イベリア半島のネアンデルタール人の早期絶滅説
イベリア半島のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の絶滅年代に関する研究(Galván et al., 2014)が公表されました。本論文は、先日このブログで取り上げたイベリア半島の南東部にあるエルソルト(El Salt)開地遺跡に関する論文(関連記事)と同じ雑誌(2014年10月刊行の『人間進化誌』75巻)に掲載されており、両論文で一対になっているといった感じです。本論文も、エルソルト遺跡におけるネアンデルタール人の最後の痕跡の年代を中心的に検証しつつ、他のイベリア半島の中部旧石器時代後期~末期の遺跡の研究成果も引用して、イベリア半島におけるネアンデルタール人の絶滅年代について論じています。以下、エルソルト遺跡に関する情報は先日の記事とあまり重複しないよう省略しつつ、本論文について見ていきます。
上記のブログ記事でも述べましたが、ここ10年ほど、ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しが進んでおり(関連記事)、ネアンデルタール人の推定絶滅年代がじゅうらいよりも繰り上がる傾向にあります。イベリア半島、とくに南部は、ネアンデルタール人終焉の有力候補地とされており、イベリア半島南部でネアンデルタール人の最後の痕跡が確認される年代は、ネアンデルタール人の絶滅(典型的なネアンデルタール人的特徴を揃って有する人骨の化石記録からの消滅)年代の可能性が高い、と考えられていました。ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しが本格的に進む前は、ネアンデルタール人の絶滅年代は大まかに暦年代で40000~30000年前頃と推定されていました(30000~20000年前頃の間という見解もありましたが)。
エルソルト遺跡に関しては上記のブログ記事でも述べましたが、ネアンデルタール人の痕跡が確認されている最上層は第5層中部となります。その上の層(第5層上部)は、考古学的痕跡が乏しく、その年代は44700±3200年前と推定されています。したがって、エルソルト遺跡におけるネアンデルタール人の居住は、45000年前以降にはくだらない、と考えられています。また、エルソルト遺跡における最後のネアンデルタール人の痕跡に近づくにつれて、乾燥化が進んでいっただろう、ということも推測されており、ネアンデルタール人集団の衰退・絶滅と気候変化との関連が想定されています。
本論文の見解を「ネアンデルタール人早期絶滅説」と呼ぶとすると、それに対立する仮説は「ネアンデルタール人後期絶滅説」と言えるでしょう。後期絶滅説では、イベリア半島の諸遺跡の年代がその根拠とされています。しかし本論文は、近年の研究成果を引用して、その根拠が曖昧で疑問が呈されているか、否定されている、と主張します。たとえば、ヨーロッパにおけるムステリアン(ムスティエ文化)の担い手に現生人類(Homo sapiens)はおらず、10万年前頃以降のヨーロッパのムステリアンの担い手はネアンデルタール人のみである、との見解がほぼ常識になっているので、「後期ムステリアン」が発見されると、それはネアンデルタール人の存在の証拠だ、と解釈されます。しかし本論文は、そうした石器群は後期ムステリアンまたは初期上部旧石器に分類されることがあるように、判断基準に曖昧なところがあるし、ネアンデルタール人の骨が共伴していないので、ネアンデルタール人の存在の証拠にはならない、と指摘します。
後期絶滅説の根拠とされてきた遺跡では、たとえばジャラマ6(Jarama VI)遺跡があります。しかし本論文は、その推定年代が45000年以上前に見直されていることを指摘します。他にも、ザファラヤ(Zafarraya)遺跡の年代が数千年繰り上がっていることや、エルソルト遺跡以外で直接年代測定されているイベリア半島の後期~末期ネアンデルタール人化石は、49000年前頃のシマデラスパラモス(Sima de Las Palomas)遺跡、48400±3200年前のエルシドロン(El Sidrón)遺跡、52300±2300年前のコヴァデルゲガント(Cova del Gegant)遺跡の各事例のように、いずれも45000年以上前であることを、本論文は指摘します。
こうして本論文は、後期絶滅説の根拠について、曖昧で疑問が呈されているか、現代では訂正されていることを指摘して、早期絶滅説の妥当性を主張し、現在40000年前以降とされているネアンデルタール人の痕跡については、見直す必要があるだろう、と提言しています。近年では、ネアンデルタール人早期絶滅説が優勢になりつつあるような感じで、ネアンデルタール人の絶滅年代の確定は、その絶滅要因の解明にも大いに寄与するでしょうから、今後の研究動向が注目されます。ただ、本当に早期絶滅説が妥当なのか、まだ確定したとは断定できないでしょう。本論文は、後期絶滅説の重要な根拠とされてきたイベリア半島南西部のゴーラム洞窟(Gorham's Cave)についても、その推定年代は疑問視されている、と指摘していますが、ゴーラム洞窟にはまだ早期絶滅説を否定するだけの可能性がじゅうぶん残っていると思いますので、ゴーラム洞窟の今後の研究には大いに注目しています。
参考文献:
Galván B. et al.(2014): New evidence of early Neanderthal disappearance in the Iberian Peninsula. Journal of Human Evolution, 75, 16–27.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2014.06.002
上記のブログ記事でも述べましたが、ここ10年ほど、ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しが進んでおり(関連記事)、ネアンデルタール人の推定絶滅年代がじゅうらいよりも繰り上がる傾向にあります。イベリア半島、とくに南部は、ネアンデルタール人終焉の有力候補地とされており、イベリア半島南部でネアンデルタール人の最後の痕跡が確認される年代は、ネアンデルタール人の絶滅(典型的なネアンデルタール人的特徴を揃って有する人骨の化石記録からの消滅)年代の可能性が高い、と考えられていました。ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しが本格的に進む前は、ネアンデルタール人の絶滅年代は大まかに暦年代で40000~30000年前頃と推定されていました(30000~20000年前頃の間という見解もありましたが)。
エルソルト遺跡に関しては上記のブログ記事でも述べましたが、ネアンデルタール人の痕跡が確認されている最上層は第5層中部となります。その上の層(第5層上部)は、考古学的痕跡が乏しく、その年代は44700±3200年前と推定されています。したがって、エルソルト遺跡におけるネアンデルタール人の居住は、45000年前以降にはくだらない、と考えられています。また、エルソルト遺跡における最後のネアンデルタール人の痕跡に近づくにつれて、乾燥化が進んでいっただろう、ということも推測されており、ネアンデルタール人集団の衰退・絶滅と気候変化との関連が想定されています。
本論文の見解を「ネアンデルタール人早期絶滅説」と呼ぶとすると、それに対立する仮説は「ネアンデルタール人後期絶滅説」と言えるでしょう。後期絶滅説では、イベリア半島の諸遺跡の年代がその根拠とされています。しかし本論文は、近年の研究成果を引用して、その根拠が曖昧で疑問が呈されているか、否定されている、と主張します。たとえば、ヨーロッパにおけるムステリアン(ムスティエ文化)の担い手に現生人類(Homo sapiens)はおらず、10万年前頃以降のヨーロッパのムステリアンの担い手はネアンデルタール人のみである、との見解がほぼ常識になっているので、「後期ムステリアン」が発見されると、それはネアンデルタール人の存在の証拠だ、と解釈されます。しかし本論文は、そうした石器群は後期ムステリアンまたは初期上部旧石器に分類されることがあるように、判断基準に曖昧なところがあるし、ネアンデルタール人の骨が共伴していないので、ネアンデルタール人の存在の証拠にはならない、と指摘します。
後期絶滅説の根拠とされてきた遺跡では、たとえばジャラマ6(Jarama VI)遺跡があります。しかし本論文は、その推定年代が45000年以上前に見直されていることを指摘します。他にも、ザファラヤ(Zafarraya)遺跡の年代が数千年繰り上がっていることや、エルソルト遺跡以外で直接年代測定されているイベリア半島の後期~末期ネアンデルタール人化石は、49000年前頃のシマデラスパラモス(Sima de Las Palomas)遺跡、48400±3200年前のエルシドロン(El Sidrón)遺跡、52300±2300年前のコヴァデルゲガント(Cova del Gegant)遺跡の各事例のように、いずれも45000年以上前であることを、本論文は指摘します。
こうして本論文は、後期絶滅説の根拠について、曖昧で疑問が呈されているか、現代では訂正されていることを指摘して、早期絶滅説の妥当性を主張し、現在40000年前以降とされているネアンデルタール人の痕跡については、見直す必要があるだろう、と提言しています。近年では、ネアンデルタール人早期絶滅説が優勢になりつつあるような感じで、ネアンデルタール人の絶滅年代の確定は、その絶滅要因の解明にも大いに寄与するでしょうから、今後の研究動向が注目されます。ただ、本当に早期絶滅説が妥当なのか、まだ確定したとは断定できないでしょう。本論文は、後期絶滅説の重要な根拠とされてきたイベリア半島南西部のゴーラム洞窟(Gorham's Cave)についても、その推定年代は疑問視されている、と指摘していますが、ゴーラム洞窟にはまだ早期絶滅説を否定するだけの可能性がじゅうぶん残っていると思いますので、ゴーラム洞窟の今後の研究には大いに注目しています。
参考文献:
Galván B. et al.(2014): New evidence of early Neanderthal disappearance in the Iberian Peninsula. Journal of Human Evolution, 75, 16–27.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2014.06.002
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