系統にデニソワ人型のミトコンドリアDNAがもたらされた、と考えるのがよさそうでしょうか。ネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先系統のミトコンドリアDNAには、(アンテセッサー?に由来する)交雑により流入してきたものと、元々継承されてきたものとがあり、瓶首効果などにより、デニソワ人では前者のみが、ネアンデルタール人では後者のみが最後まで継承された、というわけです。SH集団の遺伝子はネアンデルタール人に継承されているものの、その比率は少なかったために、SH集団のミトコンドリアDNAの系統は消滅してしまったのかもしれません。ただ、やはりご都合主義的な説明であることも否めず、今後の研究の進展が大いに期待されます。


参考文献:
Meyer M. et al.(2015): Nuclear DNA sequences from the hominin remains of Sima de los Huesos, Atapuerca, Spain. The 5th Annual ESHE Meeting.

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