ラオスの初期現生人類
ラオスで発見された初期現生人類(Homo sapiens)の人骨についての研究(Demeter et al., 2015)が報道されました。本論文は、ラオスのフアパン(Huà Pan)県にあるタムパリン(Tam Pa Ling)洞窟遺跡で発見された後期更新世の人骨を分析し、同時代の人骨と比較しています。タムパリン洞窟遺跡は、首都のヴィエンチャンから北北東へおよそ260km離れた、海抜1170mの山地(アンナン山脈の一部)に位置しています。
タムパリン洞窟遺跡では、2009年12月に人間の部分的な頭蓋(TPL1)が、2010年12月には別個体の人間の完全な下顎骨(TPL2)が発見されました。両者は近い位置で発見されており、TPL1は地下2.35mに、TPL2は地下2.65m に位置していました。石器などの人工物は共伴していませんでした。TPL1がほぼ完全に現代的な形態を有しているのにたいして、TPL2には、頤のような現代的特徴と、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)などの(現生人類ではない)古代型ホモ属に共通する厚い骨といった古代的特徴との混在が見られました。TPL2の性別は不明とされています。
TPL1とTPL2はほぼ同年代とみなされていますが、その年代に関しては議論の余地があるようです。ウラン-トリウム系列年代測定法によるTPL1の直接的な年代は63600±6000年以上前となります。人骨の周囲の堆積物のルミネッセンス年代は46000年以上前となります。放射性炭素年代測定法では、測定できる範囲(5万年前頃頃まで)を超えていたので、間接的にこれらの年代が支持されることになります。ただ、光刺激ルミネッセンス法(OSL)による地層の年代は、骨よりも上の地層で44000年前以降となるなど、人骨の年代解釈には難しさがあります。
本論文では、こうした点を踏まえたうえで、TPL1とTPL2の年代は63000~44000年前頃と推定されています。これは、東南アジア大陸部での確実な現生人類人骨としては最古となります。これよりも古い東南アジアの現生人類候補の化石としては、ルソン島のカラオ洞窟(Callao Cave)で発見されたものがあり、年代は67000年前頃とされています。ただ、本論文で指摘されているように、その分類は不明とされていて、確実に現生人類化石と言えるわけではないようです。
本論文は、このTPL1およびTPL2を、中国南東部の智人洞窟(Zhirendong)の部分的な下顎(関連記事)など、同時代やその前後の時代(後期更新世中期)の人骨と比較し、TPL2に見られる現代的特徴と古代的特徴の混在が、広範な地域の後期更新世中期の初期現生人類もしくは後期古代型ホモ属に見られることを指摘しています。こうした「新旧」の特徴の混在は、アフリカから新たな地域に進出してきた現生人類が、在地の古代型ホモ属と交雑した結果だ、との見解も提示されています。
本論文はそうした見解を完全に否定しているわけではありませんが、海洋酸素同位体ステージ(MIS)3までの東南アジアなどユーラシア東部に存在した初期現生人類には多様な形態が見られた、という解釈の方に傾いています。また、初期現生人類はアフリカからユーラシア大陸の南岸沿いに、南アジア→東南アジア→サフルランドへと進出した、との見解が有力視されていますが、本論文は、初期現生人類はじゅうらいの想定よりも早く、東南アジア大陸部にも進出していた、と指摘しています。
本論文が指摘するように、スンダランドも含むユーラシア東部やサフルランドの後期更新世の人骨には、現生人類的な特徴と古代型ホモ属的な特徴とが混在しているものがよく見られます。もっとも、これはアフリカや西アジアや東ヨーロッパの人骨群にも見られる、とも言えそうですが。これをどう解釈するかは難しいところで、本論文が主張するような初期現生人類の形態の多様性とも、本論文で取り上げられているように、初期現生人類と古代型ホモ属との交雑の結果である、とも考えられます。
おそらく、既知の「新旧モザイク状」の人骨群の解釈として、どちらか一方が妥当なのではなく、ある人骨の特定の形態は変異幅の大きさを反映し、別の人骨の特定の形態は交雑の結果を反映している、ということではないだろうか、と現時点では考えています。この問題の解決には、後期更新世の新たな人骨の発見とともに、既知の人骨の見直しも必要となるでしょう。また、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ 人(種もしくは亜種区分未定)とのゲノムの比較と、各形態と遺伝子との関連の特定が進めば、遺伝学の分野からもこの問題への貢献が大いに期待できそうです。
参考文献:
Demeter F, Shackelford L, Westaway K, Duringer P, Bacon A-M, et al. (2015) Early Modern Humans and Morphological Variation in Southeast Asia: Fossil Evidence from Tam Pa Ling, Laos. PLoS ONE 10(4): e0121193.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0121193
タムパリン洞窟遺跡では、2009年12月に人間の部分的な頭蓋(TPL1)が、2010年12月には別個体の人間の完全な下顎骨(TPL2)が発見されました。両者は近い位置で発見されており、TPL1は地下2.35mに、TPL2は地下2.65m に位置していました。石器などの人工物は共伴していませんでした。TPL1がほぼ完全に現代的な形態を有しているのにたいして、TPL2には、頤のような現代的特徴と、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)などの(現生人類ではない)古代型ホモ属に共通する厚い骨といった古代的特徴との混在が見られました。TPL2の性別は不明とされています。
TPL1とTPL2はほぼ同年代とみなされていますが、その年代に関しては議論の余地があるようです。ウラン-トリウム系列年代測定法によるTPL1の直接的な年代は63600±6000年以上前となります。人骨の周囲の堆積物のルミネッセンス年代は46000年以上前となります。放射性炭素年代測定法では、測定できる範囲(5万年前頃頃まで)を超えていたので、間接的にこれらの年代が支持されることになります。ただ、光刺激ルミネッセンス法(OSL)による地層の年代は、骨よりも上の地層で44000年前以降となるなど、人骨の年代解釈には難しさがあります。
本論文では、こうした点を踏まえたうえで、TPL1とTPL2の年代は63000~44000年前頃と推定されています。これは、東南アジア大陸部での確実な現生人類人骨としては最古となります。これよりも古い東南アジアの現生人類候補の化石としては、ルソン島のカラオ洞窟(Callao Cave)で発見されたものがあり、年代は67000年前頃とされています。ただ、本論文で指摘されているように、その分類は不明とされていて、確実に現生人類化石と言えるわけではないようです。
本論文は、このTPL1およびTPL2を、中国南東部の智人洞窟(Zhirendong)の部分的な下顎(関連記事)など、同時代やその前後の時代(後期更新世中期)の人骨と比較し、TPL2に見られる現代的特徴と古代的特徴の混在が、広範な地域の後期更新世中期の初期現生人類もしくは後期古代型ホモ属に見られることを指摘しています。こうした「新旧」の特徴の混在は、アフリカから新たな地域に進出してきた現生人類が、在地の古代型ホモ属と交雑した結果だ、との見解も提示されています。
本論文はそうした見解を完全に否定しているわけではありませんが、海洋酸素同位体ステージ(MIS)3までの東南アジアなどユーラシア東部に存在した初期現生人類には多様な形態が見られた、という解釈の方に傾いています。また、初期現生人類はアフリカからユーラシア大陸の南岸沿いに、南アジア→東南アジア→サフルランドへと進出した、との見解が有力視されていますが、本論文は、初期現生人類はじゅうらいの想定よりも早く、東南アジア大陸部にも進出していた、と指摘しています。
本論文が指摘するように、スンダランドも含むユーラシア東部やサフルランドの後期更新世の人骨には、現生人類的な特徴と古代型ホモ属的な特徴とが混在しているものがよく見られます。もっとも、これはアフリカや西アジアや東ヨーロッパの人骨群にも見られる、とも言えそうですが。これをどう解釈するかは難しいところで、本論文が主張するような初期現生人類の形態の多様性とも、本論文で取り上げられているように、初期現生人類と古代型ホモ属との交雑の結果である、とも考えられます。
おそらく、既知の「新旧モザイク状」の人骨群の解釈として、どちらか一方が妥当なのではなく、ある人骨の特定の形態は変異幅の大きさを反映し、別の人骨の特定の形態は交雑の結果を反映している、ということではないだろうか、と現時点では考えています。この問題の解決には、後期更新世の新たな人骨の発見とともに、既知の人骨の見直しも必要となるでしょう。また、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ 人(種もしくは亜種区分未定)とのゲノムの比較と、各形態と遺伝子との関連の特定が進めば、遺伝学の分野からもこの問題への貢献が大いに期待できそうです。
参考文献:
Demeter F, Shackelford L, Westaway K, Duringer P, Bacon A-M, et al. (2015) Early Modern Humans and Morphological Variation in Southeast Asia: Fossil Evidence from Tam Pa Ling, Laos. PLoS ONE 10(4): e0121193.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0121193
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