現代人と他系統の人類とが共有する欠失変異

 現代人(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やデニソワ人(種区分未定)といった他系統の人類とが共有する欠失変異についての研究(Lin et al., 2015)が報道されました。本論文はオンライン版での先行公開となります。本論文は、ゲノムにおける欠失変異に注目し、おもに現代人とネアンデルタール人およびデニソワ人とを比較し、チンパンジーも対象としています。

 本論文は、ネアンデルタール人やデニソワ人と現代人との間で共通する427の欠失変異を明らかにしています。そのうち約87%は、現代人の祖先系統とネアンデルタール人の祖先系統との分岐前に起源があり、約9%はネアンデルタール人から現代人(の祖先系統)へと浸透しました。これら3系統の人類に共通する欠失変異には、古代型(共通祖先の段階に起源があります)と浸透型(系統分岐後に交雑によりもたらされました)とがあり、古代型の方がはるかに多い、というわけです。

 これらの共通する欠失変異には、エクソンの17領域の欠失も含まれます。それにより影響を受ける遺伝子には、乾癬とクローン病への感染しやすさや、精子形成・代謝・成長に関わるものがあります。なぜ乾癬とクローン病への感染しやすさをもたらすような欠失変異が長期にわたって維持されてきたのか、ということを本論文は検証しています。本論文の見解は、そうした欠失変異は中立的なものではなく、何らかの適応の結果の可能性が高い、というものです。

 本論文の著者の一人であるゴックメン(Omer Gokcumen)博士は、進化の過程で遺伝的に獲得した特徴は善悪のように明確に二分されるわけではなく、その最良の例は鎌状赤血球貧血症だ、と指摘します。一見すると生存に不利でしかないような乾癬とクローン病への感染しやすさをもたらす変異が、何らかの生存に有利な特徴にも関係しているのではないか、というわけです。

 確かに、そうした可能性もじゅうぶん考えられます。ただ、医学について無知なので少し検索してみただけなのですが、乾癬もクローン病も発症原因に未解明なところが多いようで、環境との関連も指摘されているようです。そうだとすると、更新世の人類社会では発症を促進するような環境ではなかったのに、たとえば都市の形成以降や、あるいは近代以降に、発症を促進するような環境が形成されていった、という可能性もあるのではないか、と思います。

 もちろん、これは素人の思いつきにすぎませんが、もしそうだとすると、更新世において乾癬とクローン病への感染しやすさをもたらすような欠失変異にたいして負の淘汰がほとんど作用せず、現代人とネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先の段階から現代まで、長期にわたってこの欠失変異が維持されてきた、という可能性も考えられます。本論文の見解とは異なりますが、乾癬とクローン病への感染しやすさをもたらすような欠失変異が、人類史では長期にわたって中立的に近いものだったかもしれない、というわけです。


参考文献:
Lin YL. et al.(2015): The Evolution and Functional Impact of Human Deletion Variants Shared with Archaic Hominin Genomes. Molecular Biology and Evolution, 32, 4, 1008-1019.
http://dx.doi.org/10.1093/molbev/msu405

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック