中園聡「「交替劇」後のホモ・サピエンスと土器」

 西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』所収の論文です(関連記事)。本論文は、人類史上大きな意義があると評価する土器製作から窺える現生人類(Homo sapiens)の認知能力・運動習慣の特徴を検証し、人類の文化変容の要因や、その速度が変わってきているように見えることや、「現代人的行動」の出現といった、人類進化史上の重要な問題への手がかりを提示しています。

 本論文の提示する土器の意義は、空洞の周囲に皮があり内側と外側が区別されるという新たな位置概念が追加されたことや、石器のように縮小させて道具を作り上げていく方向性から、積み上げて道具を作り上げていくという方向性へという逆転の発想が生じたことや、修正・訂正など行為の可逆が可能であるという概念が生じたことなどです。こうした発想と複雑な工程を要する土器製作は、現生人類らしい認知特性の産物だ、と本論文は指摘しています。

 本論文は、土器製作における現生人類の特徴を指摘します。それは、現生人類の認知能力・運動習慣に基づくものであり、現生人類の文化変容にもつながっている、というのが本論文の見解です。現生人類は、ある程度以上定型的な土器を作り続けることができますが、ある程度以上の熟練者となった同一人物といえども、長年にわたって同じ形態の土器を作り続けることはできない、と本論文は指摘します。

 他者を模倣してしまう認知メカニズムや、長期にわたって完全に同じ動作を維持し続けられるわけではない運動習慣により、無自覚的なぶれが生じ、結果として長期間では大きな違いが生じることがある、というわけです。これは土器製作だけではなく、たとえば筆跡でも同様で、同一人物でも数十年以上経過すると、無自覚的でも筆跡がかなり異なってしまうことがあります。もちろん、(集団内もしくは集団外の)他者から自覚的に影響を受けることもあり、その場合には受容か拒絶かで葛藤が生じることがあります。

 このように土器製作から現生人類の認知能力・運動習慣の特徴を指摘する本論文は、伝統を守り続けようと自覚的に努力しても、じっさいには守れていないことが多いのではないか、と指摘します。そうした現生人類の特徴が文化変容をもたらすわけですが、では土器の発明前と後で、文化変化の速度が違うように見える(当然、土器発明後の方が速くなります)のはなぜなのか、と本論文は問題提起します。本論文は、定住や人口密度といった社会の複雑化をその要因として想定していますが、現生人類の出現に遅れる「現代人的行動」の出現の問題も含めて、それだけで説明できるのか、今後の検証が必要だ、と提言しています。


参考文献:
中園聡(2014)「「交替劇」後のホモ・サピエンスと土器」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』(六一書房)P104-119

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