『天智と天武~新説・日本書紀~』第56話「鬼室集斯」


 『ビッグコミック』2015年1月25日号掲載分の感想です。前回は、定恵(真人)が父の中臣鎌足(豊璋)と再会して喜んでいるのに、鎌足の方は厳しく冷酷な表情を浮かべているところで終了しました。今回はその場面の続きから始まります。中大兄皇子(天智帝)は劉徳高に、明日閲兵式をご覧に入れますので、それまでゆっくり過ごして冬の飛鳥をお楽しみください、と言って立ち去ろうとします。ということは、この謁見の儀は665年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)10月10日に行われた、ということなのでしょうか。

 中大兄皇子・大海人皇子・大友皇子(だと思うのですが、はっきりと描かれていないので自信はありません)・中臣鎌足(豊璋)たちヤマト政権の要人が立ち去ろうとしているのを見て、定恵は父の鎌足に声をかけます。しかし、鎌足はその呼びかけを無視して立ち去ります。中大兄皇子は鎌足と二人になると、12年振りの父子再会はどうだったか、と尋ねます。もっと感動的かと思ったが素っ気なかったな、と中大兄皇子が言うと、互いに務めもありますので、と鎌足は答えます。

 中大兄皇子は、鬼室福信の息子で倭に亡命してきた鬼室集斯へと話題を変え、なかなか見どころがある、と言い、鎌足もその評価に同意します。すると中大兄皇子は、父の鬼室福信の仇を討つなら定恵にしろと言っておいた、と鎌足に明かします。鎌足は表面上平静ですが、さすがに内心は動揺しているようです。その鎌足にたいして中大兄皇子は、加虐的で意地悪そうな表情を浮かべて、仕方ないことだ、父を処刑した鎌足(豊王)を息子が憎んでいるのは当然のことだ、と言います。鎌足は今や自分の手足でいなくなったら困るので、息子で手を打てとなったわけだ、と説明する中大兄皇子は、唐の使節団と行動を共にしている間は手出しできないだろうから、止めるなら今のうちだぞ、どうするのだ、と鎌足に言い、自分への忠誠心と覚悟を試そうとします。

 退出してきた鎌足を待ち構えていたのは定恵でした。定恵は嬉しそうに鎌足に近づき、帰国したことと、父との再会を待ち望んでいたことを伝えます。鎌足は周囲を気にして物陰に定恵を連れていきます。先ほど再会した時はあまりにも素っ気なくて悲しくなりましたが、12年振りの再会なので自分のことが分からなかったのですよね、と定恵に問われた鎌足は、返答に詰まります。父上は少しも変わらないが自分はもう23歳になった、話したいことが山ほどある、と嬉しそうに言う定恵に、鎌足は困惑した様子で言い聞かせます。

 自分はもう豊璋でも豊王でもない、このように話しかけてはならないし、誰にも悟られてはならない、というわけです。確かに、唐の使者に鎌足と豊璋が同一人物だと悟られると、大問題が生じそうです。鎌足は定恵に、唐からの使節団と一緒に唐へ帰り、自分や倭国のことなど一切忘れて生きるよう、必死に説得します。しかし定恵はそれを拒絶し、二度と父の側を離れない、と宣言します。自分はもう一人前の僧侶であり、自分の生き方は自分で決める、というわけです。

 鎌足は衝撃を受け、お前のためなのだ、と言って定恵に懇願します。定恵は、なぜ自分をそれほど遠ざけるのか、12年前から聞きたかったことなので教えてもらいたい、と鎌足に言います。鎌足が困惑してしまって返答に詰まると、定恵は必至になって鎌足に理由を問い質します。鎌足は躊躇ったあげく、絞り出すように、自分はお前の父ではない、と言ってしまい、立ち去ります。定恵は衝撃を受けて崩れ落ち、立ち去る鎌足の目からは涙が流れています。

 翌日、閲兵式が行われ、中大兄皇子は劉徳高と親しく話しています。どうも、中央に坐して兵士たちを見ているのが、向かって左側から順に、大友皇子・劉徳高・中大兄皇子・大海人皇子のようです。大海人皇子からやや離れて左側(向かって見ると右側)に鎌足がおり、大友皇子からやや離れて右側(向かって見ると左側)に座す5人の真ん中にいるのが定恵のようです。この時点では、中大兄皇子が最高権力者で、大海人皇子と大友皇子がそれに次ぐ地位という設定のようです。定恵は、父の鎌足のことが気になっている様子で、それを大海人皇子が観察していました。結局、閲兵式の間も終わった後も、定恵は鎌足に話しかけることができず、鎌足は立ち去ります。

 鎌足が一人で政務に取り組んでいると、物音がします。誰だ、と鎌足が問い質すと、父上、との返答があったので、鎌足は定恵と言いかけて立ち上がります。しかし、そこへ現れたのは大海人皇子でした。鎌足は困惑しつつ、何の用なのか、大海人皇子に尋ねます。このまま定恵を放置していてよいのか、と大海人皇子に問われた鎌足は、何のことか意味が分からない、と答えて本心を明かそうとはしません。適切な対処をしなければ最愛の息子が殺されてしまうがそれでもよいのか、と大海人皇子に問い詰められても、構わない、と鎌足は答えます。

 場面は変わって、鎌足邸の前です。雪の降るなか、定恵は鎌足に面会を申し込みますが、鎌足の家臣は、主人は多忙なので会えないと言っている、と告げて断ります。鎌足の家臣が、唐の使節団は明日帰るのでは、と定恵に尋ねると、自分は唐に帰らないので、鎌足と会えるまで通い続ける、と答えます。ということは、この時点で665年12月ということなのでしょう。そうすると閲兵式から2ヶ月ほど経過しているのでしょうが、その間ずっと定恵は鎌足邸に通っていたのでしょうか。

 そこへ若い男性が現れ、気を落とされるな、と定恵に話しかけます。鎌足様は我々亡命百済人のために奔走してくれているので、通い詰めてもなかなかお目にかかれない、とその若い男性は説明します。定恵はその若い男性のことを知らなかったので、誰なのか尋ねます。その男性は、百済復興軍で豊王様の側に仕えていた者だ、と答えます。すると定恵は思わず、朝鮮での父を知っているのですか、と尋ねてしまい、慌ててごまかそうとします。

 その男性は、豊王様のことはよく存じ上げている、復興軍を率いてとても苦労されていたので、と定恵に説明します。すると定恵は、明かしても大丈夫だと思ったのか、豊王は12年前に離ればなれになった父だ、と明かしたものの、このことは内密にしてもらいたい、と言います。その男性が、そうとは知らずに、と詫びると、いいから話を続けてほしい、と定恵は言います。まだその男性の名を聞いていなかった定恵が名を尋ねると、その男性は鬼室集斯と答えます。

 この若い男性が鬼室集斯とは、本当に驚きました。鬼室集斯は前回も登場していましたが、顔が描かれていなかったので、何か意味があるのだろうか、と疑問に思っていました。これは大友皇子の初登場時並みの衝撃でした。鬼室集斯の父の鬼室福信は、本作では三枚目枠(他には鵲や蘇我倉山田石川麻呂や孝徳帝や有間皇子)といった感じですが、鬼室集斯はいかにもといった感じの二枚目枠です。ただ、大海人皇子と同じく、爽やかな二枚目でありながら、腹黒さ・したたかさも感じさせるような表情になっていると思います。

 定恵と鬼室集斯は寺院内で話を続けます。仏像も描かれているのですが、私は仏像に詳しくありませんし、伽藍配置もやや分かりにくいところがあったので、この寺院がどこなのか、よく分かりませんでした。やや分かりにくい伽藍配置から推測すると、川原寺のような気もするのですが・・・。第29話冒頭での飛鳥寺の描写とも比較してみましたが、飛鳥寺とも違うように見えます。今回第29話を読み返してみて、今まで気づかなかったのですが、冒頭での飛鳥寺の描写は伽藍配置に比較的忠実になっているな、と感心しました。

 父の鎌足(豊王)は倭の援軍を迎えに行って唐軍に捕まったのですね、と定恵が尋ねると、そこで百済の復興は潰えたと言います、と鬼室集斯は答えます。自分の父の鬼室福信も命を落とした、と鬼室集斯が言うと、定恵は涙を流して手を合せます。豊王様のご子息に手を合わせていただけるとは、父も感謝していることでしょう、と鬼室集斯は定恵に礼を言います。すると定恵は、私の方こそ会えてよかった、と言い、これからも話し相手になってくれませんか、と鬼室集斯に申し出ます。これにたいして鬼室集斯が、意味ありげな笑顔で、喜んで、と答えるところで今回は終了です。


 今回も定恵の話が中心となりました。やはり、定恵の話は丁寧に描かれそうで、決着がつくにはこの後2話程度要しそうです。父の鎌足をひたすら慕う定恵と、愛息の定恵の身を案じてあえて突き放す鎌足の心情とがよく描かれていたと思います。それにしても、中大兄皇子の冷酷さは相変わらずですが、白村江の戦いのさいの醜態からはすっかり立ち直って大海人皇子の前に再び立ちはだかっている感もあり、安堵しています。一時はどうなることかと思ったものですが。この分ならば、中大兄皇子が当面は政治を主導し、遷都・即位まで進むのでしょう。

 その鎌足は、定恵が殺されることを覚悟しているようにも見えます。鎌足のことですから、何か手を打っているのではないかとも思うのですが、そうではなく、定恵が唐に戻る事を拒否した時点で、息子を救うことは諦め、立ち直った中大兄皇子に忠誠を誓うことを決めた、ということでしょうか。そうだとすると、何とも悲劇的な話ですが、鎌足の真意については、次回を読んでみないとまだ分からないように思います。そういえば、鎌足のもう一人の息子の史(不比等)はまだ大海人皇子に匿われているのでしょうか。

 私の推測が正しければ、今回は665年12月まで進んでいますから、同月23日とされる定恵の死が迫っていることになります。定恵は百済の士人に毒殺されたと伝わっていますから、通説にしたがって話が進むのならば、鬼室集斯が定恵を殺した、ということになるのでしょう。今回の鬼室集斯からはいかにも屈折した感じがうかがえましたが、予想していたよりもずっと重要人物のようなので、定恵との関係も単純な描かれ方ではないような気がします。

 鬼室集斯は父の仇として(鎌足の代わりに)定恵を殺そうと考えているのでしょうが、定恵の人柄に多少は好感を抱いたようにも見えました。蘇我赤兄が、中大兄皇子の命で有間皇子を罠にはめたものの、交流を通じて有間皇子に友情と罪悪感を抱いていたようにも見えるのと同じく、鬼室集斯がこのまま定恵を殺してしまうような展開になったとしても、父の仇をとったとして単純に喜ぶのではなく、後悔もするのではないか、と思います。

 ただ、定恵は大海人皇子に匿われて生き延び、粟田真人として後半生を生きる、と私は予想しているので、その通りになるとすると、大海人皇子が鬼室集斯を説得して定恵を助け、父の鬼室福信の仇討をするのならば、中大兄皇子が鎌足を必要としなくなった時に鎌足を殺せばよい、とでも鬼室集斯に言うのでしょうか。そうすると、大海人皇子・鎌足・定恵・鬼室集斯が共謀し、定恵を殺害したと鬼室集斯が中大兄皇子に報告し、大海人皇子が定恵を匿うことになりそうです。また、鎌足の死に鬼室集斯が関わることも考えられます。

 それにしても、鬼室集斯が重要人物になりそうとは、前回を読むまでまったく予想していませんでしたし、前回を読んだ時も、今回のような存在感は予想していませんでした。鬼室集斯は天智朝での事績も確認されていますし、父の鬼室福信と同じくかなり個性の強い人物のようなので、定恵の件が決着した後の活躍も期待されます。ともかく今回は、鬼室集斯がたいへん魅力的な人物として描かれそうだ、ということが分かったのが何よりの収穫でした。定恵帰国編がどのように決着するのか、大いに気になるので、次回以降もひじょうに楽しみです。

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