チンパンジーより祖先的かもしれない人間の手
人間の手がチンパンジーより祖先的である可能性を報告した研究(Almécija et al., 2015)が報道されました。読売新聞でも報道されています。現生類人猿と比較すると、現代人では親指と他の指との長さの比率(親指の長さ÷他の指の長さ)が大きい(親指が比較的長い)ことが知られています。この研究は、現生類人猿も含む霊長類や化石類人猿・人類を現代人と比較し、そうした親指と他の指(この研究では薬指)との長さの比率が霊長類においてどのように進化したのか、検証しています。
比較対象となった化石人類には、初期現生人類(Homo sapiens)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やセディバ(Australopithecus sediba)やラミダス(Ardipithecus ramidus)が含まれています。化石類人猿では、1800万年前頃以前と推定されているプロコンスル属のヘセロニ(Proconsul heseloni)が比較対象となっています。
この比較の結果、親指と他の指との長さの比率に関して、人間とゴリラは共通祖先から大きく変化していない一歩で、チンパンジーとオランウータンは大きく変わっており(親指が相対的に短くなりました)、チンパンジーとオランウータンに見られるこの変化は収斂進化ではないか、との見解が提示されています。また、親指が比較的長いことは手先の器用さにつながっているので、それを石器使用の開始による選択圧と関連づける仮説もありますが、この研究ではそれに否定的な見解が提示されています。
さらに、現代人と現生類人猿との共通祖先のモデルとして現生類人猿が妥当なのか否か、という問題も提起されています。ラミダスの詳細な研究からは、人間・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先の歩行形態はチンパンジーとゴリラに見られるナックルウォークだっただろう、とする有力説には疑問が投げかけられています(関連記事)。この研究により改めて、現代人とチンパンジー・ゴリラとの(もしくは現代人とチンパンジーとの)最終共通祖先のモデルとして、現生類人猿を想定することの問題点が浮き彫りになったのではないか、と思います。
ただ、本論文を精読したわけではないので、重要な見落としがあり、的外れなことを述べてしまうかもしれませんが、親指と薬指との長さの比率で、初期現生人類やネアンデルタール人やセディバといった化石人類が現代人の変異幅に収まっているのにたいして、それらよりも古い年代のラミダスは現代人の変異幅から大きく外れており(現代人よりも小さい、つまり現代人よりも親指が相対的に短い、ということです)、ゴリラとほぼ同等であることは気になります(チンパンジーやオランウータンよりは相対的に親指は長いのですが)。
ヘセロニの親指と薬指との長さの比率が、現代人・チンパンジー・ゴリラ・オランウータンの共通祖先とどれだけ類似していたのか、という問題もありますが、ラミダスは現代人の直系祖先集団ではないかもしれないとしても、それにかなり近縁な集団だった可能性が高いと思われるだけに、異なる想定も可能ではないか、とも思います。それは、親指と他の指との長さの比率は、人間と大型類人猿の最終共通祖先においてはゴリラやラミダスと同程度であり、石器の使用に伴う選択圧により、人間の親指は相対的に長くなった、というものです。
この想定では、親指と他の指との長さの比率は、ゴリラの系統では祖先からさほど変化せず、チンパンジーの系統においてやや大きく、オランウータンの系統においてそれよりも大きく、人類の系統において、アウストラロピテクス属以降にチンパンジーやオランウータンよりも大きく変化した、ということになります。今年になって、石器の使用が330万年前頃までさかのぼる可能性が指摘されています(関連記事)。アウストラロピテクス属以降に始まった石器の使用が選択圧となり、人類系統の親指が相対的に長くなった可能性は、まだ否定されたわけではないように思うのですが、これは本論文の読み込み不足のためかもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【進化】ヒトの手はチンパンジーの手よりも原始的かもしれない
ヒトの手のプロポーションは、チンパンジーとヒトの最終共通祖先の手とほとんど変わっていないという見解を示した論文が今週掲載される。また、現生人類の手の構造がほとんど原始的な性質を有しており、石器製作を背景とした選択圧の結果ではなかったことが、今回の研究結果で示されている。
ヒトの手は、人差し指に対する親指の長さの比率が高い。これは、ヒトと類人猿が最も大きく異なっている形質の1つで、ヒトが繁栄した理由の1つとされることが多い。しかし、ヒトの手の進化の過程については複数の学説が競合している。
今回、Sergio Almecijaたちは、ヒト、生きている類人猿、類人猿の化石、ヒトの祖先種(Ardipithecus ramidus、Australopithecus sedibaなど)の化石について、手のプロポーションを測定して、手の段階的進化について解明を進めた。今回の研究では、チンパンジーとオランウータンにおいて指の伸長の収斂進化が最近になって起こり、ヒトとヒトの祖先種、ゴリラの場合には比較的わずかな変化しか生じなかったことが明らかになった。
今回の研究結果は、ヒトが、他の手先の器用な類人猿との収斂進化によって、人差し指に対する親指の長さの比率が高い手を得たという仮説を裏付けている。また、この研究結果は、チンパンジーのような手がチンパンジーとヒトの最終共通祖先の出発点であったという仮説に疑問を投げ掛けている。
参考文献:
Almécija S, Smaers JB, and Jungers WL.(2015): The evolution of human and ape hand proportions. Nature Communications, 6, 7717.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms8717
比較対象となった化石人類には、初期現生人類(Homo sapiens)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やセディバ(Australopithecus sediba)やラミダス(Ardipithecus ramidus)が含まれています。化石類人猿では、1800万年前頃以前と推定されているプロコンスル属のヘセロニ(Proconsul heseloni)が比較対象となっています。
この比較の結果、親指と他の指との長さの比率に関して、人間とゴリラは共通祖先から大きく変化していない一歩で、チンパンジーとオランウータンは大きく変わっており(親指が相対的に短くなりました)、チンパンジーとオランウータンに見られるこの変化は収斂進化ではないか、との見解が提示されています。また、親指が比較的長いことは手先の器用さにつながっているので、それを石器使用の開始による選択圧と関連づける仮説もありますが、この研究ではそれに否定的な見解が提示されています。
さらに、現代人と現生類人猿との共通祖先のモデルとして現生類人猿が妥当なのか否か、という問題も提起されています。ラミダスの詳細な研究からは、人間・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先の歩行形態はチンパンジーとゴリラに見られるナックルウォークだっただろう、とする有力説には疑問が投げかけられています(関連記事)。この研究により改めて、現代人とチンパンジー・ゴリラとの(もしくは現代人とチンパンジーとの)最終共通祖先のモデルとして、現生類人猿を想定することの問題点が浮き彫りになったのではないか、と思います。
ただ、本論文を精読したわけではないので、重要な見落としがあり、的外れなことを述べてしまうかもしれませんが、親指と薬指との長さの比率で、初期現生人類やネアンデルタール人やセディバといった化石人類が現代人の変異幅に収まっているのにたいして、それらよりも古い年代のラミダスは現代人の変異幅から大きく外れており(現代人よりも小さい、つまり現代人よりも親指が相対的に短い、ということです)、ゴリラとほぼ同等であることは気になります(チンパンジーやオランウータンよりは相対的に親指は長いのですが)。
ヘセロニの親指と薬指との長さの比率が、現代人・チンパンジー・ゴリラ・オランウータンの共通祖先とどれだけ類似していたのか、という問題もありますが、ラミダスは現代人の直系祖先集団ではないかもしれないとしても、それにかなり近縁な集団だった可能性が高いと思われるだけに、異なる想定も可能ではないか、とも思います。それは、親指と他の指との長さの比率は、人間と大型類人猿の最終共通祖先においてはゴリラやラミダスと同程度であり、石器の使用に伴う選択圧により、人間の親指は相対的に長くなった、というものです。
この想定では、親指と他の指との長さの比率は、ゴリラの系統では祖先からさほど変化せず、チンパンジーの系統においてやや大きく、オランウータンの系統においてそれよりも大きく、人類の系統において、アウストラロピテクス属以降にチンパンジーやオランウータンよりも大きく変化した、ということになります。今年になって、石器の使用が330万年前頃までさかのぼる可能性が指摘されています(関連記事)。アウストラロピテクス属以降に始まった石器の使用が選択圧となり、人類系統の親指が相対的に長くなった可能性は、まだ否定されたわけではないように思うのですが、これは本論文の読み込み不足のためかもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【進化】ヒトの手はチンパンジーの手よりも原始的かもしれない
ヒトの手のプロポーションは、チンパンジーとヒトの最終共通祖先の手とほとんど変わっていないという見解を示した論文が今週掲載される。また、現生人類の手の構造がほとんど原始的な性質を有しており、石器製作を背景とした選択圧の結果ではなかったことが、今回の研究結果で示されている。
ヒトの手は、人差し指に対する親指の長さの比率が高い。これは、ヒトと類人猿が最も大きく異なっている形質の1つで、ヒトが繁栄した理由の1つとされることが多い。しかし、ヒトの手の進化の過程については複数の学説が競合している。
今回、Sergio Almecijaたちは、ヒト、生きている類人猿、類人猿の化石、ヒトの祖先種(Ardipithecus ramidus、Australopithecus sedibaなど)の化石について、手のプロポーションを測定して、手の段階的進化について解明を進めた。今回の研究では、チンパンジーとオランウータンにおいて指の伸長の収斂進化が最近になって起こり、ヒトとヒトの祖先種、ゴリラの場合には比較的わずかな変化しか生じなかったことが明らかになった。
今回の研究結果は、ヒトが、他の手先の器用な類人猿との収斂進化によって、人差し指に対する親指の長さの比率が高い手を得たという仮説を裏付けている。また、この研究結果は、チンパンジーのような手がチンパンジーとヒトの最終共通祖先の出発点であったという仮説に疑問を投げ掛けている。
参考文献:
Almécija S, Smaers JB, and Jungers WL.(2015): The evolution of human and ape hand proportions. Nature Communications, 6, 7717.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms8717
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