石井龍太「民族考古学からみた狩猟具の製作と学習─カメルーン南東部の槍調査成果から─」

 西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』所収の論文です(関連記事)。本論文は、カメルーン南東部のロミエ村における2012年7月~8月の調査事例を中心に、槍の使用・製作・学習行動を検証しています。調査対象となったのはバカ語系ピグミー集団で、人口は3万~4万人、乾季を中心に季節に応じた狩猟採集活動を行なっている、とのことです。この集団は森林内のキャンプを移動しながら狩猟・採集・漁撈を中心とした生業活動を営んでいたものの、近年では定住化が進んでいる、とのことです。

 この調査によると、槍は汎用性の高い狩猟道具としてさまざまな種類が使われているものの、若者の間では廃れつつあるようです。槍を所有して使用するのは基本的に青年以上の男性のみですが、地位・財産に応じて槍の所有本数が増えるわけではなく、基本的には1人につき1本の所有となっているようです。槍には槍先と柄が別々に作られる分離型と、一続きになっている一体型とがあります。多くは分離型で、槍先には鉄が用いられますが、製鉄が行なわれるわけではなく、鉈のような道具など既存の鉄製品から流用・加工しているようです。

 槍の製作は、所有・使用と同じく強制されるわけではありません。そのため、槍製作の学習も強制的・体型的なものではなく、とくに秘匿されているわけでもない男性親族の製作現場に近づき、何となく学ぶ、という形で行なわれているようです。このような学習なので、言語による詳細な教授ではなく、子供は製作の様子を近くで見て学びます。槍は自分で作るだけではなく、贈与されることもあり、父親を中心に男性親族からの事例が中心のようです。

 槍の使用の学習も、とくに体系的ではないようです。近隣地域の事例も参照すると、槍製作の学習のさいもそうですが、基本的に子供たちの槍への接触が容認されており、子供たちは使いこなせなくても本格的な槍を持って動き回り、大人たちの活動に時として同行することで、槍の使い方を学んでいくようです。これは、たとえばオーストラリアやパプアニューギニアのように、子供たちが狩猟具の玩具を用いて遊ぶことで、狩猟の練習をするような事例とは異なっていますが、「実践」という観点からは普遍的な共通性もあるのではないか、と本論文では指摘されています。

 本論文では、更新世社会の槍の使用や学習行動について、とくに推測されているわけではありませんが、言語に依存しない学習行動がかなりの頻度で存在した可能性もあるように思います。槍のような製作も使用も難しいところのある道具でさえ、明示的な言語なしに学習可能なのだとしたら、複雑な道具を製作・使用しているからといって、それが言語の使用の証明にはならなさそうです。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の言語能力についてはさまざまな見解が提示されていますが、考古学的に言語能力があったことを証明するのは難しそうなので、遺伝学的成果が重要な役割を担いそうです。


参考文献:
石井龍太(2014)「民族考古学からみた狩猟具の製作と学習─カメルーン南東部の槍調査成果から─」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』(六一書房)P75-89

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