184万年以上前の現生人類のような手

 184万年以上前の人類の手の基節骨についての研究(Domínguez-Rodrigo et al., 2015)が報道されました。「OH 86」と命名されたこの基節骨(左手の小指と推定されています)は、タンザニアのオルドヴァイ渓谷(Olduvai Gorge)にあるフィリップ・トビアス・コロンゴ(Philip Tobias Korongo)遺跡(以下、PTK遺跡と省略)で2014年に発見されました(PTK遺跡の発見は2012年)。OH86の年代は184万年以上前で、多くの様式1(Mode 1)の石器や動物の骨も共伴しています。

 OH86は類人猿も含む人間以外の現生霊長類や現代人や化石人類と比較されました。化石人類では、アウストラロピテクス属のアファレンシス(Australopithecus afarensis)やセディバ(Australopithecus sediba)や未定種(Stw 28)、ホモ属ではハビリス(Homo habilis)やイベリア半島で発見された130万年前頃の未定種(ATE9-2)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やカフゼー(Qafzeh)遺跡の初期現生人類(Homo sapiens)などです。オロリン属のトゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)やアルディピテクス属のラミダス(Ardipithecus ramidus)やアウストラロピテクス属のアフリカヌス(Australopithecus africanus)の特徴についても言及されています。

 この比較の結果明らかになったのは、OH86は184万年前頃という年代にも関わらず、現生人類との類似性を強く示したことです(ネアンデルタール人との類似性も強く示しています)。この研究で比較対象となったハビリスの化石は正基準標本の「OH 7」です。OH7はOH86と年代・場所ともに近いのですが、両者はサイズも形態も異なります。同じく、OH86と年代・場所ともに近いパラントロプス属のボイセイ(Paranthropus boisei)の手も、OH86とは異なります。

 この研究の意義は、現生人類のような手の特徴が遅くとも184万年前頃までに出現したことを確認した点です。これは、樹上生活への適応が顕著に減少したことを示しているのではないか、と指摘されています。また、現生人類のような「器用な」手は石器の製作・使用と関連づけられてきましたが、石器の起源が330万年前頃までさかのぼる可能性が提示されたことにより(関連記事)、石器の製作・使用自体には、現生人類のような「器用な」手は必要ではない可能性が高くなった、と言えるでしょう。ただ、様式1ではなく様式2以降の石器となると、現生人類のような「器用な」手が必要なのかもしれません。

 OH86よりやや後の175万年前頃のアフリカ東部には、頑丈型のパラントロプス属であるボイセイと、ホモ属のハビリスおよび(広義の)エレクトス(Homo erectus)と、少なくとも3系統以上の人類が共存していました。これは1970年代に確定しており、文化を持つ人類はどの時代においても単一種であり続け、猿人→原人→旧人→新人と進化していった、とする人類単一種説を破綻に追い込みました。OH86の発見は、アフリカ東部における、少なくとも3系統以上の人類の共存がさらにさかのぼることを意味しているのかもしれません。

 ただこの研究は、OH86の人骨があまりにも断片的であることから、OH86を(広義の)エレクトスと分類することには慎重な姿勢を示しており、ホモ属の未定種としています。この研究でも指摘されていますが、ケニアで発見された195万年前頃の人骨「KNM-ER 3228」の骨盤は現生人類のそれと似ています。ハビリスやルドルフェンシス(Homo rudolfensis)といった、アウストラロピテクス属に分類する見解も提示されている曖昧なホモ属とは異なる、異論の余地のないホモ属である(広義の)エレクトスの特徴は、短期間に一括して出現したのではなく、ある程度の期間を経てじょじょに出現したのかもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【化石】現生人類の手に近い手骨の化石としてはこれまでで最古

 化石記録において、現生人類の手に近い手骨の化石として最古のものが発見されたという報告が、今週掲載される。この化石は、アウストラロピテクス類全種およびホモ・ハビリス類の手とは異なると考えられている。今回の発見は、現生人類の手に最もよく似た手を持つヒト族(人類の祖先)が、今から184万年以上前のオルドバイ渓谷(タンザニア)に他の古代ヒト族(パラントロプス・ボイセイとホモ・ハビリス)と共存していたことを示唆している。

 現生人類様(MHL)の手は、石器の使用への適応だと一般に解釈されている。しかし、ヒト族の化石記録が拡大するにつれて、手の進化に複雑なパターンのあることが明らかになってきており、一部の古代ヒト族の手骨がその後に出現したヒト族よりも現生人類の手骨に似ていることも分かってきた。比較的最近の鮮新世のヒト族の手のプロポーションが現生人類に近いことが化石記録に示されているが、大部分の骨格的証拠からは、鮮新世のヒト族がかなり長い時間を樹上で過ごす生活に適応していたことが示されている。

 今回、Manuel Dominguez-Rodrigoたちは、新たに発見された手骨を解析し、それが、現生人類に近い外観を有する古代ヒト族(ホモ・エレクトスに似ているが、その正体は確認されていない)の左手の小指の一部である可能性の高いことを報告している。そして、この解析結果と考古学的証拠を用いたDominguez-Rodrigoたちは、今から200万年前近くに東アフリカのヒト族系統において(単一の骨から推測可能な限りの)MHLの手骨の全体的形状が発現し、それとともに樹上生活への適応が顕著に減少したという考え方を示している。

 人類の進化の非常に早い時期に現生人類の体形のいくつかの重要な側面が出現したことを示す証拠はこれまでにも見つかっているが、この骨化石(OH 86)もそうした証拠の1つとなった。ただし、ヒト族の骨格進化は複雑かつ非線形的であるため、今回の研究で問題となったヒト族種の重要な古生物学的側面を明らかにするためには、手の他の領域(と他の解剖学的領域)の化石の解析を進めることが必要となっている。



参考文献:
Domínguez-Rodrigo M. et al.(2015): Earliest modern human-like hand bone from a new >1.84-million-year-old site at Olduvai in Tanzania. Nature Communications, 6, 7987.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms8987

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