人間のY染色体の消滅?
生物進化史の基準では遠くない将来に人間のY染色体は消滅するだろう、との見解は現代日本社会でそれなりに浸透しているようです。私は、ネット以外の場で知人に何度かその話を聞かされたことがありますし、ネットでもそうした見解を目にすることがあります。たとえば、
現在、人間のY染色体は傷つきボロボロです。遺伝子操作でもしないといずれ人類は絶滅する・・・、というのは普通に考えれば分かること。本当は貧弱な男性優位を保ちたい・・・、という気持ちは分からないでもないが科学的に無理なのですよ。男性優位信奉者諸君。
といった発言を見かけたこともあります。遠くない将来に人間のY染色体は消滅するだろう、との見解がなぜ現代日本社会でそれなりに浸透しているのか、不思議だったのですが、どうも2009年1月18日放送のNHKスペシャル『女と男~最新科学が読み解く性~』第3回「男が消える?人類も消える?」の影響が大きいように思われます。私はこの番組を見ていなかったので、どんな内容だったのか知りませんが、NHKのサイトでは以下のように紹介されています。
性染色体がXXなら女、XYなら男。1億7千万年前に獲得したこの性システムのおかげで私たちは命を脈々と受け継いできた。ところが、この基本そのものであるシステムは、大きく揺らいでいる。じつは男をつくるY染色体は滅びつつあるのだ。専門家は「数百万年以内には消滅する」という。なかには、来週になって消えても不思議ではないとする意見さえある。
じつは「遺伝子できちんとオス・メスを決め、両者がそろって初めて子孫をつくる」というのは、私たちほ乳類が独自に獲得した方法だ。ほかの生物はメスだけで子孫を残せる仕組みを持っている。そのほ乳類独自のシステムが長くほ乳類の繁栄を支えた一方、いよいよその寿命が尽きようとしているのだ。
さらに人間の場合、Y染色体を運ぶ精子の劣化も著しい。これは生物学的に一夫一婦制が長くなった影響だという。
こうした性システムの危機に私たちはどう対応すべきなのか。シリーズ最終回では、いわゆる試験管ベイビーが生まれて30年、生殖技術をめぐる最前線もたどりながら、現在、性の揺らぎが引き起こしているさまざまな影響を追う。
確かに、NHKスペシャルでこのように取り上げられたとすると、遠くない将来に人間のY染色体は消滅する、と考える人が少なからずいても不思議ではないかな、とも思います。しかし、アカゲザルのY染色体における雄性特異的領域の塩基配列を解読し、人間・チンパンジー・ゴリラのY染色体と比較した研究(Hughes et al., 2012)によると、Y染色体の急激な遺伝子喪失が短期間で起きた後は、純化選択によって残りの遺伝子が厳重に保存されていることが明らかになった、とのことです。これは、人間のY染色体は消滅が避けられない運命にあるという見解を否定する研究結果なのですが、残念ながらこうした研究は現代日本社会ではあまり知られていないようです。そのために、「男性優位信奉者」批判にY染色体消滅説を使うような的外れな言説も出てくるのでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
進化:ヒトとアカゲザルのY染色体では、急激な消失が起こった後の遺伝子は進化的に厳重に保存されている
進化:Y染色体の運命
哺乳類の性決定に関与するXおよびY染色体は一対の常染色体(性染色体ではない「普通の」染色体)から進化したが、遺伝子の崩壊が起こった結果、ヒトY染色体の雄性特異的領域には、元の常染色体遺伝子の3%だけしか残っていない。今回、アカゲザルのY染色体で雄性特異的領域の塩基配列が解読され、アカゲザル、ヒト、チンパンジーのY染色体の分析によって、その領域の進化の軌跡が復元された。その結果、最初に急激な遺伝子喪失が起こり、その後は純化選択によって残りの遺伝子が厳重に保存されていることがわかった。これは、ヒトY染色体は消滅が避けられない運命にあるという考えに反対する結果である。
参考文献:
Hughes JF. et al.(2012): Strict evolutionary conservation followed rapid gene loss on human and rhesus Y chromosomes. Nature, 483, 7387, 82–86.
http://dx.doi.org/10.1038/nature10843
現在、人間のY染色体は傷つきボロボロです。遺伝子操作でもしないといずれ人類は絶滅する・・・、というのは普通に考えれば分かること。本当は貧弱な男性優位を保ちたい・・・、という気持ちは分からないでもないが科学的に無理なのですよ。男性優位信奉者諸君。
といった発言を見かけたこともあります。遠くない将来に人間のY染色体は消滅するだろう、との見解がなぜ現代日本社会でそれなりに浸透しているのか、不思議だったのですが、どうも2009年1月18日放送のNHKスペシャル『女と男~最新科学が読み解く性~』第3回「男が消える?人類も消える?」の影響が大きいように思われます。私はこの番組を見ていなかったので、どんな内容だったのか知りませんが、NHKのサイトでは以下のように紹介されています。
性染色体がXXなら女、XYなら男。1億7千万年前に獲得したこの性システムのおかげで私たちは命を脈々と受け継いできた。ところが、この基本そのものであるシステムは、大きく揺らいでいる。じつは男をつくるY染色体は滅びつつあるのだ。専門家は「数百万年以内には消滅する」という。なかには、来週になって消えても不思議ではないとする意見さえある。
じつは「遺伝子できちんとオス・メスを決め、両者がそろって初めて子孫をつくる」というのは、私たちほ乳類が独自に獲得した方法だ。ほかの生物はメスだけで子孫を残せる仕組みを持っている。そのほ乳類独自のシステムが長くほ乳類の繁栄を支えた一方、いよいよその寿命が尽きようとしているのだ。
さらに人間の場合、Y染色体を運ぶ精子の劣化も著しい。これは生物学的に一夫一婦制が長くなった影響だという。
こうした性システムの危機に私たちはどう対応すべきなのか。シリーズ最終回では、いわゆる試験管ベイビーが生まれて30年、生殖技術をめぐる最前線もたどりながら、現在、性の揺らぎが引き起こしているさまざまな影響を追う。
確かに、NHKスペシャルでこのように取り上げられたとすると、遠くない将来に人間のY染色体は消滅する、と考える人が少なからずいても不思議ではないかな、とも思います。しかし、アカゲザルのY染色体における雄性特異的領域の塩基配列を解読し、人間・チンパンジー・ゴリラのY染色体と比較した研究(Hughes et al., 2012)によると、Y染色体の急激な遺伝子喪失が短期間で起きた後は、純化選択によって残りの遺伝子が厳重に保存されていることが明らかになった、とのことです。これは、人間のY染色体は消滅が避けられない運命にあるという見解を否定する研究結果なのですが、残念ながらこうした研究は現代日本社会ではあまり知られていないようです。そのために、「男性優位信奉者」批判にY染色体消滅説を使うような的外れな言説も出てくるのでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
進化:ヒトとアカゲザルのY染色体では、急激な消失が起こった後の遺伝子は進化的に厳重に保存されている
進化:Y染色体の運命
哺乳類の性決定に関与するXおよびY染色体は一対の常染色体(性染色体ではない「普通の」染色体)から進化したが、遺伝子の崩壊が起こった結果、ヒトY染色体の雄性特異的領域には、元の常染色体遺伝子の3%だけしか残っていない。今回、アカゲザルのY染色体で雄性特異的領域の塩基配列が解読され、アカゲザル、ヒト、チンパンジーのY染色体の分析によって、その領域の進化の軌跡が復元された。その結果、最初に急激な遺伝子喪失が起こり、その後は純化選択によって残りの遺伝子が厳重に保存されていることがわかった。これは、ヒトY染色体は消滅が避けられない運命にあるという考えに反対する結果である。
参考文献:
Hughes JF. et al.(2012): Strict evolutionary conservation followed rapid gene loss on human and rhesus Y chromosomes. Nature, 483, 7387, 82–86.
http://dx.doi.org/10.1038/nature10843
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