西秋良宏「弓矢学習の民族考古学─パプア・ニューギニア狩猟採集社会における技量差と子どもの石器─」

 西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』所収の論文です(関連記事)。本論文は、1970年代のパプアニューギニア西部のウォニエ村の狩猟採集民(正確には、狩猟採集および園耕民で、男性が狩猟を、女性が栽培・採集を行なっています)における弓矢の所持・製作・使用の事例から、弓矢学習の特徴を検証し、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の学習行動を推測するさいの手がかりを提示しています。

 ウォニエ村では、女性は弓矢を保有していません。男性は、幼児の段階から半数ほどが父親より贈与されるなどして弓矢を保有しており、青年・成人ともなると、ほぼ全員が矢を保有しています(弓の保有率はそれより若干低くなります)。老人になると、弓矢の保有率は幼児段階と同程度にまで低下します。弓矢の使用は、子供の頃までは小動物や魚が対象で、成長して青年・成人になると、より危険な大形獣も対象となります。

 弓矢の製作に関しては、弓と矢で大きな違いがあります。成長するにつれて自作率は高くなるのですが、矢は子供の段階で自作率が5割に達するのに、弓を作るのはほぼ成人段階のみです。これは、材料調達や製作の難易度の違いに起因すると考えられています。弓矢の贈与は、幼児段階ではすべて父親からですが、成長するにつれて叔父や兄などの年長者からの割合が増え、青年期と成人期には友人からの贈与も多少あります。老人になると、弓は息子から贈与されます。

 弓矢の学習については、明示的なデータはないのですが、贈与関係から、幼児・子供の段階では(おもに父親からの)垂直伝達、青年の段階になると水平伝達が加わり、成人の段階で最も創造的な活動(独自の装飾など)が行なわれる傾向にあるのではないか、と推測されています。これは、アフリカにおける学習行動パターンの事例(中央アフリカのアッカ族)と類似しているものの、水平伝達のパターンがパプアニューギニアの弓矢学習ではより遅く始まる傾向があるなど、違いも見られます。これは、弓矢の使用・製作の難しさに起因するのではないか、と本論文は指摘しています。

 本論文はこうした研究成果から、旧石器時代のネアンデルタール人の学習行動を推測しています。ネアンデルタール人の集団規模が小さければ、文化伝達を起こす教師が少なかったことになり、ネアンデルタール人の寿命が短ければ、最も創造的である成人段階の人口が少なくなるので、社会の技術革新能力は低くなるのではないか、と本論文は指摘します。

 また、ネアンデルタール人社会は現生人類(Homo sapiens)社会と比較して、遠隔地素材の割合が低いことから、集団接触・贈与の機会が少なかったのではないか、とも指摘されています。これらのことは、生得的な認知能力の問題とは別に、ネアンデルタール人の学習にとって都合が悪かったのではないか、との見解を本論文は提示しています。


参考文献:
西秋良宏(2014B)「弓矢学習の民族考古学─パプア・ニューギニア狩猟採集社会における技量差と子どもの石器─」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』(六一書房)P59-74

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