2015年度アメリカ自然人類学会総会

 今年(2015年)の3月25日~3月28日にかけて、アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイス市で第84回アメリカ自然人類学会総会が開催されました。アメリカ自然人類学会総会では、最新の研究成果が多数報告されるだけに、古人類学に関心のある私は大いに注目しています。総会での各報告の要約はPDFファイルで公表されているのですが、まだいくつかの報告を読んだだけです。とりあえず今回は、とくに興味深いと思った報告を取り上げることにします。

 ポーランドの後期ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)についての報告(Alex et al., 2015)では、クラクフ(Krakow)近くのキエムナ洞窟(Ciemna Cave)と、西カルパティア地方のオブワゾワ洞窟(Obłazowa Cave)の、ミコッキアン(Micoquian)伝統を伴うネアンデルタール人の消滅年代が、放射性炭素年代測定法により推定され、この地域のネアンデルタール人は45000年前頃(非較正のようです)までに姿を消したのではないか、と推測されています。本報告は、現時点ではこの地域において、最後のネアンデルタール人と最初の現生人類との間に時間的な開きがあることを示唆しています。本報告の要約は上記PDFファイルのP68に掲載されています。

 スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」で発見された人骨群についての報告(MartinÓn-Torres, and Castro., 2015)は、ホモ属でもハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)に分類されている「骨の穴洞窟」人の人類進化系統樹における位置づけを見直しています。「骨の穴洞窟」では、少なくとも28個体分以上の530個以上の永久歯が発見されています。本報告は、「骨の穴洞窟」のそれらの歯には、ネアンデルタール人的な特徴が強く見られる一方で、ハイデルベルゲンシスに分類されるような同時代の人類集団よりもずっと派生的な特徴が見られ、現生人類(Homo sapiens)との類似性さえ見られる、と指摘しています。ハイデルベルゲンシスもそうですが、中期更新世の人類集団の分類は、今後も見直しが続けられていくことになりそうです。本報告の要約は上記PDFファイルのP216-217に掲載されています。

 そのハイデルベルゲンシスの正基準標本とされているマウエル(Mauer)の下顎骨についての報告(Rak, and Hylander., 2015)は、マウエル下顎骨が、ハイデルベルゲンシスに分類されている他の人骨と比較しても独特であることを強調しています。たとえばアラゴ(Arago)や「骨の穴洞窟」で発見された、ハイデルベルゲンシスと分類されている他の下顎骨には、ネアンデルタール人の特徴の萌芽が見られる一方で、マウエル下顎骨にはそれが見られない、と本報告は指摘します。ハイデルベルゲンシスをネアンデルタール人と現生人類の共通祖先とする見解もあるのですが、マウエル下顎骨は、現生人類とネアンデルタール人の祖先と考えるにはあまりにも特殊化している、との見解を本報告は提示しています。本報告の要約は上記PDFファイルのP261に掲載されています。


参考文献:
Alex BA. et al.(2015): Radiocarbon Dating of Late Neanderthals in Southern Poland. The 84th Annual Meeting of the AAPA.

MartinÓn-Torres M, and Castro MBD.(2015): Dental remains from the Sima de los Huesos. The 84th Annual Meeting of the AAPA.

Rak Y, and Hylander WL.(2015): The phylogenetic position of Homo heidelbergensis. The 84th Annual Meeting of the AAPA.


 アメリカ自然人類学会総会に関するこのブログの過去の記事は以下の通りです。

2014年度(第83回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_22.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_34.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_37.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_5.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_7.html

2013年度(第82回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_30.html

2012年度(第81回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201204article_20.html

2011年度(第80回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201104article_27.html

2010年度(第79回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201004article_23.html

2009年度(第78回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200905article_27.html

2008年度(第77回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_20.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_32.html

2007年度(第76回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_32.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200704article_11.html

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