人為的解体痕のあるネアンデルタール人化石
人為的解体痕のあるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)化石についての研究(Garralda et al., 2014A)が報道されました。本論文は、フランスのシャラント(Charente)県にあるマリヤック(Marillac)遺跡のネアンデルタール人の骨を分析しています。マリヤック遺跡は1934年に発見され、本論文の著者の一人であるヴァンデルメールシュ(Bernard Vandermeersch)博士の率いるチームにより、1967~1980年に発掘が行なわれました。
これまでの発掘と研究により、マリヤック遺跡については多くのことが判明しています。人間ではない動物化石は2万個以上発見されており、そのうちの90%はトナカイで、残りはウマやバイソンや何種かの肉食動物です。考古学的層位は海洋酸素同位体ステージ(MIS)4に区分され、中部旧石器時代のキーナムステリアン(Quina Mousterian)石器群が発見されています。炉床の証拠はまったくありません。人間の居住は長期間に及ぶものではなく、獲物を持ち込んで解体する一時的な狩猟キャンプとして利用されていたようです。おそらくは秋に短期間利用されたのだろう、と本論文では推測されています。
マリヤック遺跡では断片的な人骨が多数発見されていますが、すべてネアンデルタール人に分類されています。これらの人骨のなかには、肉食動物が噛んだと思われる痕跡が見られるものもあります。病気・怪我などで弱ったネアンデルタール人が肉食動物に食べられることは、さほど珍しくなかったのでしょう。本論文が分析の対象としているのは3個の部分的な人骨で、それぞれ「マリヤック24(Marillac 24)」・「マリヤック25(Marillac 25)」・「マリヤック26(Marillac 26)」と命名されています。これら3人骨の年代は、熱ルミネッセンス法で57600±4600年前と推定されています。
マリヤック24は右橈骨の中央骨幹部で、長さは106.8mmです。成人と考えられます。マリヤック25は右大腿骨の不完全な骨幹部で、長さは188.3mmです。推定年齢9~10歳の子供と考えられています。性別は明確ではありません。骨膜症を患っていたと推測されています。マリヤック26は左腓骨の骨幹部で、長さは105mmです。比較的頑丈で成人と考えられており、骨髄炎もしくは骨膜症を患っていたと推測されています。
本論文は、これらの3人骨に肉食動物が噛んだような痕跡はなく、明らかに人為的なカットマーク(解体痕)や打撃痕(パーカッションマーク)があることを明らかにしています。それは、死後長時間経過して骨だけ残っているような状況下でのものではなく、まだ軟部組織がじゅうぶん残っているような死後直後のものである、と本論文は推測しています。こうした解体痕や打撃痕は燧石製の石器によるものだろう、と本論文は指摘しています。
これらネアンデルタール人3個体の骨に見られる人為的な解体痕や打撃痕をどう解釈するのかは、難しい問題です。飢餓状態での食人行為とも考えられますが、マリヤック遺跡に豊富な動物化石が存在することと、これらネアンデルタール人3個体の同位体分析の結果がハイエナとオオカミのような捕食動物や他のネアンデルタール人と同様だったので、このネアンデルタール人3個体もおもにその食資源を草食動物に依拠していたと考えられることから、飢餓状態での食人行為と判断することに本論文は慎重です。本論文はその他の可能性として、「食道楽」としての食人や葬儀などの儀式を挙げていますが、そのうちのどれなのか、現時点では断定できるだけの証拠は得られていないようです。
食人行為は現生人類(Homo sapiens)社会でも確認されており、おそらくネアンデルタール人も含めて人類社会においてずっと行なわれてきたことなのでしょう。そのなかには、本論文もその可能性を挙げているように、飢餓状態で栄養不足のなか必要に迫られてというだけではなく、「食道楽」的な意味合いのものあったのかもしれません。また、敵意・復讐心などによる食人行為もあったのかもしれません。葬儀など何らかの儀式であるという可能性は、近年になってネアンデルタール人の象徴的行動の報告例が増加していることを考えると、じゅうぶん検証するに値すると思います。
参考文献:
Garralda MD, Maureille B, and Vandermeersch B.(2014A): Neanderthal infant and adult infracranial remains from Marillac (Charente, France). American Journal of Physical Anthropology, 155, 1, 99–113.
http://dx.doi.org/10.1002/ajpa.22557
これまでの発掘と研究により、マリヤック遺跡については多くのことが判明しています。人間ではない動物化石は2万個以上発見されており、そのうちの90%はトナカイで、残りはウマやバイソンや何種かの肉食動物です。考古学的層位は海洋酸素同位体ステージ(MIS)4に区分され、中部旧石器時代のキーナムステリアン(Quina Mousterian)石器群が発見されています。炉床の証拠はまったくありません。人間の居住は長期間に及ぶものではなく、獲物を持ち込んで解体する一時的な狩猟キャンプとして利用されていたようです。おそらくは秋に短期間利用されたのだろう、と本論文では推測されています。
マリヤック遺跡では断片的な人骨が多数発見されていますが、すべてネアンデルタール人に分類されています。これらの人骨のなかには、肉食動物が噛んだと思われる痕跡が見られるものもあります。病気・怪我などで弱ったネアンデルタール人が肉食動物に食べられることは、さほど珍しくなかったのでしょう。本論文が分析の対象としているのは3個の部分的な人骨で、それぞれ「マリヤック24(Marillac 24)」・「マリヤック25(Marillac 25)」・「マリヤック26(Marillac 26)」と命名されています。これら3人骨の年代は、熱ルミネッセンス法で57600±4600年前と推定されています。
マリヤック24は右橈骨の中央骨幹部で、長さは106.8mmです。成人と考えられます。マリヤック25は右大腿骨の不完全な骨幹部で、長さは188.3mmです。推定年齢9~10歳の子供と考えられています。性別は明確ではありません。骨膜症を患っていたと推測されています。マリヤック26は左腓骨の骨幹部で、長さは105mmです。比較的頑丈で成人と考えられており、骨髄炎もしくは骨膜症を患っていたと推測されています。
本論文は、これらの3人骨に肉食動物が噛んだような痕跡はなく、明らかに人為的なカットマーク(解体痕)や打撃痕(パーカッションマーク)があることを明らかにしています。それは、死後長時間経過して骨だけ残っているような状況下でのものではなく、まだ軟部組織がじゅうぶん残っているような死後直後のものである、と本論文は推測しています。こうした解体痕や打撃痕は燧石製の石器によるものだろう、と本論文は指摘しています。
これらネアンデルタール人3個体の骨に見られる人為的な解体痕や打撃痕をどう解釈するのかは、難しい問題です。飢餓状態での食人行為とも考えられますが、マリヤック遺跡に豊富な動物化石が存在することと、これらネアンデルタール人3個体の同位体分析の結果がハイエナとオオカミのような捕食動物や他のネアンデルタール人と同様だったので、このネアンデルタール人3個体もおもにその食資源を草食動物に依拠していたと考えられることから、飢餓状態での食人行為と判断することに本論文は慎重です。本論文はその他の可能性として、「食道楽」としての食人や葬儀などの儀式を挙げていますが、そのうちのどれなのか、現時点では断定できるだけの証拠は得られていないようです。
食人行為は現生人類(Homo sapiens)社会でも確認されており、おそらくネアンデルタール人も含めて人類社会においてずっと行なわれてきたことなのでしょう。そのなかには、本論文もその可能性を挙げているように、飢餓状態で栄養不足のなか必要に迫られてというだけではなく、「食道楽」的な意味合いのものあったのかもしれません。また、敵意・復讐心などによる食人行為もあったのかもしれません。葬儀など何らかの儀式であるという可能性は、近年になってネアンデルタール人の象徴的行動の報告例が増加していることを考えると、じゅうぶん検証するに値すると思います。
参考文献:
Garralda MD, Maureille B, and Vandermeersch B.(2014A): Neanderthal infant and adult infracranial remains from Marillac (Charente, France). American Journal of Physical Anthropology, 155, 1, 99–113.
http://dx.doi.org/10.1002/ajpa.22557
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