ケネウィック人のDNA解析(追記有)

 ケネウィック人のDNA解析を報告した研究(Rasmussen et al., 2015)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。今年(2015年)1月に、ケネウィック人の予備的なDNA解析の結果が報道され、私も簡単に言及したことがありましたが、論文として公表されたこの詳細な解析結果でも、ケネウィック人は遺伝的にアメリカ大陸先住民に近い、との結論は変わらなかったようです。

 ケネウィック人は1996年7月にアメリカ合衆国ワシントン州で偶然発見された成人男性の人骨で、骨格のうち90%ほどが回収されています。ケネウィック人は暦年代で9200~8340年前頃の人骨で、発見以来、その起源と帰属をめぐって政治的問題になりました。当初、ケネウィック人と「白人」との類似性が指摘されたため、アメリカ大陸最初の人間はヨーロッパから到達した「白人」だったのではないか、との見解の証拠になるかもしれない、と一部?の人々に期待されたようです。このような「最初のアメリカ人」は「白人」であるとの見解にたいしては、「白人」のアメリカ大陸での侵略行為の責任を軽減する意図があるのではないか、との疑念が提示されており、アメリカ大陸の先住民の中には警戒感があるようです。

 このように微妙な政治的問題にもなって注目されたケネウィック人ですが、その後の頭骨の計測に基づく研究では、アイヌやポリネシア人といった環太平洋集団との類似性が指摘されています。この研究はケネウィック人のDNA解析に成功し、ケネウィック人のDNAは破損がひどかったので、現代人のDNA解析と比較すると精度はずっと劣るものの、常染色体・Y染色体・ミトコンドリアのいずれの解析においても、ケネウィック人と現代のアメリカ大陸先住民集団との近縁性が示されており、ケネウィック人が現代の各地域集団のなかでアメリカ大陸先住民集団と遺伝的に最も近縁であることは確実だ、との結論を提示しています。

 具体的に見ていくと、ケネウィック人は、ミトコンドリアではハプログループX2aに、Y染色体ではハプログループQ-M3に分類されることが明らかになりました。両ハプログループとも、ほぼ現代のアメリカ大陸先住民集団にしか見られません。昨年(2014年)2月に公表された研究では、近年までアメリカ大陸最古の人類の痕跡とされていたクローヴィス(Clovis)文化集団の男児アンジック1(Anzick-1)が、現代のアメリカ大陸先住民でも北部よりも中部・南部の集団の方と遺伝的に近縁である、との結果が報告されていますが(関連記事)、ケネウィック人についても同様の結果が得られています。

 これまでのDNA解析から、アメリカ大陸の先住民は北部と中央・南部とで分岐することが確認されており、ケネウィック人については、アンジック集団と現代の南アメリカ大陸先住民集団との共通祖先から新たに分岐した、追加の北部系統ではないか、と推測されています。この追加の北部系統には、ケネウィック人が発見されたワシントン州を中心に居住するコルビル(Colville)集団など、太平洋側のアメリカ大陸北西部の集団が含まれるのではないか、と本論文では指摘されています。コルビル集団は、ケネウィック人の子孫だと(政治的に)主張されている先住民集団の一つです。

 ケネウィック人が現代のアメリカ大陸先住民集団の直接的祖先なのか、また現代のアメリカ大陸先住民のうちどの集団と最も近縁なのか、比較対象となるDNAデータベースが限定されているため(とくにアメリカ合衆国の先住民集団では)、現時点で結論をくだすのは不可能だ、と本論文では指摘されています。ただ、今回比較対象となった少ない集団のうち、コルビル集団のみは、ケネウィック人は直接的祖先ではないとする根拠がたいへん弱かった、というのが本論文の見解です。

 そのため本論文は、コルビル集団がケネウィック人の属する集団の子孫で、過去8500年間に他のアメリカ大陸先住民集団からの小規模な遺伝子流動があったか、コルビル集団が過去8500年の間にケネウィック人の属した集団からわずかに分岐した集団の子孫なのか、あるいはその両方であるかもしれない、という可能性を提示しています。しかし、この研究に加わっていないマリガン(Connie Mulligan)博士は、ケネウィック人はアメリカ大陸中央~南部の各先住民集団と遺伝的に均等な関係にあると指摘し、コルビルなど特定の現存集団と最も近縁であるという「政治的結論」には同意していません。


参考文献:
Rasmussen M. et al.(2015): The ancestry and affiliations of Kennewick Man. Nature, 523, 7561, 455–458.
http://dx.doi.org/10.1038/nature14625


追記(2015年7月23日)
 本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



集団遺伝学:ケネウィックマンの系統と類縁関係

集団遺伝学:ケネウィックマンとは何者か

 「ケネウィックマン」は裁判所の指示で、1998年よりバーク自然史文化博物館(米国ワシントン州シアトル)に保管されている。研究利用は可能だが、展示はされていない。

 「ケネウィックマン」は、1996年に米国ワシントン州で発見された約9000年前の男性の骨格である。この男性がどの人類集団と類似性があるかは、以前から科学的および法的な論争の対象となってきた。形態に基づく当初の研究では、この人骨にアメリカ先住民との類似性がないことが示唆された。今回、E WillerslevたちはDNA解析の結果を示し、ケネウィックマンが実際には、現存する世界のあらゆる人類集団のうち現代のアメリカ先住民に最も近縁であることを明らかにした。

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