握斧の製作に必要な認知能力

 石器製作技術の段階に応じて必要な認知能力がどのように違うのか、検証した研究(Stout et al., 2015)が報道されました。伝統的な石器製作技術の区分は5段階とされています(関連記事)。本論文が検証対象としたのは、様式1(Mode 1)・様式2(Mode 2)・様式3(Mode 3)の石器製作技術です。本論文は、考古学専攻の6人の学生(男性5人と女性1人)を対象とした22ヶ月間に及ぶ167時間の石器製作実験および脳活動の測定の結果から、各石器製作技術段階において必要な認知能力を検証しています。

 この実験では、様式1に関してはオルドワン(Oldowan)の基本的な剥片剥離(燧石からの5個の剥片剥離)、様式2に関しては握斧(ハンドアックス)の製作、様式3に関しては調整石核技法となるルヴァロワ技法による剥片製作が行なわれました。この実験期間中、最初・中間・最後の各段階で石器製作技術の評価が行なわれました。様式1と様式2は共に下部旧石器時代に位置づけられていますが、習得の難易度には違いがあり、オルドワンの剥片製作よりも握斧の製作の方が、時間の経過(経験の蓄積)による製作技術的改善は乏しかった、と報告されています。

 これと関連しているのか、注目されるのは、石器製作のさいの脳の活動において様式1と様式2とで違いが見られることです。様式2の握斧の製作のさいには、予測的・戦略的判断のさいの脳の活動との強い関連性が見出されたのにたいして、様式1の簡単な剥片製作のさいには、そのような関連は確認されませんでした。本論文は、同じ下部旧石器時代の様式1と様式2において、石器製作に要求される認知能力に明確な違いがあり、様式2の石器製作には単純な反復的動作だけではなく、ワーキングメモリ(作業記憶)モデルで言われているような、情報の監視と巧みな操作機能を含む「高度な認知能力」が必要だったのではないか、との見解を提示しています。

 様式2は様式1と比較して、「より高度な認知能力」が必要だったのではないか、と考えている人は多かっただろう、と思います。本論文でも実験対象とされた握斧の左右対称性からは、一定以上の未来を予測する能力が必要となりそうだからです。そうした見解を実証する方法を提示したという意味でも、本論文の意義は大きいと言えるでしょう。もっとも、現代人の脳機能と活動をそのまま100万年以上前の人類に適用できるのか、といった問題は残るのですが、握斧の製作技術の習得の難しさからも、それに「高度な認知能力」が必要なのは間違いないだろう、というのが本論文の見解です。

 ただ、東南アジア島嶼部において、様式1的な石器が現生人類(Homo sapiens)しか存在しなくなっただろう年代になっても継続したことを考えると(関連記事)、様式1の継続が「より高度な認知能力」の存在しなかったことを証明するわけではありませんが。なお、本論文では最初の石器製作技術はオルドワンとされていますが、最近になって、オルドワンの前にロメクウィアン(Lomekwian)という石器製作技術があったのではないか、と主張されています(関連記事)。


参考文献:
Stout D, Hecht E, Khreisheh N, Bradley B, Chaminade T (2015) Cognitive Demands of Lower Paleolithic Toolmaking. PLoS ONE 10(4): e0121804.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0121804

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