ネアンデルタール人社会の性別分業
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)社会の性別分業に関する研究(Estalrrich, and Rosas., 2015)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、先史時代の現生人類(Homo sapiens)および現代の狩猟採集民における歯の摩耗パターンの分析を、ネアンデルタール人の歯の分析に応用しています。そうした歯の摩耗パターンの分析により、現生人類の狩猟採集民社会における性的分業が推定されています。
本論文で分析対象となったのは、フランスのロルチュ(l'Hortus)、ベルギーのスパイ(Spy)、スペインのエルシドロン(El Sidrón)の各遺跡で発見されたネアンデルタール人19個体の99個の歯(切歯と犬歯)です。ネアンデルタール人の前歯に摩耗パターンが見られるのは以前から指摘されており、ネアンデルタール人は歯を道具として用いていた(皮をなめすなど)のだろう、と考えられています。現代の人間集団においても、毛皮をなめしたり、肉を細かく切ったりするさいに歯が用いられることがあります。
本論文は、ネアンデルタール人の歯の表面の細い溝と、歯のエナメル質またはエナメル質と象牙質の双方で生存中に形成された微細破壊(剥離)を分析しています。その結果、ネアンデルタール人個体すべてで歯の表面の細い溝が検出されたものの、成人女性の溝は成人男性の溝より長いという違いが見られました。歯の剥離に関しては、男性では下顎よりも上顎で出現率が高く、女性では下顎においてその大半が見られる、という違いが明らかになりました。
こうした違いは、ネアンデルタール人社会における性別分業を意味しているのではないか、との見解を本論文は提示しています。ただ、本論文の著者二人は、ネアンデルタール人社会において具体的にどのような性別分業が存在したのか、まだ明らかではないことも認めています。しかし本論文の著者二人は、現代の狩猟採集民社会の事例から、女性が毛皮をなめしたり衣服の仕上げを行なったりしていた可能性を指摘しています。
ただ、本論文の一方の著者であるエスタルリッチ(Almudena Estalrrich)博士は、ネアンデルタール人社会における性別分業はおそらくいくつかの作業に限定されていただろう、と考えています。ネアンデルタール人社会においては、たとえば大型動物の狩猟には男女双方とも平等に参加していたのではないか、と本論文の著者二人は考えています。しかしそうだとしても、性別分業を現生人類社会に特有と考える見解は間違っている、と本論文のもう一方の著者であるローザス(Antonio Rosas)博士は述べています。
ネアンデルタール人社会には、現生人類社会とは異なり性や年齢の違いによる分業はなく、それが両者の運命を分けた(ネアンデルタール人は絶滅し、現生人類は世界中に拡散して大繁栄した)、との見解には今でも根強い支持があるかもしれません(関連記事)。しかし、本論文が指摘するように、ネアンデルタール人社会にも何らかの性別分業が存在した可能性は高いでしょう。ただ、エスタルリッチ博士の指摘にもあるように、それが現生人類社会と異なっていた可能性もじゅうぶん考えられます。
現生人類の社会においても性別分業は固定的ではなく、時代・地域・階層などにより異なるものですから、現生人類以外の系統の人類が存在していた更新世においても、おそらくは多様な性別分業が存在していたのでしょう。人類史においては、エレクトス(Homo erectus)の出現が性別分業の画期の一つになった可能性があり(関連記事)、エレクトスの子孫たるネアンデルタール人も現生人類も、それを変容させつつ継承したのでしょう。おそらくネアンデルタール人社会においても、地域・時代により性別分業の在り様は違っていたのではないか、と思います。
参考文献:
Estalrrich A, and Rosas A.(2015): Division of labor by sex and age in Neandertals: an approach through the study of activity-related dental wear. Journal of Human Evolution, 80, 51–63.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2014.07.007
本論文で分析対象となったのは、フランスのロルチュ(l'Hortus)、ベルギーのスパイ(Spy)、スペインのエルシドロン(El Sidrón)の各遺跡で発見されたネアンデルタール人19個体の99個の歯(切歯と犬歯)です。ネアンデルタール人の前歯に摩耗パターンが見られるのは以前から指摘されており、ネアンデルタール人は歯を道具として用いていた(皮をなめすなど)のだろう、と考えられています。現代の人間集団においても、毛皮をなめしたり、肉を細かく切ったりするさいに歯が用いられることがあります。
本論文は、ネアンデルタール人の歯の表面の細い溝と、歯のエナメル質またはエナメル質と象牙質の双方で生存中に形成された微細破壊(剥離)を分析しています。その結果、ネアンデルタール人個体すべてで歯の表面の細い溝が検出されたものの、成人女性の溝は成人男性の溝より長いという違いが見られました。歯の剥離に関しては、男性では下顎よりも上顎で出現率が高く、女性では下顎においてその大半が見られる、という違いが明らかになりました。
こうした違いは、ネアンデルタール人社会における性別分業を意味しているのではないか、との見解を本論文は提示しています。ただ、本論文の著者二人は、ネアンデルタール人社会において具体的にどのような性別分業が存在したのか、まだ明らかではないことも認めています。しかし本論文の著者二人は、現代の狩猟採集民社会の事例から、女性が毛皮をなめしたり衣服の仕上げを行なったりしていた可能性を指摘しています。
ただ、本論文の一方の著者であるエスタルリッチ(Almudena Estalrrich)博士は、ネアンデルタール人社会における性別分業はおそらくいくつかの作業に限定されていただろう、と考えています。ネアンデルタール人社会においては、たとえば大型動物の狩猟には男女双方とも平等に参加していたのではないか、と本論文の著者二人は考えています。しかしそうだとしても、性別分業を現生人類社会に特有と考える見解は間違っている、と本論文のもう一方の著者であるローザス(Antonio Rosas)博士は述べています。
ネアンデルタール人社会には、現生人類社会とは異なり性や年齢の違いによる分業はなく、それが両者の運命を分けた(ネアンデルタール人は絶滅し、現生人類は世界中に拡散して大繁栄した)、との見解には今でも根強い支持があるかもしれません(関連記事)。しかし、本論文が指摘するように、ネアンデルタール人社会にも何らかの性別分業が存在した可能性は高いでしょう。ただ、エスタルリッチ博士の指摘にもあるように、それが現生人類社会と異なっていた可能性もじゅうぶん考えられます。
現生人類の社会においても性別分業は固定的ではなく、時代・地域・階層などにより異なるものですから、現生人類以外の系統の人類が存在していた更新世においても、おそらくは多様な性別分業が存在していたのでしょう。人類史においては、エレクトス(Homo erectus)の出現が性別分業の画期の一つになった可能性があり(関連記事)、エレクトスの子孫たるネアンデルタール人も現生人類も、それを変容させつつ継承したのでしょう。おそらくネアンデルタール人社会においても、地域・時代により性別分業の在り様は違っていたのではないか、と思います。
参考文献:
Estalrrich A, and Rosas A.(2015): Division of labor by sex and age in Neandertals: an approach through the study of activity-related dental wear. Journal of Human Evolution, 80, 51–63.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2014.07.007
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