前田修「西アジアにおける新石器化をどう捉えるか」

 西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』所収の論文です(関連記事)。本論文は西アジアにおける新石器化を検証しています。本論文でまず指摘されているのは、新石器時代の指標とされる農耕牧畜(食糧生産)の開始を認定することの難しさです。たとえば、ムギの生産にしても、栽培種が優越するのは新石器時代の開始からかなり経過した後のことであり、その前に野生種を用いての長期の栽培期間(プレドメスティケーション)がありました。これは家畜についても同様で、どの時点から食糧生産が始まったと認定するのか、難しいところです。

 集落規模の増大・公共空間・印章の使用などといった他の新石器時代の特徴も、一括して出現したわけではありません。そこで、新石器時代の開始の指標・要因として、食糧生産の開始を過度に重視するのではなく、象徴的概念の表象(シンボリズム)を重視する見解が提示されています。本論文ではその具体例として、有名なトルコ南東部のギョベックリテペ(Göbekli Tepe)遺跡が取り上げられています。こうしたシンボリズムの発達については、人口増によりシンボリズムを操作するより高い能力が要求されるような選択圧が生じた結果である、との見解も提示されているそうですが、本論文は否定的です。

 本論文が代わりに提示するのは、個人と社会構造とを対立的に把握するのではなく、相互補完的に把握する構造化理論と、それと同様の考え方の実践理論です。周囲の行動が個人の行動を(しばしば確たる理由もなく、何となく周囲に合わせてという形で)律し、その行動を繰り返す循環的な構造が生じていく、との認識に基づいて、食糧生産の開始も理解されるのではないか、との見解を本論文は提示しています。食糧生産の開始は、周囲が何となく始めてそうした流れができてしまったので、その方向に動いたことによるものであり、必然的な理由はなかったのだろう、というわけです。さらに、食糧生産などの新石器時代の特徴とされる事象は世界観も変えていき、ますます新石器時代的な特徴を定着させていったのではないか、とも指摘されています。


参考文献:
前田修(2015)「西アジアにおける新石器化をどう捉えるか」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』(六一書房)P151-164

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