台湾沖で発見された新たな更新世の人類化石(追記有)
台湾沖で発見された新たな更新世の人類化石(ほぼ完全な右側下顎骨で、臼歯の表面はすり減っています)についての研究(Chang et al., 2015)が報道されました。この人類化石は、台湾本島と澎湖諸島の間の水深60m~120mの海域で、他の脊椎動物とともに漁網にかかって発見された、とのことです。したがって、地質学的な情報はまったく得られていません。この下顎骨は「澎湖1(Penghu 1)」と名づけられました。このように発見されたということは、これまでも、漁で発見されたものの、重要性が見落とされて廃棄されていた人類化石があったのでしょう。
地質学的な情報はまったく得られていないので、発見された骨の年代は、骨そのものから調べるしかありません。放射性炭素年代測定法はコラーゲンの不足のため失敗し、ウラン系列年代測定法は、海水中のウランの浸透により、さほど信頼できません。本論文では、ゾウ・スイギュウ・イノシシ・シカ・ウマ・ヒグマなどといったともに発見された脊椎動物の骨のうち、存在年代が比較的明らかになっているブチハイエナ(Crocuta crocuta ultima)に注目しています。
骨の化学分析(フッ素とナトリウム)の結果、澎湖1はブチハイエナとほぼ同年代か、やや新しい、との結果が得られました。中華人民共和国北京市房山区にある有名な周口店(Zhoukoudian)遺跡の化石記録から、ブチハイエナの存在年代は50万~25万年前頃と推測されています。しかし、湖北省や安徽省や江蘇省など中国南部では、もっと原始的なハイエナ群(Pachycrocuta brevirostris sinensis)の存在が20万年前以降も確認されていることからも、澎湖1の年代が25万年前以降である可能性も考えられます。
そこで本論文は、台湾本島と澎湖諸島の間の海域が、海水面の低下によりユーラシア大陸東部と陸続きになっていた時期からも、澎湖1の年代を推測しています。この海域の海水面が60m以上低下したのは、50万年前以降では45万~425000年前頃、36万~335000年前頃、28万~24万年前頃などです。24万年前以降では、19万~13万年前頃と7万~1万年前頃です。本論文は、澎湖1の年代が45万~24万年前頃までの間の海水面の低下時期である可能性を完全に除外しているわけではありませんが、繰り返しの堆積があったうえで骨が現代まで保存されている可能性は低そうだとして、澎湖1の年代は19万~13万年前頃または7万~1万年前頃だろう、との見解を提示しています。
澎湖1の形態は、更新世の他の人骨と比較されました。比較対象となったのはいずれもホモ属で、ハビリス(Homo habilis)、180万~170万年前頃のドマニシ人、エルガスター(Homo ergaster)、ジャワ島の年代の異なるエレクトス(Homo erectus)、前期更新世後期のヨーロッパのホモ属、中期更新世初期のアフリカのホモ属、中国のエレクトス、中期更新世のヨーロッパのホモ属、ネアンデルタール人、初期現生人類(Homo sapiens)です。
ハビリスはアウストラロピテクス(Australopithecus)属に分類する見解もあります。エルガスターはアフリカの初期エレクトスのことで、アジア東部のエレクトスとの違いを重視する見解では、エルガスターという種区分が採用されることもあります。ドマニシ人は、エレクトス(もしくはエルガスター)とも独自の種区分ゲオルギクス(Homo georgicus)とも分類されています。ドマニシ人は、ハビリスよりもホモ属的特徴が強いのですが、アウストラロピテクス属的特徴も有している人類集団です(関連記事)。
澎湖1の形態学的特徴は、比較対象となったさまざまな地域の更新世人類の形態のモザイク状を示している、ということです。とくに注目されるのは、歯の大きさと顎の頑丈さです。比較対象で澎湖1にもっとも似ていたのは、中華人民共和国安徽省馬鞍山市(Ma'anshan)の和県(Hexian)で発見された中期更新世の人骨です。この和県人はエレクトスに分類されてきましたが、本論文は、その大きな歯と頑丈な(厚い)下顎骨に注目すべきであり、和県人の頭蓋骨は、金牛山(Jinniushan)遺跡(中華人民共和国遼寧省営口市)や中国の他の後期古代型ホモ属とは異なる、と注意を喚起しています。
本論文は、現状では澎湖1をホモ属のどの種に分類すべきか、進化系統樹のどこに位置づけるべきなのか、判断は難しく、今後の比較研究の進展と新たな澎湖人の骨の発見が必要だ、と指摘します。本論文はそうした限界を踏まえたうえで、澎湖1の頑丈な顎と大きい歯という特徴と、他の更新世人類の特徴との比較から、澎湖人の起源に関して仮説を提示しています。
その仮説の一つは、頑丈な顎と大きな歯がホモ属において原始的特徴であることから、ジャワ島や中国北東部のエレクトスの系統とは異なるホモ属の系統が、アジア東部において長期間継続していたのではないか、というものです。前期更新世末期もしくは中期更新世初期のジャワ島や中国北東部のエレクトスは、すでにより脆弱な(薄い)顎とより小さな臼歯を有していました。
もう一つの仮説は、アフリカから頑丈な顎のホモ属が移住してきた、というものです。この場合、その人類集団は前期更新世末期にアシューリアン(Acheulean)石器を伴って移住してきて、後にいくつかの独特な形態学的地域性が進化していったのではないか、と本論文は推測しています。どちらの仮説にしても、アジア大陸において前期更新世から中期更新世初期にかけてエレクトスが唯一の人類種だった、という通説的見解に疑問を投げかける、と本論文は指摘しています。
本論文は、中国の後期古代型ホモ属は、おそらくハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)に含まれるだろうユーラシア西部の中期更新世ホモ属から遺伝的影響を受けた、という最近の見解と第二の仮説との類似性にも言及していますが、澎湖1は原始的な特徴を示しているので、澎湖1へのハイデルベルゲンシスからの遺伝的影響との見解には否定的です。
また本論文は、澎湖1が脆弱な顎の地域的なエレクトス集団から進化した可能性にも言及していますが、それは更新世ホモ属における歯と顎の縮小という一般的な傾向に反する、と指摘して否定的な見解を提示しています。本論文は、ジャワ島のサンギラン(Sangiran)の前期更新世の人骨群にも、歯と顎の縮小という傾向が確認されることを指摘しています。
本論文は全体として、澎湖1の発見により、更新世のアジア東部においては、5万~4万年前頃の現生人類の進出の前まで、多様な系統のホモ属が存在していたのではないか、との見解に傾いているように思います。おそらくこの見解は、今後の研究の進展と新たな人骨の発見により、じょじょに証明されていくことでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【人類学】台湾で見つかった古代人の化石
古代人の化石が台湾で初めて発見されたという報告が、今週掲載される。この化石は、アジアの化石記録における地理的空白を埋める上で役立ち、更新世のアジアで生活していた古代人の多様性を浮き彫りにしている。
更新世の東アジアには、さまざまな古代のヒト族が生活していた。ジャワ島と中国で見つかったホモ・エレクトゥスは長期にわたって繁栄を続け、小型人類ホモ・フロレシエンシスはインドネシアの島嶼(とうしょう)部で生活し、ネアンデルタール人とデニソワ人がロシアのアルタイ山脈で生活していた。
今回、Chun-Hsiang Chang、海部陽介(かいふ・ようすけ)たちの研究グループは、台湾西方沖の澎湖(ポンフー)水道で採取した化石が、原始的な歯と思われるものを含む頑強な下顎骨の化石であることを報告している。この下顎骨は、中国東部の和県(ホシェン)で発見された更新世中期のヒト属のものと構造が似ている。今回発見された台湾のヒト族の化石は、海部たちによって「澎湖1」と命名された。このヒト族が生活していたのは予想より最近の19~1万年前のことだったと著者は考えている。以上の新知見は、更新世の東アジアにおいて約4万年前に現生人類が到来するまで複数の進化系統の古代ヒト族が存在していたことを示唆している。
参考文献:
Chang CH. et al.(2015): The first archaic Homo from Taiwan. Nature Communications, 6, 6037.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms7037
追記(2015年3月18日)
『ネイチャー』の日本語サイトにて改めて取り上げられています。
台湾で初めて見つかった古代型ホモ属の人類化石
近年、発見された人類化石の数が増えて研究が進むにつれ、更新世のアジア東部に分布していた原始的なホモ属の人類は、地域や年代によって多様であったことが明らかになってきた。しかし、こうした認識の土台となっている化石の産出地は、主にインドネシアや中国、ロシア・アルタイ山脈と、まだ地理的に限られている。本論文では、台湾で初めて見つかった古代型ホモ属(Homo)の人類の下顎骨化石(澎湖[ほうこ]1号)について報告する。この化石発見によって、更新世アジアの人類の多様性はさらに高まった。澎湖1号は、アジア大陸辺縁部において、頑丈で見たところ原始的な歯や顎の形態を持つ人類が、予想以上に最近まで存続していたこと(古くとも45万年前をさかのぼらず、おそらくは19万〜1万年前)を示している。アジアの他の地域で見つかっているほぼ同年代の化石記録の中で、こうした原始的な歯や顎の形態が見られるのは、中国東部の和県(わけん)で見つかった中期更新世の中期の原人のみである。このような地理的な形質分布パターンは、中国北部とジャワ島から化石が知られているホモ・エレクトス(Homo erectus)集団の間に、形態変異の連続した地理的勾配が存在したというシナリオでは説明がつかず、現生人類が到来する前のアジア大陸辺縁部に、複数の進化系統の古代型人類が生き残っていたことを示唆している。
地質学的な情報はまったく得られていないので、発見された骨の年代は、骨そのものから調べるしかありません。放射性炭素年代測定法はコラーゲンの不足のため失敗し、ウラン系列年代測定法は、海水中のウランの浸透により、さほど信頼できません。本論文では、ゾウ・スイギュウ・イノシシ・シカ・ウマ・ヒグマなどといったともに発見された脊椎動物の骨のうち、存在年代が比較的明らかになっているブチハイエナ(Crocuta crocuta ultima)に注目しています。
骨の化学分析(フッ素とナトリウム)の結果、澎湖1はブチハイエナとほぼ同年代か、やや新しい、との結果が得られました。中華人民共和国北京市房山区にある有名な周口店(Zhoukoudian)遺跡の化石記録から、ブチハイエナの存在年代は50万~25万年前頃と推測されています。しかし、湖北省や安徽省や江蘇省など中国南部では、もっと原始的なハイエナ群(Pachycrocuta brevirostris sinensis)の存在が20万年前以降も確認されていることからも、澎湖1の年代が25万年前以降である可能性も考えられます。
そこで本論文は、台湾本島と澎湖諸島の間の海域が、海水面の低下によりユーラシア大陸東部と陸続きになっていた時期からも、澎湖1の年代を推測しています。この海域の海水面が60m以上低下したのは、50万年前以降では45万~425000年前頃、36万~335000年前頃、28万~24万年前頃などです。24万年前以降では、19万~13万年前頃と7万~1万年前頃です。本論文は、澎湖1の年代が45万~24万年前頃までの間の海水面の低下時期である可能性を完全に除外しているわけではありませんが、繰り返しの堆積があったうえで骨が現代まで保存されている可能性は低そうだとして、澎湖1の年代は19万~13万年前頃または7万~1万年前頃だろう、との見解を提示しています。
澎湖1の形態は、更新世の他の人骨と比較されました。比較対象となったのはいずれもホモ属で、ハビリス(Homo habilis)、180万~170万年前頃のドマニシ人、エルガスター(Homo ergaster)、ジャワ島の年代の異なるエレクトス(Homo erectus)、前期更新世後期のヨーロッパのホモ属、中期更新世初期のアフリカのホモ属、中国のエレクトス、中期更新世のヨーロッパのホモ属、ネアンデルタール人、初期現生人類(Homo sapiens)です。
ハビリスはアウストラロピテクス(Australopithecus)属に分類する見解もあります。エルガスターはアフリカの初期エレクトスのことで、アジア東部のエレクトスとの違いを重視する見解では、エルガスターという種区分が採用されることもあります。ドマニシ人は、エレクトス(もしくはエルガスター)とも独自の種区分ゲオルギクス(Homo georgicus)とも分類されています。ドマニシ人は、ハビリスよりもホモ属的特徴が強いのですが、アウストラロピテクス属的特徴も有している人類集団です(関連記事)。
澎湖1の形態学的特徴は、比較対象となったさまざまな地域の更新世人類の形態のモザイク状を示している、ということです。とくに注目されるのは、歯の大きさと顎の頑丈さです。比較対象で澎湖1にもっとも似ていたのは、中華人民共和国安徽省馬鞍山市(Ma'anshan)の和県(Hexian)で発見された中期更新世の人骨です。この和県人はエレクトスに分類されてきましたが、本論文は、その大きな歯と頑丈な(厚い)下顎骨に注目すべきであり、和県人の頭蓋骨は、金牛山(Jinniushan)遺跡(中華人民共和国遼寧省営口市)や中国の他の後期古代型ホモ属とは異なる、と注意を喚起しています。
本論文は、現状では澎湖1をホモ属のどの種に分類すべきか、進化系統樹のどこに位置づけるべきなのか、判断は難しく、今後の比較研究の進展と新たな澎湖人の骨の発見が必要だ、と指摘します。本論文はそうした限界を踏まえたうえで、澎湖1の頑丈な顎と大きい歯という特徴と、他の更新世人類の特徴との比較から、澎湖人の起源に関して仮説を提示しています。
その仮説の一つは、頑丈な顎と大きな歯がホモ属において原始的特徴であることから、ジャワ島や中国北東部のエレクトスの系統とは異なるホモ属の系統が、アジア東部において長期間継続していたのではないか、というものです。前期更新世末期もしくは中期更新世初期のジャワ島や中国北東部のエレクトスは、すでにより脆弱な(薄い)顎とより小さな臼歯を有していました。
もう一つの仮説は、アフリカから頑丈な顎のホモ属が移住してきた、というものです。この場合、その人類集団は前期更新世末期にアシューリアン(Acheulean)石器を伴って移住してきて、後にいくつかの独特な形態学的地域性が進化していったのではないか、と本論文は推測しています。どちらの仮説にしても、アジア大陸において前期更新世から中期更新世初期にかけてエレクトスが唯一の人類種だった、という通説的見解に疑問を投げかける、と本論文は指摘しています。
本論文は、中国の後期古代型ホモ属は、おそらくハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)に含まれるだろうユーラシア西部の中期更新世ホモ属から遺伝的影響を受けた、という最近の見解と第二の仮説との類似性にも言及していますが、澎湖1は原始的な特徴を示しているので、澎湖1へのハイデルベルゲンシスからの遺伝的影響との見解には否定的です。
また本論文は、澎湖1が脆弱な顎の地域的なエレクトス集団から進化した可能性にも言及していますが、それは更新世ホモ属における歯と顎の縮小という一般的な傾向に反する、と指摘して否定的な見解を提示しています。本論文は、ジャワ島のサンギラン(Sangiran)の前期更新世の人骨群にも、歯と顎の縮小という傾向が確認されることを指摘しています。
本論文は全体として、澎湖1の発見により、更新世のアジア東部においては、5万~4万年前頃の現生人類の進出の前まで、多様な系統のホモ属が存在していたのではないか、との見解に傾いているように思います。おそらくこの見解は、今後の研究の進展と新たな人骨の発見により、じょじょに証明されていくことでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【人類学】台湾で見つかった古代人の化石
古代人の化石が台湾で初めて発見されたという報告が、今週掲載される。この化石は、アジアの化石記録における地理的空白を埋める上で役立ち、更新世のアジアで生活していた古代人の多様性を浮き彫りにしている。
更新世の東アジアには、さまざまな古代のヒト族が生活していた。ジャワ島と中国で見つかったホモ・エレクトゥスは長期にわたって繁栄を続け、小型人類ホモ・フロレシエンシスはインドネシアの島嶼(とうしょう)部で生活し、ネアンデルタール人とデニソワ人がロシアのアルタイ山脈で生活していた。
今回、Chun-Hsiang Chang、海部陽介(かいふ・ようすけ)たちの研究グループは、台湾西方沖の澎湖(ポンフー)水道で採取した化石が、原始的な歯と思われるものを含む頑強な下顎骨の化石であることを報告している。この下顎骨は、中国東部の和県(ホシェン)で発見された更新世中期のヒト属のものと構造が似ている。今回発見された台湾のヒト族の化石は、海部たちによって「澎湖1」と命名された。このヒト族が生活していたのは予想より最近の19~1万年前のことだったと著者は考えている。以上の新知見は、更新世の東アジアにおいて約4万年前に現生人類が到来するまで複数の進化系統の古代ヒト族が存在していたことを示唆している。
参考文献:
Chang CH. et al.(2015): The first archaic Homo from Taiwan. Nature Communications, 6, 6037.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms7037
追記(2015年3月18日)
『ネイチャー』の日本語サイトにて改めて取り上げられています。
台湾で初めて見つかった古代型ホモ属の人類化石
近年、発見された人類化石の数が増えて研究が進むにつれ、更新世のアジア東部に分布していた原始的なホモ属の人類は、地域や年代によって多様であったことが明らかになってきた。しかし、こうした認識の土台となっている化石の産出地は、主にインドネシアや中国、ロシア・アルタイ山脈と、まだ地理的に限られている。本論文では、台湾で初めて見つかった古代型ホモ属(Homo)の人類の下顎骨化石(澎湖[ほうこ]1号)について報告する。この化石発見によって、更新世アジアの人類の多様性はさらに高まった。澎湖1号は、アジア大陸辺縁部において、頑丈で見たところ原始的な歯や顎の形態を持つ人類が、予想以上に最近まで存続していたこと(古くとも45万年前をさかのぼらず、おそらくは19万〜1万年前)を示している。アジアの他の地域で見つかっているほぼ同年代の化石記録の中で、こうした原始的な歯や顎の形態が見られるのは、中国東部の和県(わけん)で見つかった中期更新世の中期の原人のみである。このような地理的な形質分布パターンは、中国北部とジャワ島から化石が知られているホモ・エレクトス(Homo erectus)集団の間に、形態変異の連続した地理的勾配が存在したというシナリオでは説明がつかず、現生人類が到来する前のアジア大陸辺縁部に、複数の進化系統の古代型人類が生き残っていたことを示唆している。
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