改めて否定されたネアンデルタール人の「笛」
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の「笛」とされていた動物の骨に関する研究(Diedrich., 2015)が報道されました。ネアンデルタール人がホラアナグマの骨で横笛(フルート)を制作していた、との見解は20世紀前半から提示されていました。これは、ネアンデルタール人にも「現代的行動」が可能だったのか、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との認知能力にはどのような違いがあったのか(もしくはなかったのか)、という人類の進化についての大きな議論とも関わっています。
楽器の制作は芸術活動の一環として把握されており、「現代的行動」の一例と認識されています。ネアンデルタール人にも楽器制作が可能なのだとしたら、少なくともある分野の認知能力において、ネアンデルタール人も現生人類と近いか変わらない程度だったことの証拠となるので、ネアンデルタール人の絶滅要因についての議論とも関わってきます。現生人類アフリカ単一起源説が優勢と認められるようになってからは、ネアンデルタール人の絶滅要因を説明しやすいこともあって、ネアンデルタール人と現生人類との違い強調する見解が主張されるようになり、認知能力は両者の違いの代表例ではないか、と考えられるようになりました。
その意味で、笛などの楽器をネアンデルタール人が制作していたのか否かという問題は、人類の進化を考察するうえで重要となってきます。本論文は、ヨーロッパの旧石器時代のホラアナグマの骨製の「横笛」を検証し、それらの中にネアンデルタール人の所産と考えられるものは全くなく、それどころか骨に開けられた穴は人為的なものですらなく、ブチハイエナ(Crocuta crocuta)が噛んだ痕跡にすぎない、ということを明らかにしています。ホラアナグマの子供の骨は柔らかいので、ブチハイエナが噛んで穴を開けることもできた、というわけです。
現時点では、確実にネアンデルタール人の所産と言える楽器はなく、上記報道にもあるように、最古の楽器は、ドイツで発見された上部旧石器時代初期のオーリナシアン(Aurignacian)期のものとなります。ドイツのガイセンクレステレ(Geißenklösterle)遺跡で発見された横笛の年代は、4万年前と推定されています(関連記事)。オーリナシアンの担い手は、一部に異論がないわけではありませんが、現生人類だとするのが有力説です。
ネアンデルタール人の笛とされてきたものが、人工物ではなく、人間ではない動物が噛んで穴が開いたにすぎない、ということは以前から指摘されていたので(河合.,2007,P159-160)、本論文の結論は有力説を大きく変えるわけではありませんが、詳細な分析は意義深いと言えるでしょう。ただ、ネアンデルタール人が楽器を制作していた証拠が現時点ではないとしても、装飾品などネアンデルタール人の「現代的行動」を示唆する証拠の報告例が近年では増加していますので、ネアンデルタール人が何らかの楽器を制作していた可能性もあると思います。
参考文献:
Diedrich CG.(2015): ‘Neanderthal bone flutes’: simply products of Ice Age spotted hyena scavenging activities on cave bear cubs in European cave bear dens. ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE, 2, 4, 140022.
http://dx.doi.org/10.1098/rsos.140022
河合信和(2007)『ホモ・サピエンスの誕生』(同成社)
https://sicambre.seesaa.net/article/200711article_13.html
楽器の制作は芸術活動の一環として把握されており、「現代的行動」の一例と認識されています。ネアンデルタール人にも楽器制作が可能なのだとしたら、少なくともある分野の認知能力において、ネアンデルタール人も現生人類と近いか変わらない程度だったことの証拠となるので、ネアンデルタール人の絶滅要因についての議論とも関わってきます。現生人類アフリカ単一起源説が優勢と認められるようになってからは、ネアンデルタール人の絶滅要因を説明しやすいこともあって、ネアンデルタール人と現生人類との違い強調する見解が主張されるようになり、認知能力は両者の違いの代表例ではないか、と考えられるようになりました。
その意味で、笛などの楽器をネアンデルタール人が制作していたのか否かという問題は、人類の進化を考察するうえで重要となってきます。本論文は、ヨーロッパの旧石器時代のホラアナグマの骨製の「横笛」を検証し、それらの中にネアンデルタール人の所産と考えられるものは全くなく、それどころか骨に開けられた穴は人為的なものですらなく、ブチハイエナ(Crocuta crocuta)が噛んだ痕跡にすぎない、ということを明らかにしています。ホラアナグマの子供の骨は柔らかいので、ブチハイエナが噛んで穴を開けることもできた、というわけです。
現時点では、確実にネアンデルタール人の所産と言える楽器はなく、上記報道にもあるように、最古の楽器は、ドイツで発見された上部旧石器時代初期のオーリナシアン(Aurignacian)期のものとなります。ドイツのガイセンクレステレ(Geißenklösterle)遺跡で発見された横笛の年代は、4万年前と推定されています(関連記事)。オーリナシアンの担い手は、一部に異論がないわけではありませんが、現生人類だとするのが有力説です。
ネアンデルタール人の笛とされてきたものが、人工物ではなく、人間ではない動物が噛んで穴が開いたにすぎない、ということは以前から指摘されていたので(河合.,2007,P159-160)、本論文の結論は有力説を大きく変えるわけではありませんが、詳細な分析は意義深いと言えるでしょう。ただ、ネアンデルタール人が楽器を制作していた証拠が現時点ではないとしても、装飾品などネアンデルタール人の「現代的行動」を示唆する証拠の報告例が近年では増加していますので、ネアンデルタール人が何らかの楽器を制作していた可能性もあると思います。
参考文献:
Diedrich CG.(2015): ‘Neanderthal bone flutes’: simply products of Ice Age spotted hyena scavenging activities on cave bear cubs in European cave bear dens. ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE, 2, 4, 140022.
http://dx.doi.org/10.1098/rsos.140022
河合信和(2007)『ホモ・サピエンスの誕生』(同成社)
https://sicambre.seesaa.net/article/200711article_13.html
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