佐野勝宏「複合的狩猟技術の出現―新人のイノベーション―」

 西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』所収の論文です(関連記事)。投槍器や弓を用いての投射は複合投射技術と呼ばれます。本論文は、石器・骨角器・木器という3素材の組み合わせ狩猟具を複合的狩猟技術と呼び、その発達史を検証しています。現存する最古の槍は、ドイツのシェーニンゲン(Schöningen)遺跡で発見されたものです。その年代は40万年前頃とされていましたが、その後、30万年前頃との推定年代が提示されています。シェーニンゲン遺跡の槍を用いていた人類がどの系統なのか、まだ同定は困難である、と本論文は指摘しています。

 30万年前頃以降になると、槍に石器を着柄して用いるようになり、ヨーロッパやレヴァントにおいてネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)がそうした組み合わせ道具を作っていたことが知られています。石器の着柄にはアスファルトも用いられました。こうした組み合わせ道具としての槍は、突くか投げるかして用いられていたと推測されていますが、投槍の場合、有効射程距離は8m~10mと推定されているので、いずれにしても接近戦を余儀なくされます。

 そこで重要となるのが、より安全な距離からの投射を可能とする投槍器の出現です。現時点で最古の投槍器は、ヨーロッパの上部旧石器時代中葉のソリュートレアン(Solutrean)層で発見されており、較正年代で23500~21000年前頃と推定されています。弓矢の直接的証拠は、ヨーロッパにおいて14000~13000年前頃までさかのぼります。ただ、投槍器や弓の直接的証拠は、有機物なのでなかなか発見されにくいという問題があります。そこで、石器の痕跡から投槍器の出現時期が推定されており、アフリカでは7万~6万年前頃に、ヨーロッパでは5万~4万年前頃に投槍器が用いられ始め、その担い手は現生人類(Homo sapiens)のみであり、それ故に現生人類はネアンデルタール人にたいして優位に立った、との見解が提示されています。

 しかし本論文は、投槍器と判断するのに用いられた現代の狩猟社会の事例は、必ずしも世界中の狩猟社会において当てはまるわけではないとして、そうした見解を全面的に採用することに慎重な姿勢を示しています。ただ、石器の小型化は投槍器の出現と関係がありそうだということで、ヨーロッパにおいては5万~4万年前頃に投槍器の使用が始まり、現生人類が担い手と考えられる43000年前頃以降のプロトオーリナシアン(Proto-Aurignacian)期には投槍器の技術は確立していたのではないか、との見解を本論文は提示しています。

 投槍器のような複合投射技術は、それ以前の槍に石器を着柄するだけの組み合わせ道具よりも技術的にずっと複雑であり、製作に時間を要したと考えられます。現生人類ではない系統の人類がそうした複合投射技術を用いていた証拠は現時点ではなく、現生人類は、工程の複雑さと長時間を要することで得られる最終的な優位性を明確に認識していたのだろう、というのが本論文の見解です。これは、現生人類の認知能力の発達程度を示しており、現生人類とそうではない人類との学習能力の差を議論する重要な手がかりの一つとなるだろう、と本論文は指摘しています。


参考文献:
佐野勝宏(2015)「複合的狩猟技術の出現―新人のイノベーション―」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』(六一書房)P127-139

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