イベリア半島南東部の終末期ネアンデルタール人
イベリア半島南東部の終末期ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)についての研究(Garralda et al., 2014B)が公表されました。本論文は、ネアンデルタール人の絶滅年代の研究に関して重要な地域と考えられているイベリア半島の南東部にあるエルソルト(El Salt)開地遺跡を取り上げています。エルソルト遺跡に関しては、以前別の研究をこのブログで取り上げたことがあります(関連記事)。本論文は、エルソルト遺跡で発見された中部旧石器時代の人間の歯と、その考古学的文脈について検証しています。
本論文は、エルソルト遺跡の考古学的地層を上から順に第1層~第13層と区分しています。古い方から順に見ていくと、第13層は考古学的痕跡に乏しく、ウラントリニウム法によりその上部の年代が81500±2700年前~80100±4000年前と測定されています。第12層~第9層は考古学的遺物と燃焼残留物が豊富です。そのため、炉床があったのではないか、と考えられています。熱ルミネッセンス法により、60700±8900年前~52300±4600年前という年代が得られています。
第8層~第5層中部は、考古学的痕跡が豊富で人間の上顎の歯も6個発見されています。その年代は熱ルミネッセンス法により52300±4600年前~47200±4400年前と測定されています。第5層の基部の年代は、光刺激ルミネッセンス法で45200±3400年前と測定されています。本論文が検証対象としているのは、後期ネアンデルタール人が居住していたと考えられる、この第8層~第5層中部にかけて、とくに第5層です。
第5層上部は考古学的痕跡に乏しいのですが、未定義の上部旧石器的な燧石の石刃や小さな剥片が発見されています。第4層~第1層は、上部旧石器時代後期~続旧石器時代~中石器時代~完新世の新石器時代の痕跡が含まれます。第5層上部の考古学的痕跡の評価が難しいところですが、おおむね第5層中部までが中部旧石器時代で、その後におそらく人間の居住しなかった期間があり、第4層以降は現生人類(Homo sapiens)の時代と考えてよさそうです。
エルソルト遺跡では動物の骨も大量に発見されており、シカ科・ヤギ科・ウマ科という大型草食動物の3分類群が顕著です。シカ科は第5層までの全年代を通じて高頻度に確認され、ヤギ科は上層の第6層~第5層にかけて増加していき、ウマ科は下層(第10層~第8層)において高頻度で確認されます。これら3分類の大型草食動物の骨はおもに四肢であり、30%超の高い割合で人為的痕跡が見られます。第6層~第5層にかけては、少ない割合でオーロックス(Bos primigenius)が確認されています。人為的解体痕のある動物化石の各分類群ごとの割合は、ヤギ科が41.2%、シカ科が38.1%、ウシ科が6.3%、ウマ科が4.8%です。
エルソルト遺跡の中部旧石器時代の石器群はルヴァロワ技法が優勢であり、一部に非ルヴァロワ技法のものも含みます。また、エルソルト遺跡の中部旧石器時代の石器群はイベリア半島の他の中部旧石器時代の石器群の変異パターンと一致しており、典型的な上部旧石器への変化の兆候は確認されない、と評価されています。エルソルト遺跡で発見された第5層の6個の歯は、ヨーロッパの上部旧石器時代人のものよりもネアンデルタール人のものである可能性が高く、年齢は10代~20代前半と推定されており、性別は不明です。
こうしたことから本論文は、エルソルト遺跡においては下層から第5層中部まではネアンデルタール人が(断続的に)居住していたものの、それ以降はネアンデルタール人の痕跡は確認されず、近隣のもっと新しい中部旧石器時代の遺跡は確認されていないので、エルソルト遺跡のネアンデルタール人はイベリア半島南東部の終末期ネアンデルタール人であるとして、じゅうらいの推定よりもネアンデルタール人の絶滅年代が繰り上がる可能性を提示しています。
以上、ざっと本論文の見解について述べてきました。ここ10年ほど、ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しが進んでおり(関連記事)、ネアンデルタール人の推定絶滅年代がじゅうらいよりも繰り上がる傾向にあります。本論文もそうした傾向に沿っていると言えそうです。イベリア半島南部は、ネアンデルタール人終焉の有力候補地なので、ネアンデルタール人のものと考えられる諸遺跡の年代をより精確に推定していくことは、ネアンデルタール人の絶滅年代を推定するうえで重要となるでしょう。今後も研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Garralda MD. et al.(2014B): Neanderthals from El Salt (Alcoy, Spain) in the context of the latest Middle Palaeolithic populations from the southeast of the Iberian Peninsula. Journal of Human Evolution, 75, 1–15.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2014.02.019
本論文は、エルソルト遺跡の考古学的地層を上から順に第1層~第13層と区分しています。古い方から順に見ていくと、第13層は考古学的痕跡に乏しく、ウラントリニウム法によりその上部の年代が81500±2700年前~80100±4000年前と測定されています。第12層~第9層は考古学的遺物と燃焼残留物が豊富です。そのため、炉床があったのではないか、と考えられています。熱ルミネッセンス法により、60700±8900年前~52300±4600年前という年代が得られています。
第8層~第5層中部は、考古学的痕跡が豊富で人間の上顎の歯も6個発見されています。その年代は熱ルミネッセンス法により52300±4600年前~47200±4400年前と測定されています。第5層の基部の年代は、光刺激ルミネッセンス法で45200±3400年前と測定されています。本論文が検証対象としているのは、後期ネアンデルタール人が居住していたと考えられる、この第8層~第5層中部にかけて、とくに第5層です。
第5層上部は考古学的痕跡に乏しいのですが、未定義の上部旧石器的な燧石の石刃や小さな剥片が発見されています。第4層~第1層は、上部旧石器時代後期~続旧石器時代~中石器時代~完新世の新石器時代の痕跡が含まれます。第5層上部の考古学的痕跡の評価が難しいところですが、おおむね第5層中部までが中部旧石器時代で、その後におそらく人間の居住しなかった期間があり、第4層以降は現生人類(Homo sapiens)の時代と考えてよさそうです。
エルソルト遺跡では動物の骨も大量に発見されており、シカ科・ヤギ科・ウマ科という大型草食動物の3分類群が顕著です。シカ科は第5層までの全年代を通じて高頻度に確認され、ヤギ科は上層の第6層~第5層にかけて増加していき、ウマ科は下層(第10層~第8層)において高頻度で確認されます。これら3分類の大型草食動物の骨はおもに四肢であり、30%超の高い割合で人為的痕跡が見られます。第6層~第5層にかけては、少ない割合でオーロックス(Bos primigenius)が確認されています。人為的解体痕のある動物化石の各分類群ごとの割合は、ヤギ科が41.2%、シカ科が38.1%、ウシ科が6.3%、ウマ科が4.8%です。
エルソルト遺跡の中部旧石器時代の石器群はルヴァロワ技法が優勢であり、一部に非ルヴァロワ技法のものも含みます。また、エルソルト遺跡の中部旧石器時代の石器群はイベリア半島の他の中部旧石器時代の石器群の変異パターンと一致しており、典型的な上部旧石器への変化の兆候は確認されない、と評価されています。エルソルト遺跡で発見された第5層の6個の歯は、ヨーロッパの上部旧石器時代人のものよりもネアンデルタール人のものである可能性が高く、年齢は10代~20代前半と推定されており、性別は不明です。
こうしたことから本論文は、エルソルト遺跡においては下層から第5層中部まではネアンデルタール人が(断続的に)居住していたものの、それ以降はネアンデルタール人の痕跡は確認されず、近隣のもっと新しい中部旧石器時代の遺跡は確認されていないので、エルソルト遺跡のネアンデルタール人はイベリア半島南東部の終末期ネアンデルタール人であるとして、じゅうらいの推定よりもネアンデルタール人の絶滅年代が繰り上がる可能性を提示しています。
以上、ざっと本論文の見解について述べてきました。ここ10年ほど、ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しが進んでおり(関連記事)、ネアンデルタール人の推定絶滅年代がじゅうらいよりも繰り上がる傾向にあります。本論文もそうした傾向に沿っていると言えそうです。イベリア半島南部は、ネアンデルタール人終焉の有力候補地なので、ネアンデルタール人のものと考えられる諸遺跡の年代をより精確に推定していくことは、ネアンデルタール人の絶滅年代を推定するうえで重要となるでしょう。今後も研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Garralda MD. et al.(2014B): Neanderthals from El Salt (Alcoy, Spain) in the context of the latest Middle Palaeolithic populations from the southeast of the Iberian Peninsula. Journal of Human Evolution, 75, 1–15.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2014.02.019
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