レヴァントの55000年前頃の現生人類の人骨(追記有)

 イスラエルの西ガリラヤ(Western Galilee)地域のマノット洞窟(Manot Cave)で発見された人骨(部分的な頭蓋冠)についての研究(Hershkovitz et al., 2015)が報道されました。BBCでも報道されています。なお、このBBCの報道では、昨日このブログで取り上げた台湾沖で発見された更新世の人骨(関連記事)についても言及されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。この部分的な頭蓋冠は「マノット1(Manot 1)」と名づけられています。マノット1の年代は、ウラン-トリウム年代測定法により、54700±5500年前と推定されています。

 本論文は、マノット1を明確な現生人類(Homo sapiens)の骨と評価しています。本論文は、現生人類の出アフリカの時期の人骨になりそうだとして、マノット1の意義を強調しています。現在ではほぼ通説となっている現生人類アフリカ単一起源説ですが、レヴァントに限らず現生人類がアフリカを離れた直後と推測される現生人類の人骨が少ないため、出アフリカ直後の現生人類の解剖学的特徴や、現生人類の出アフリカの詳細な時期・経路については、不明なところが多々残されています。

 現時点では、現生人類の出アフリカは1回のみだったのか複数回あったのか、起点はアフリカ東部だとして、経路はアラビア半島南岸沿いの南回りだったのか、ナイル川沿いに北上してレヴァントへと進出する北回りだったのか、という点が議論の対象となっています(現生人類複数回出アフリカ説では、北回りも南回りも両立し得るわけですが)。

 この問題は現在大きな関心を集めており、すぐに結論が提示されることもなさそうです。私は、現生人類の出アフリカは複数回あっただろう、との見解を支持していますが、遺伝学の研究成果も考慮すると、現代人の主要な遺伝子源となった現生人類集団の出アフリカは1回のみであり、それ以前に出アフリカを果たした現生人類集団は、絶滅したか後続の現生人類集団に吸収された可能性が高いだろう、と考えています。

 この議論において、上述したように、レヴァントは出アフリカを果たした現生人類の最初の進出地の有力候補の一つです。しかも、その時期は(後期出アフリカ説では)6万~5万年前頃と推測されているので、その意味でもマノット1の意義は大きいことになります。本論文は、マノット1はアフリカの現生人類やヨーロッパの上部旧石器時代の現生人類と類似しているものの、レヴァントの他の早期現生人類とは異なっているので、(マノット1の個体の属する)マノット人集団は、ヨーロッパに進出した最初の現生人類集団と近縁関係にあるのではないか、との見解を提示しています。

 つまり、レヴァントには10万年前頃に現生人類が存在していたのですが、そうしたレヴァントの早期現生人類集団がレヴァントでそのままマノット人集団に進化したのではなく、後にアフリカから進出してきた現生人類集団がマノット人集団となり、さらには(その近縁集団が)現生人類として初めてヨーロッパに進出したのではないか、というわけです。

 また本論文は、中部旧石器時代後期~上部旧石器時代初期の移行期にかけて、レヴァント南部にネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)だけではなく現生人類も存在していたことを証明したという点でも、マノット1の意義を強調しています。さらに本論文は、この時期に中東において現生人類とネアンデルタール人との交雑が起きた可能性が高いという観点からも、マノット1の意義を指摘します。

 さまざまな観点から、マノット1は大いに注目すべき人骨と言えるでしょう。レヴァントに限らず、この時期の現生人類の人骨がさらに発見されていくことを期待しています。現生人類アフリカ単一起源説を主張する代表的研究者のストリンガー(Chris Stringer)博士は、マノット人が現生人類アフリカ単一起源説で想定される最初の(「成功」した、つまり子孫が現在まで続いている)現生人類集団の一部かもしれない、と述べています。


参考文献:
Hershkovitz I. et al.(2015): Levantine cranium from Manot Cave (Israel) foreshadows the first European modern humans. Nature, 520, 7546, 216–219.
http://dx.doi.org/10.1038/nature14134


追記(2015年3月27日)
 『ネイチャー』の解説日本語訳が公開されました。



追記(2015年4月9日)
 本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



人類学:イスラエル・マノット洞窟のレバント人頭蓋骨はヨーロッパにおける最初の現生人類を予示している

人類学:レバントはヨーロッパへの架け橋

 イスラエル北部で見つかった約5万5000年前の部分的頭蓋骨は、アフリカを出た解剖学的現生人類が世界各地に広がって他の全てのヒト族に取って代わるという、極めて重要だがまだほとんど分かっていない先史時代の出来事を解明する手掛かりとなる。この「Manot 1」と呼ばれる頭蓋骨標本の形状は、後期旧石器時代のヨーロッパ人やそれより新しい時代のアフリカ人の頭蓋骨と似ているが、レバント地方で出土した他の解剖学的現生人類のものとは異なっている。こうした知見から、Manot 1はヨーロッパに定着した人類集団を代表するものであり、同一の限られた地理的領域内にネアンデルタール人と共存していたことが明らかになっている最初の解剖学的現生人類であることが示唆される。

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