服部龍二『日中国交正常化 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦』第3版

 中公新書の一冊として、中央公論新社から2012年1月に刊行されました。初版の刊行は2011年5月です。本書は、田中角栄・大平正芳・外務省の動向を中心に、国内の政治情勢と国際情勢を踏まえつつ、日中共同声明へといたる日中の交渉を検証しています。よく言われることですが、外交問題には内政問題としての側面が多分にあります。本書もそうした側面を協調しており、田中など政治家が国内政局に注意を払っていたことがよく分かります。

 国際情勢に関しては、日中交渉において台湾問題(中華民国との断交)が重要だったことと、安保条約も含めて日米関係の維持が日本側にとっては大前提だったことが強調されています。中国側の大前提となっていたのは、ソ連との対立でした。その日中交渉の過程において、政治家では田中・大平が重要な役割を果たしたことはよく知られているでしょう。本書を読むと、中華人民共和国との交渉にやや慎重だった田中を積極的な大平が牽引した、という側面が強いように思えます。当時、日本人の多くは中国への罪の意識を持っていましたが、その中でも大平はとくに強烈だったためでもあるのでしょう。

 しかし本書は、一般書でありながらも、田中・大平という(当時も現在も)著名な政治家のみならず、外務省の官僚も大きく取り上げているのが特徴となっています。それも、外務省官僚として一括して把握するのではなく、個人単位で検証しています。また、与党の自民党のみならず、野党の政治家の動向もやや詳しく取り上げられています。とくに、田中に中華人民共和国との交渉を決断させるうえで、公明党委員長の竹入義勝が重要な役割を果たしたことが注目されます。

 本書は一般書でありながら、なかなか重厚な日中交渉史になっていると思います。それでいて、一般書ということを意識して、読者の興味を惹くような叙述にもなっています。それは、とくに田中・大平について言えるのですが、さまざまな証言を用いて人物像を鮮やかに描きだしていることです。本書は、私のような一般読者にとって、勉強になるのはもちろんのこと、読み物としても面白くなっていると思います。このような面白さを可能としたのは、著者が史料を博捜したのみならず、存命の多くの関係者に聞き取りをしたことにあるのでしょう。本書はまさに労作と言うべきでしょう。

 日中共同声明は私が生まれた直後のことであり、もちろん同時代的な記憶はありません。しかし、少なからぬ本書の重要人物は私にとって同時代の人々であり、馴染み深いということもあって、すんなりと読み進められました。日中共同声明以降で日中関係が最悪とも言われる現在、当時日中交渉に関わった人々の精神を思い出すべきだ、との見解もあるかもしれません。しかし、当時と現在とでは、日中の相対的な経済力の関係も日中の社会状況も国際情勢も大きく変わっているわけで、日中関係を改善させることは容易ではないでしょう。このような状況で、当時日中交渉に関わった人々の精神に「倣え」と強調することは、悪質な精神論にしかならないと思います。

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