アフリカ東部の後期更新世の遺跡の人骨および遺物の分析

 アフリカ東部の後期更新世の遺跡の形質人類学および考古学的分析に関する研究(Tryon et al., 2015)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。この研究が分析の対象としたのは、ケニアのルケニヤヒル(Lukenya Hill)にある「GvJm-22」遺跡です。「GvJm-22」遺跡では1970年~1973年にかけて発掘が行なわれ、後期更新世~完新世の層において、5万点以上の石器、石器以外の人工物、3000点以上の動物の骨や歯、人類の部分的な頭蓋冠「KNM-LH 1」が発見されました。これらの資料はケニア国立博物館にて保管されています。「GvJm-22」遺跡の人骨・人工物・動物の骨や歯(から推測される古環境)については、すでに先行研究があります。本論文はそれらを再検証することにより、じゅうらいの見解を修正しています。

 後期更新世のアフリカ東部は、中期石器時代~後期石器時代への移行が見られ、現生人類(Homo sapiens)の出アフリカの起点になったと考えられていますので、たいへん注目されます。しかし、本論文でも指摘されているように、後期更新世のアフリカ東部の人骨・遺跡は(ヨーロッパや西アジアや日本列島などと比較して)少なく、その意味で「GvJm-22」遺跡は貴重だと言えます。とくに後期更新世のアフリカ東部の人骨はひじょうに少ないので、「KNM-LH 1」の価値はひじょうに高くなります(アフリカ東部では26400~19000年前頃の最終最大氷期の唯一の人類化石)。「GvJm-22」遺跡は、「現代的な要素が開花」した過程を確認し得る事例と、出アフリカを果たした現生人類集団の形態を推定する根拠になり得るかもしれない、というわけです。

 本論文は、「GvJm-22」遺跡の環境・年代・石器群に関する見解を再検証により修正していきます。「GvJm-22」遺跡の環境については、その動物相から乾燥したサバンナだと推測されていましたが、本論文は、小動物相の分析からそれよりも湿潤なサバンナだったのではないか、と推測しています。年代については、浸食や植物の成長といった作用などにより層序学的に年代の逆転が見られることや、以前の方法では試料汚染の除去が充分ではないため、とくに15000年以上前の年代は信頼できない、と指摘されています。本論文は、続成作用に抵抗性があるダチョウの卵殻を中心に、新たな方法で放射性炭素年代測定法を適用し、「KNM-LH 1」の新たな推定較正年代が23576~22887年前になる、という結果を提示しています。

 また本論文は、「GvJm-22」遺跡の上限年代が、放射性炭素年代測定法により非較正で46710±3852年前以上前にさかのぼることも明らかにしています。この新たな上限年代は、「GvJm-22」遺跡の下層で中期石器時代の石器群が確認される、とする最近の研究結果とも整合的です。本論文は「GvJm-22」遺跡の石器群の再検証により、46000年以上前~26000年前頃にかけて、ルヴァロワ技法による剥片生産から、石刃・細石刃生産へと重点が移っていくという、中期石器時代~後期石器時代への移行を確認しています。石器以外での後期石器時代的要素としては、ダチョウの卵殻製のビーズなどが確認されています。46000年以上前~26000年前頃の近隣のインダストリーにも、ナセラ(Nasera)やレムタ(Lemuta)のように中期石器時代~後期石器時代への移行期が認められる、と本論文は指摘しています。

 「GvJm-22」遺跡やナセラ(Nasera)インダストリーでは、100km~300km離れた地の黒曜石が素材として用いられています。素材の長距離移動を交換・交易の考古学的指標と考え、「現代的行動」の一例とみなすのは有力な見解と言えるでしょう(確証はなかなか難しいでしょうが)。本論文は、46000~26000年前頃のアフリカ東部(ケニア南部やタンザニア北部)には、各地の人類集団間の社会的ネットワークが存在したのではないか、との見解を提示しています。素材の長距離移動はアフリカ東部では10万年以上前から見られますが、この頃には、より安定的な集団間の社会的ネットワークが形成されつつあったのかもしれません。

 「KNM-LH 1」は、更新世と完新世の現生人類の人骨やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の人骨と比較されました。「KNM-LH 1」には、アフリカの最近の現生人類には稀で、後期更新世のアフリカ北部の現生人類にはよく見られる特徴が確認されました。また、「KNM-LH 1」と他の更新世のアフリカの現生人類は、ほとんどのヨーロッパの上部旧石器時代人とも異なることを、本論文は指摘しています。こうしたことから本論文は、初期現生人類の形態学的変異性の複雑さを指摘し、「KNM-LH 1」も含めて更新世のアフリカの人骨はいずれも潜在的には出アフリカ現生人類集団の候補であるとは認めつつも、「KNM-LH 1」が現生人類の絶滅系統であるかもしれない、との可能性も提示しています。

 最後に本論文は、現生人類の出アフリカや「現代的行動の開花」の解明に重要となる後期更新世のアフリカ東部の遺跡・人骨は少ないので、新たな発見が必要ではあるものの、既知の資料の見直しもまた必要である、と提言しています。これは確かにその通りで、既知の人骨や石器群の区分と年代の見直しにより、人類の進化史を修正しなければいけなくなるようなことは、今後も絶えないと思います。本論文が指摘するように、更新世の現生人類の進化はかなり複雑だった可能性が高く、今後も詳細な解明は容易ではないでしょうが、遺伝学は今後さらにこの問題に貢献できそうです。また、「KNM-LH 1」がそうであるかもしれないように、既知の現生人類人骨の属する集団が現代人の遺伝子プールにはほとんど影響を及ぼしていない、という事例もありそうです。


参考文献:
Tryon CA. et al.(2015): Late Pleistocene age and archaeological context for the hominin calvaria from GvJm-22 (Lukenya Hill, Kenya). PNAS, 112, 9, 2682–2687.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1417909112

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