荒木敏夫『敗者の日本史4 古代日本の勝者と敗者』
『敗者の日本史』全20巻の第4巻として、2014年9月に吉川弘文館より刊行されました。表題からは、大友皇子・藤原広嗣・藤原仲麻呂・平城上皇といった古代史の政治的敗者が個別に取り上げられているのかな、と予想していたのですが、そうではありませんでした。本書は、大伴氏の動向を5世紀~平安時代まで概観し、古代史において勝者の藤原氏とは対照的に敗者とされる大伴氏の事例から、古代氏族について考察しようとしています。
すでに第二次世界大戦前から指摘されていたことですが、日本の古代氏族は人類学などで用いられる「氏族(clan)」とは異なり、本来の氏族が二次的・政治的に編成された、とされています。本書の特徴は、このような経緯で編成された大伴氏を地理的・集団的に広範に把握し、三河東部に展開した「三河大伴直」も視野に入れて、応天門の変以降の大伴氏の歴史的動向も叙述していることです。大伴氏について言及される場合は、一般向け書籍では普通応天門の変で終了となることが多いでしょうから、その意味でも本書の意義は大きいと思います。「中央政界」については、応天門の変で大伴(伴)氏として久々に大納言まで昇進した伴善男が失脚し、その後に大伴氏として最後に参議にまで昇進した伴保平(10世紀半ばに没)までが取り上げられています。
「地方」の大伴部を管轄し、「中央」の大伴氏と擬制的関係を結んだ大伴(伴)氏では、三河東部の事例が詳しく言及されています。三河の在地首長たる三河大伴直は、律令制の進展とともに、「中央」の大伴氏との関係は希薄になっていったようです。しかし、後に三河で在庁官人・「兵」として現れ、後三年の役や保元の乱に参陣したとも伝えられている伴氏は、三河の在地首長たる大伴氏の後裔と推測されるものの、系譜上では応天門の変で失脚した伴善男の直系子孫ということになっています。本書は、新たな時代に対応しつつも、前時代的な擬制的関係への拘りも見られる、と指摘しています。長期にわたる大伴氏の動向とともに、古代における「地方」豪族の変容の具体例も提示されていて、本書はなかなか面白くなっていると思います。
すでに第二次世界大戦前から指摘されていたことですが、日本の古代氏族は人類学などで用いられる「氏族(clan)」とは異なり、本来の氏族が二次的・政治的に編成された、とされています。本書の特徴は、このような経緯で編成された大伴氏を地理的・集団的に広範に把握し、三河東部に展開した「三河大伴直」も視野に入れて、応天門の変以降の大伴氏の歴史的動向も叙述していることです。大伴氏について言及される場合は、一般向け書籍では普通応天門の変で終了となることが多いでしょうから、その意味でも本書の意義は大きいと思います。「中央政界」については、応天門の変で大伴(伴)氏として久々に大納言まで昇進した伴善男が失脚し、その後に大伴氏として最後に参議にまで昇進した伴保平(10世紀半ばに没)までが取り上げられています。
「地方」の大伴部を管轄し、「中央」の大伴氏と擬制的関係を結んだ大伴(伴)氏では、三河東部の事例が詳しく言及されています。三河の在地首長たる三河大伴直は、律令制の進展とともに、「中央」の大伴氏との関係は希薄になっていったようです。しかし、後に三河で在庁官人・「兵」として現れ、後三年の役や保元の乱に参陣したとも伝えられている伴氏は、三河の在地首長たる大伴氏の後裔と推測されるものの、系譜上では応天門の変で失脚した伴善男の直系子孫ということになっています。本書は、新たな時代に対応しつつも、前時代的な擬制的関係への拘りも見られる、と指摘しています。長期にわたる大伴氏の動向とともに、古代における「地方」豪族の変容の具体例も提示されていて、本書はなかなか面白くなっていると思います。
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