プロトオーリナシアンの担い手は現生人類

 プロトオーリナシアン(Proto-Aurignacian)の担い手に関する研究(Benazzi et al., 2015)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。プロトオーリナシアンは、ヨーロッパにおける中部旧石器時代~上部旧石器時代の「移行期インダストリー」とも、上部旧石器時代最初期のインダストリーともされています。その担い手は現生人類(Homo sapiens)と考えるのが有力説ですが、決定的な証拠は得られていませんでした。本論文は、イタリア北部の2ヶ所の遺跡のプロトオーリナシアンの層で発見された人間の乳歯2個を分析し、プロトオーリナシアンの担い手を検証しています。

 そのうちの1個は、リパロボンブリーニ(Riparo Bombrini)岩陰遺跡で発見された下顎乳切歯です。本論文は、三次元デジタル画像法によりこの乳歯のエナメル質の厚さを測定し、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のように比較的薄いのではなく、現生人類(Homo sapiens)のように厚いことから、この乳歯は現生人類のものである、と結論づけています。現生人類の歯のエナメル質がネアンデルタール人より厚いのは、現生人類がネアンデルタール人よりも健康的だったか、ゆっくりと成長したためだ、との見解が提示されています。動物の骨と炭を対象とした放射性炭素年代測定法から、リパロボンブリーニ岩陰遺跡の子供の年代(較正年代)は40710~35640年前頃と推定されています。

 もう1個はフマネ洞窟(Grotta di Fumane)で発見された上顎乳切歯で、その年代は41110~38500年前と推定されています。この乳歯からはミトコンドリアDNAの抽出に成功しており、10人の古代の現生人類および10人のネアンデルタール人のミトコンドリアDNAとの比較の結果、現代人に見られるハプログループR(非アフリカ系現代人に見られるハプログループMとNのうち、Nから派生)に属することが明らかになりました。なお、シベリアのウスチイシム(Ust’-Ishim)で発見された45000年前頃の現生人類のミトコンドリアDNA(関連記事)も、ハプログループRに属します。

 この人間の乳歯2個の形態学的および遺伝学的分析から、プロトオーリナシアンの担い手は現生人類と確定した、と本論文は指摘します。プロトオーリナシアンは較正年代(暦年代)で43000年前頃に南ヨーロッパに出現した(関連記事)、とされています。本論文が分析対象とした乳歯のうち1個の発見されたフネマ洞窟においては、41900~40500年前頃がプロトオーリナシアン、その前のウルツィアン(Ulzzian)が43900~41900年前頃(ともに暦年代)とされています(関連記事)。

 本論文は、人間の乳歯の新たな推定年代から、暦年代で41000年前頃までに現生人類はプロトオーリナシアンを携えて南ヨーロッパに拡大し、この地域における最後のネアンデルタール人は暦年代で41030~39260年前頃なので、プロトオーリナシアンがネアンデルタール人の絶滅の一因になったのではないか、との見解を提示しています。「より先進的な」技術を含むプロトオーリナシアンの開発により、現生人類はネアンデルタール人にたいして、狩猟効率などの点で直接的・間接的に優位に立ったのではないか、というわけです。

 ただ、上記報道でも指摘されているように、現生人類がヨーロッパへと進出した時点で、ネアンデルタール人は衰退しており、遺伝的多様性が低下していた、との見解も提示されています(関連記事)。また、ウルツィアンの担い手は現生人類だとする近年有力になりつつある見解が妥当だとすると(関連記事)、本論文の著者の一人であるハブリン(Jean-Jacques Hublin)博士の指摘する、南ヨーロッパにおける3000年間というネアンデルタール人と現生人類との共存期間は、もっと長かった可能性もあります。ウルツィアンの頃には、ネアンデルタール人と現生人類との間の生存競争上の優劣は決定的ではなく、ネアンデルタール人は細々と生きのこっていたものの、現生人類側がプロトオーリナシアンを開発した(もしくは、人類集団の移住も含めて導入した)ことにより、ネアンデルタール人にたいして決定的に優位に立った、とも考えられます。

 もっとも、プロトオーリナシアンがネアンデルタール人の絶滅にどれだけの役割を果たしたのか、検証はなかなか難しいとは思います。バールヨゼフ(Ofer Bar-Yosef)博士は、現生人類とネアンデルタール人との間の病気(への抵抗性)や社会的・交易ネットワークの違いも、ネアンデルタール人絶滅の要因かもしれない、と指摘しています。本論文の筆頭著者のベナッジ(Stefano Benazzi)博士も、ネアンデルタール人の具体的な絶滅の様相はまだ不明確である、と述べています。またベナッジ博士は、ネアンデルタール人の絶滅について、現生人類が駆逐した可能性も、同化吸収した可能性も指摘しています。おそらくネアンデルタール人の絶滅に関しては、広範な地域で共通する要因とともに、各地域個別の要因も想定しなければならないのでしょう。


参考文献:
Benazzi S. et al.(2015): The makers of the Protoaurignacian and implications for Neandertal extinction. Science, 348, 6236, 793-796.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aaa2773

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