佐野勝宏「ヨーロッパ旧人遺跡にみる学習の証拠─石器製作における技量差と子どもの石器─」
西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』所収の論文です(関連記事)。本論文は、石器製作の痕跡からネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の学習行動を読み取っていくための方法論を提示しています。ヨーロッパの旧石器時代における石器製作伝統の継承およびそれを判別するための石器群の緻密な区分に関しては、まず間違いなく現生人類(Homo sapiens)が担い手である上部旧石器時代後期~晩期の石器群についての詳細な研究がある一方で、ネアンデルタール人(もしくはその祖先集団か、その近縁集団)が担い手と考えられる中部旧石器時代の石器群についての詳細な研究はまだないそうです。
民族誌学的および実験考古学的研究から、現代の子供の石器製作能力については、かなりの程度明らかになっているそうです。子供は7歳~9歳頃に石器製作のための認知的能力(三次元の造形物を正確に作ることのできる能力)を身につけていき、10歳か11歳頃により三次元的な造形物を作る能力を発達させる、とのことです。石器製作の熟練には時間を要するため、石器時代の石器製作学習は9歳~15歳頃の間に行なわれていたのではないか、との見解が提示されているそうです。
こうした知見をもとに、上部旧石器時代後期~晩期にかけてのヨーロッパの一部の石器群を対象に、石器接合分析と空間分布解析を統合して、石器製作の技量差を復元する研究も提示されています。その研究では、石器製作の技量が熟練者・中級者・初心者に区分されています。その区分に従うと、炉のすぐ近くに熟練者が、その脇に中級者が、少し離れたところに初級者がいる、ということになります。このような研究は、人類の学習行動の推定に貢献するだろう、と期待されます。
こうした石器製作の技量および熟練の差を詳細に推定復元するような研究は、石器製作技術が複雑ではなく単純だと区分が難しくなる、と本論文は指摘します。たとえば、様式1(Mode 1)のオルドワン(Oldowan)石器群では、熟練者と初心者の同定はおそらく不可能だろう、というわけです。ネアンデルタール人の中部旧石器時代の石器群に関しても、オルドワンほどではないにしても、技量および熟練の差を詳細に区分することはなかなか難しいだろう、と考えられます。
こうした中で本論文は、ネアンデルタール人(もしくはその祖先集団か、その近縁集団)の石器群から子供が製作した石器の同定を試みた研究を取り上げています。その研究において分析対象となったのはオランダの25万年前頃の遺跡で、石器製作技量および熟練の差から、子供が製作したと推測される「出来の悪い」石器が同定されています。これら「出来の悪い」石器は、石材の質の悪さが原因との解釈もなされていますが、石器製作初心者が練習を行なった痕跡ではないか、との解釈も提示されているそうです。
本論文は、上部旧石器時代と同水準での識別は困難にしても、ネアンデルタール人製作の石器に関して、熟練者と初心者の同定は可能であり、それがネアンデルタール人と現生人類との学習行動の違いの解明に貢献することが期待される、との見通しを提示しています。本論文は、オランダの25万年前頃の遺跡では、「出来の悪い」石器が発見された地点において、熟練者によると推測される石器がまったく発見されていないことから、ネアンデルタール人社会において、子供の石器製作の練習が特定の地点で集約的に行なわれた可能性を提示しています。そうだとすると、石器製作技術の継承に関して、ネアンデルタール人と現生人類とではかなり異なっていた、ということになりそうです。こうした研究は、これからの進展が大いに見込めますので、期待しています。
参考文献:
佐野勝宏(2014)「ヨーロッパ旧人遺跡にみる学習の証拠─石器製作における技量差と子どもの石器─」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』(六一書房)P19-27
民族誌学的および実験考古学的研究から、現代の子供の石器製作能力については、かなりの程度明らかになっているそうです。子供は7歳~9歳頃に石器製作のための認知的能力(三次元の造形物を正確に作ることのできる能力)を身につけていき、10歳か11歳頃により三次元的な造形物を作る能力を発達させる、とのことです。石器製作の熟練には時間を要するため、石器時代の石器製作学習は9歳~15歳頃の間に行なわれていたのではないか、との見解が提示されているそうです。
こうした知見をもとに、上部旧石器時代後期~晩期にかけてのヨーロッパの一部の石器群を対象に、石器接合分析と空間分布解析を統合して、石器製作の技量差を復元する研究も提示されています。その研究では、石器製作の技量が熟練者・中級者・初心者に区分されています。その区分に従うと、炉のすぐ近くに熟練者が、その脇に中級者が、少し離れたところに初級者がいる、ということになります。このような研究は、人類の学習行動の推定に貢献するだろう、と期待されます。
こうした石器製作の技量および熟練の差を詳細に推定復元するような研究は、石器製作技術が複雑ではなく単純だと区分が難しくなる、と本論文は指摘します。たとえば、様式1(Mode 1)のオルドワン(Oldowan)石器群では、熟練者と初心者の同定はおそらく不可能だろう、というわけです。ネアンデルタール人の中部旧石器時代の石器群に関しても、オルドワンほどではないにしても、技量および熟練の差を詳細に区分することはなかなか難しいだろう、と考えられます。
こうした中で本論文は、ネアンデルタール人(もしくはその祖先集団か、その近縁集団)の石器群から子供が製作した石器の同定を試みた研究を取り上げています。その研究において分析対象となったのはオランダの25万年前頃の遺跡で、石器製作技量および熟練の差から、子供が製作したと推測される「出来の悪い」石器が同定されています。これら「出来の悪い」石器は、石材の質の悪さが原因との解釈もなされていますが、石器製作初心者が練習を行なった痕跡ではないか、との解釈も提示されているそうです。
本論文は、上部旧石器時代と同水準での識別は困難にしても、ネアンデルタール人製作の石器に関して、熟練者と初心者の同定は可能であり、それがネアンデルタール人と現生人類との学習行動の違いの解明に貢献することが期待される、との見通しを提示しています。本論文は、オランダの25万年前頃の遺跡では、「出来の悪い」石器が発見された地点において、熟練者によると推測される石器がまったく発見されていないことから、ネアンデルタール人社会において、子供の石器製作の練習が特定の地点で集約的に行なわれた可能性を提示しています。そうだとすると、石器製作技術の継承に関して、ネアンデルタール人と現生人類とではかなり異なっていた、ということになりそうです。こうした研究は、これからの進展が大いに見込めますので、期待しています。
参考文献:
佐野勝宏(2014)「ヨーロッパ旧人遺跡にみる学習の証拠─石器製作における技量差と子どもの石器─」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人2─考古学からみた学習』(六一書房)P19-27
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