ネアンデルタール人と現生人類との複雑な交雑史
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)との交雑に関する二つの研究が公表されました。いずれもオンライン版での先行公開となります。ネアンデルタール人と現生人類とが交雑した、との見解は通説になった、と今では言えるでしょう。非アフリカ系現代人は、どの集団もおおむね同じような割合でネアンデルタール人のDNAを継承しているので、ネアンデルタール人と現生人類との交雑は、アフリカを離れた現生人類集団が、各地域集団に分化する前に起き、その場所は西アジアだろう、という見解が有力視されています。
しかし詳しく見ていくと、非アフリカ系現代人でも、ヨーロッパ人よりも東アジア人の方が、平均的にはわずかながらネアンデルタール人由来のDNAを多く有していることが明らかになってきました。この二つの研究は、なぜそのような違いが生じたのか、考えられる各仮説を検証しています。たとえば、ネアンデルタール人由来の遺伝子のなかに有害なものがあり、それがヨーロッパでは有害だったものの、東アジアでは中立的に作用した、という仮説です。また、現代東アジア人の祖先集団は現代ヨーロッパ人の祖先集団よりも強い瓶首効果を経験したので、遺伝的浮動により有害な対立遺伝子を効果的に除去する仕組みが作用しにくかったのではないか、とも想定されています。
こうした説明は、非アフリカ系現代人の祖先集団がヨーロッパやアジアやオセアニアやアメリカといった各地域集団に分化する前に、西アジア(とくに可能性が高いと考えられているのがレヴァントです)のみで交雑した(交雑1回説)、との見解に基づいています。しかし、二つの研究のうちの一方(Kim, and Lohmueller., 2015)は、広範な再現モデルを用いて、東アジア人の祖先集団の瓶首効果が推定されたよりも深刻だと仮定しても、遺伝的浮動により現代ヨーロッパ人集団と現代東アジア人集団との間の、ネアンデルタール人由来のDNAの割合の違いを説明できない、と指摘します。人口減少により、ネアンデルタール人由来の対立遺伝子はもっと速く失われる可能性が高い、というわけです。
また、ネアンデルタール人由来の遺伝子のなかには、ヨーロッパでは有害で東アジアでは中立的に作用したものがあった、という仮説については、そうだとすると、現代東アジア人の祖先集団に推定されたよりも強い瓶首効果が生じ、現代ヨーロッパ人の祖先集団において、現代東アジア人の祖先集団では中立的だった遺伝子が想定よりも強力な選択圧をもたらしたことになる、として否定的な見解が提示されています。この研究(Kim, and Lohmueller., 2015)は代わりに、現代東アジア人の祖先集団が、現代ヨーロッパ人の祖先集団と分岐した後に、再度ネアンデルタール人と交雑した可能性を提示しています(交雑2回説)。
もう一方の研究(Vernot, and Akey., 2015)は、379人の現代ヨーロッパ人と286人の現代東アジア人のゲノムデータを改めて解析し、両者のゲノムにおけるネアンデルタール人由来のDNAの割合の違いの要因について検証しています。その結果強く否定されたのが交雑1回説で、ネアンデルタール人由来の遺伝子のなかには、ヨーロッパでは有害で東アジアでは中立的に作用したものがあった、という仮説にも否定的な検証結果が得られました。
その代わりに提示される可能性の高い仮説は、一つは上述した交雑2回説です。もう一つは、現代ヨーロッパ人の祖先集団が現代東アジア人の祖先集団と分岐した後に、遺伝学的に未知の人類集団と交雑し、その結果として現代ヨーロッパ人におけるネアンデルタール人由来のDNAの割合が、現代東アジア人のそれより低下したのではないか、との仮説です。現生人類とネアンデルタール人との交雑の歴史は、じゅうらいの想定よりもずっと複雑なものだったのではないか、というわけです。
以上、ざっとこの二つの研究について見てきました。現代東アジア人の祖先集団が、現代ヨーロッパ人の祖先集団と分岐した後に、ネアンデルタール人と再度交雑した可能性は高いだろう、と思います。おそらく現代ヨーロッパ人の祖先集団も、現代東アジア人の祖先集団と分岐した後に、ネアンデルタール人と交雑した可能性は高いでしょうが、その頻度・規模は現代東アジア人の祖先集団とネアンデルタール人の場合と比較すると、低かった・小さかったのかもしれません。また、近年では更新世後期のユーラシアにおける複雑な人類進化も想定されており、各地に進出した現生人類集団が、解剖学的もしくは遺伝学的に未知かほとんど知られていない系統の人類集団と交雑した可能性も想定されます。
参考文献:
Kim BY, and Lohmueller KE.(2015): Selection and Reduced Population Size Cannot Explain Higher Amounts of Neandertal Ancestry in East Asian than in European Human Populations. The American Journal of Human Genetics, 96, 3, 454-461.
http://dx.doi.org/10.1016/j.ajhg.2014.12.029
Vernot B, and Akey JM.(2015): Complex History of Admixture between Modern Humans and Neandertals. The American Journal of Human Genetics, 96, 3, 448-453.
http://dx.doi.org/10.1016/j.ajhg.2015.01.006
しかし詳しく見ていくと、非アフリカ系現代人でも、ヨーロッパ人よりも東アジア人の方が、平均的にはわずかながらネアンデルタール人由来のDNAを多く有していることが明らかになってきました。この二つの研究は、なぜそのような違いが生じたのか、考えられる各仮説を検証しています。たとえば、ネアンデルタール人由来の遺伝子のなかに有害なものがあり、それがヨーロッパでは有害だったものの、東アジアでは中立的に作用した、という仮説です。また、現代東アジア人の祖先集団は現代ヨーロッパ人の祖先集団よりも強い瓶首効果を経験したので、遺伝的浮動により有害な対立遺伝子を効果的に除去する仕組みが作用しにくかったのではないか、とも想定されています。
こうした説明は、非アフリカ系現代人の祖先集団がヨーロッパやアジアやオセアニアやアメリカといった各地域集団に分化する前に、西アジア(とくに可能性が高いと考えられているのがレヴァントです)のみで交雑した(交雑1回説)、との見解に基づいています。しかし、二つの研究のうちの一方(Kim, and Lohmueller., 2015)は、広範な再現モデルを用いて、東アジア人の祖先集団の瓶首効果が推定されたよりも深刻だと仮定しても、遺伝的浮動により現代ヨーロッパ人集団と現代東アジア人集団との間の、ネアンデルタール人由来のDNAの割合の違いを説明できない、と指摘します。人口減少により、ネアンデルタール人由来の対立遺伝子はもっと速く失われる可能性が高い、というわけです。
また、ネアンデルタール人由来の遺伝子のなかには、ヨーロッパでは有害で東アジアでは中立的に作用したものがあった、という仮説については、そうだとすると、現代東アジア人の祖先集団に推定されたよりも強い瓶首効果が生じ、現代ヨーロッパ人の祖先集団において、現代東アジア人の祖先集団では中立的だった遺伝子が想定よりも強力な選択圧をもたらしたことになる、として否定的な見解が提示されています。この研究(Kim, and Lohmueller., 2015)は代わりに、現代東アジア人の祖先集団が、現代ヨーロッパ人の祖先集団と分岐した後に、再度ネアンデルタール人と交雑した可能性を提示しています(交雑2回説)。
もう一方の研究(Vernot, and Akey., 2015)は、379人の現代ヨーロッパ人と286人の現代東アジア人のゲノムデータを改めて解析し、両者のゲノムにおけるネアンデルタール人由来のDNAの割合の違いの要因について検証しています。その結果強く否定されたのが交雑1回説で、ネアンデルタール人由来の遺伝子のなかには、ヨーロッパでは有害で東アジアでは中立的に作用したものがあった、という仮説にも否定的な検証結果が得られました。
その代わりに提示される可能性の高い仮説は、一つは上述した交雑2回説です。もう一つは、現代ヨーロッパ人の祖先集団が現代東アジア人の祖先集団と分岐した後に、遺伝学的に未知の人類集団と交雑し、その結果として現代ヨーロッパ人におけるネアンデルタール人由来のDNAの割合が、現代東アジア人のそれより低下したのではないか、との仮説です。現生人類とネアンデルタール人との交雑の歴史は、じゅうらいの想定よりもずっと複雑なものだったのではないか、というわけです。
以上、ざっとこの二つの研究について見てきました。現代東アジア人の祖先集団が、現代ヨーロッパ人の祖先集団と分岐した後に、ネアンデルタール人と再度交雑した可能性は高いだろう、と思います。おそらく現代ヨーロッパ人の祖先集団も、現代東アジア人の祖先集団と分岐した後に、ネアンデルタール人と交雑した可能性は高いでしょうが、その頻度・規模は現代東アジア人の祖先集団とネアンデルタール人の場合と比較すると、低かった・小さかったのかもしれません。また、近年では更新世後期のユーラシアにおける複雑な人類進化も想定されており、各地に進出した現生人類集団が、解剖学的もしくは遺伝学的に未知かほとんど知られていない系統の人類集団と交雑した可能性も想定されます。
参考文献:
Kim BY, and Lohmueller KE.(2015): Selection and Reduced Population Size Cannot Explain Higher Amounts of Neandertal Ancestry in East Asian than in European Human Populations. The American Journal of Human Genetics, 96, 3, 454-461.
http://dx.doi.org/10.1016/j.ajhg.2014.12.029
Vernot B, and Akey JM.(2015): Complex History of Admixture between Modern Humans and Neandertals. The American Journal of Human Genetics, 96, 3, 448-453.
http://dx.doi.org/10.1016/j.ajhg.2015.01.006
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