『天智と天武~新説・日本書紀~』第53話「中臣鎌足」
『ビッグコミック』2014年11月25日号掲載分の感想です。前回は、豊璋が大海人皇子に、我々を助けてはならなかったのだ、と宣告するところで終了しました。今回は、663年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)初冬、那大津(娜大津、現在の福岡市の那珂川河口付近と推定されています)に中大兄皇子・大海人皇子・豊璋が帰還するところから始まります。
その三人を群臣が出迎えました。そのうちの一人が、韓の地(朝鮮半島)での惨状は聞いております、よくぞご無事で、と中大兄皇子に声をかけると、中大兄皇子は苛立った様子で、無駄な挨拶は不要、長津宮まで早く送れ、と命じます。このやり取りから、すでに白村江の戦いでの倭(日本)軍の惨敗は、国内の少なくとも中央支配層には広く知られていることが窺えます。大海人皇子の慎重論もあったのに、自分が強引に朝鮮半島への出陣を主導して惨敗したわけですから、中大兄皇子にとって、白村江の戦いの話題は避けたい、ということなのでしょう。
長津宮は斉明帝が九州に入ってまず拠点を置いた磐瀬行宮のことで、斉明帝の命によりその地は長津(那河津)と改名されました。豊璋を出迎えたのは鏡王女で、第31話以来久々の登場となります。大海人皇子を出迎えたのは鵲で、鵲は大袈裟な動きで泣きながら大海人皇子に抱き着き、大海人皇子の無事の生還を喜びます。鵲は大海人皇子に食事を出し、飛鳥で待っている奥方たちもたいへん心配していた、と伝えます。この奥方たちとは、大田皇女・鸕野讚良皇女(持統天皇)姉妹のことでしょうか(高市皇子の母の尼子娘も含まれているかもしれません)。
大海人皇子は、こんなに暖かい食事をとることができ、自分は本当に幸せだ、と言います。白村江に散った多くの兵のことが心に浮かんできて申し訳ない、というわけです。鵲はそんな大海人皇子に、世の中は理不尽だ、中大兄皇子や豊璋が死ねばよかったのに、悪運が強いから生き残る、と言います。すると大海人皇子は、二人が唐に連行されて処刑されることになっていたのを自分が救ったのだ、と打ち明け、鵲は驚愕します。
二人は大和(倭、日本)の民を無謀な戦争に巻き込んだ張本人であり、大海人皇子の両親・蘇我本宗家を滅ぼした仇敵(豊璋は大海人皇子の母の斉明帝の殺害に関与していませんが)なのだから、公私にわたる極悪人のはずなのになぜだ、というわけです。大海人皇子は鵲の疑問に口を濁します。鵲はさらに、二人がいなくなれば大海人皇子が大君(天皇)になれて、自分たちにとっても希望が持てるのに、と言い、大海人皇子の決断にまったく納得のいかない様子です。
大海人皇子は、新羅の文武王(金法敏)にも似たようなことを言われて、自分の手で中大兄皇子と豊璋を殺したいと答えた、と鵲に打ち明けます。鵲は大海人皇子のその答えを聞いて、分からないでもない、と言います。しかし大海人皇子は深刻な表情で、それが本心かどうか、自分でも分からない、と鵲に打ち明けます。これは大海人皇子の本心であり、鵲が相手だからこそ打ち明けられたのでしょう。そんな大海人皇子にたいして、鵲には慰める言葉がないようです。
場面は変わって中大兄皇子の部屋です。中大兄皇子は豊璋を呼び、今後の対策を検討します。白村江の戦いで大敗したことにより、倭を唐と互角に戦える国に作り変える必要性を痛感した中大兄皇子は、百済人の技術と知識を必要としていました。中大兄皇子は、まず敵の来襲に備えて烽火(狼煙)台と防人を置かねばならない、と言います。すると豊璋は、対馬・壱岐・筑紫がよいだろう、と進言します。中大兄皇子は、自分と豊璋の考えが一致したことに満足そうです。
豊璋はさらに、敵が上陸した場合、港に近い長津宮は真っ先に占拠される恐れがあるので、政庁(後の太宰府)はもっと内陸に移し、逃げ城を築いておくことも必要だ、と進言します(後の近江遷都の伏線でしょうか)。その逃げ城において山の周囲を土塁と石垣で取り囲むのは大陸の技術であり、役夫たちを指導できる者が必要だ、と中大兄皇子が指摘すると、いずれ百済から多くの難民が流れ着くだろうから、逃げ城の築工に携わった者もいるはずであり、自分にお任せください、と豊璋は自信をもって答えます。
豊璋はさらに、平野の最も狭い場所に特殊な堤防を築けば万全の防衛になる、と中大兄皇子に進言します。それは水城といい、深く掘った溝に水を貯え、いざという時に解き放って敵兵を押し流すことも可能だ、と豊璋が説明すると、中大兄皇子は満足そうに、さすがに豊璋は知恵が回る、我が政権に不可欠の頭脳だ、と言います。豊璋は中大兄皇子に感謝し、豊璋という名は百済王が倭で生きていると知らせるようなもので危険であり、この名を捨てて大和人として生きていきたいので、新たな名前を付けていただきたい、と中大兄皇子に願い出ます。
豊璋は改めて、この先中大兄皇子に仕えていくことを誓います。すると中大兄皇子は、忠臣の誓いを立てるならそれ相応の名でなくては、と言って暫し考えた後、紙に新たな名前を書いて豊璋に見せます。そこには「中臣鎌足」とありました。中臣氏は名門であり、「中臣」は「ちゅうしん」とも読み、鎌は手のことを意味するので、文字通り忠臣・手足になってもらう、というわけです。豊璋は感激した表情を浮かべ、中大兄皇子は自信に満ちた表情で頷きます。
その翌日、中大兄皇子は長津宮に村々の首長たちを呼び出し、百済を滅ぼした強国の唐がいつ海を渡って我が国に攻め込んでくるか分からないので、守りを固めるため各地の若者を兵(防人)として徴用する、残りの働ける者は皆役夫として要塞建設に従事するように、と言い渡します(直接言い渡したのは群臣の一人ですが)。この村々の首長たちとは、前代の国造層、律令制以降の郡司層だと脳内補完しておくのがよいでしょうか。大海人皇子は中大兄皇子の側に控えており、すでに確たる地位を固めていることが窺えます。
すると村々の首長たちは、朝鮮半島への出陣で若者は皆徴兵されて年寄しかいない、一家の跡取りまでいなくなったら食べていけないし、納める米も作れないので無理だ、と反対意見を申し出ます。中大兄皇子はこれに怒ったようで、刀を抜いて斬りつけようとし、それを大海人皇子が止めようとします。唐に命や田畑を奪われればその米さえ作れなくなるのだ、それでも出せないと言うのなら、敵に殺される前に私が殺してやろう、と言って中大兄皇子は村々の首長たちに斬りかかります。
大海人皇子が自らの刀で中大兄皇子が振り下ろした刀を受け止めると、豊璋が中大兄皇子に進言します。九州での徴兵が無理ならば、東国から若者を徴兵すればよい、というわけです。その意見に納得した中大兄皇子が、そうだな鎌足、と言うと、大海人皇子は聞いたことのないその名を不審に思います。中大兄皇子は大海人皇子も含めてその場にいる者たちに、豊璋は中臣鎌足と名を改めて自分の手足となるので、二度と以前の名で呼ぶな、と命じます。中大兄皇子は鎌足に、早速飛鳥に戻って兵を集めるぞ、と言います。村々の首長たちが大海人皇子に感謝し、中臣鎌足は厄介な手足になりそうだ、と大海人皇子が懸念しているところで、今回は終了です。
今回、ついに豊璋が中臣鎌足と改名します。白村江の戦い編が終わって始まった新章初回に相応しく、重要な区切りになった、と言えるでしょう。豊璋が中臣鎌足へと改名する経緯は、上手く工夫された創作になっているな、と思います。鎌足が中大兄皇子に改めて忠誠を誓ったことで、大海人皇子の立場が厳しくなった感もありますが、鎌足の娘二人(氷上娘・五百重娘)が大海人皇子の妻となっていますし、大海人皇子が酒宴で槍を板に突き刺し、天智帝(中大兄皇子)が激怒して大海人皇子を殺そうとしたところ、鎌足がとりなした、という有名な逸話も描かれるでしょうから、今後鎌足が大海人皇子を助けるというか、中大兄皇子の死後をにらんで大海人皇子に接近することもありそうです。今回は、豊璋が初期のような切れ者に戻った感があります。今後しばらくは、初期のような活躍が見られるかもしれません。
大海人皇子は、今回の描写からも、朝廷ですでに確たる地位を固めていることが窺えます。冒頭での群臣の一人と中大兄皇子とのやり取りから、中央支配層には白村江の戦いでの倭軍の惨敗がすでに広く知られているという設定のようですから、今後、強引に朝鮮半島への出陣を決めた中大兄皇子の権威が以前よりも低下し、対照的に大海人皇子の権威が上昇することになりそうです。それを背景として、大海人皇子も積極的に政治に関与するのかもしれません。
ただ、中大兄皇子も防衛体制の構築に積極的になっており、一時の自暴自棄状態からすっかり立ち直ったようなので、大海人皇子に簡単に権威・権力を奪われるという展開にはならないでしょう。今後は、国家の再建というか律令国家体制の構築が、中大兄皇子・大海人皇子兄弟の心理戦とともに、鎌足も絡んできて描かれることになりそうです。今回の防衛体制構築の話は、いかにも歴史漫画といった雰囲気が出ており、よかったと思います。
今回は、大海人皇子と鵲との関係も印象に残りました。少年時代から共に過ごしてきただけに、両者の間にはしっかりとした信頼関係が結ばれているようです。その鵲の、大海人皇子が大君になれば自分たちにとっても希望が持てる、との発言は注目されます。鵲は庶民というか下層出身のようですから、大海人皇子は下層民に「優しい」政治を行なうだろう、と期待されているようです。確かに、大海人皇子は乙巳の変後しばらくは下層民に近い生活を送ったようですし、その後に都に戻ってからも、中大兄皇子に従者として4年以上仕えていました。
その意味で、大海人皇子は下層民のことがよく分かっている、という設定でも不思議ではありません。その大海人皇子が、最高権力者たる天皇に即位した後、どのように変わってくるのか、ということも注目されます。表題からすると、この作品の「本編」は壬申の乱で終了するのかもしれませんが(「未来編」として、これまでのように不比等が実権を握って『日本書紀』を編纂していた奈良時代初期が挿入されたり、今後天平時代の場面が描かれたりするのではないか、と予想しています)、できれば天武(大海人皇子)朝も少し描いてもらいたいな、と思います。
こう予想するのは、手塚治虫『火の鳥 太陽編』が印象に残っているためなのかもしれません。『火の鳥 太陽編』では、民に優しく度量の大きかった大海人皇子が、壬申の乱を経て即位後に、兄の天智帝(中大兄皇子)のように猜疑心が強く冷徹な権力者になっていくところが描かれていました。この作品の大海人皇子も、あるいはそうなるのかな、という気もします。『ダ・ヴィンチ』2013年4月号(関連記事)にて原案監修者が、救世観音像は隠れ主人公であり、入鹿・天智・天武・鎌足・不比等ら歴史上の主要プレイヤーの間を彷徨い続けて、どういう喜怒哀楽や人間の業を受け止めていくのか書きたい、と述べているのが気になるところです。
大海人皇子は、中大兄皇子と豊璋(中臣鎌足)を自分の手で殺せるのか、そもそも殺したいのか分からない、と鵲に打ち明けました。大海人皇子と鵲との関係からして、これは大海人皇子の本音でしょう。こうした甘いところがあり、それ故に人望を集めているところもあるだろう大海人皇子が、壬申の乱を目前にすると、今後の経験により考え・性格が変わっていき、権力奪取のために異父兄の中大兄皇子のような非情な人間になっていくのかな、と予想しています。
しかも、そのさいに打倒すべき相手が、甥であり愛娘の夫でもあるばかりか、互いにその器量を認めて好感を抱いている大友皇子となると、大海人皇子の変貌・人間の業がより深く印象づけられるように思います。まあ今回の話の展開からすると、今後も丁寧に話が展開していきそうなので、まだ随分と先の話になりそうです。長期連載はほぼ確定したのかな、とやや安心していますが、今号から連載の始まった作品が物議を醸して回収・廃刊になるような事態を心配しています。せめて壬申の乱までは、白村江の戦い編のように丁寧に話が続くことを願っています。
その三人を群臣が出迎えました。そのうちの一人が、韓の地(朝鮮半島)での惨状は聞いております、よくぞご無事で、と中大兄皇子に声をかけると、中大兄皇子は苛立った様子で、無駄な挨拶は不要、長津宮まで早く送れ、と命じます。このやり取りから、すでに白村江の戦いでの倭(日本)軍の惨敗は、国内の少なくとも中央支配層には広く知られていることが窺えます。大海人皇子の慎重論もあったのに、自分が強引に朝鮮半島への出陣を主導して惨敗したわけですから、中大兄皇子にとって、白村江の戦いの話題は避けたい、ということなのでしょう。
長津宮は斉明帝が九州に入ってまず拠点を置いた磐瀬行宮のことで、斉明帝の命によりその地は長津(那河津)と改名されました。豊璋を出迎えたのは鏡王女で、第31話以来久々の登場となります。大海人皇子を出迎えたのは鵲で、鵲は大袈裟な動きで泣きながら大海人皇子に抱き着き、大海人皇子の無事の生還を喜びます。鵲は大海人皇子に食事を出し、飛鳥で待っている奥方たちもたいへん心配していた、と伝えます。この奥方たちとは、大田皇女・鸕野讚良皇女(持統天皇)姉妹のことでしょうか(高市皇子の母の尼子娘も含まれているかもしれません)。
大海人皇子は、こんなに暖かい食事をとることができ、自分は本当に幸せだ、と言います。白村江に散った多くの兵のことが心に浮かんできて申し訳ない、というわけです。鵲はそんな大海人皇子に、世の中は理不尽だ、中大兄皇子や豊璋が死ねばよかったのに、悪運が強いから生き残る、と言います。すると大海人皇子は、二人が唐に連行されて処刑されることになっていたのを自分が救ったのだ、と打ち明け、鵲は驚愕します。
二人は大和(倭、日本)の民を無謀な戦争に巻き込んだ張本人であり、大海人皇子の両親・蘇我本宗家を滅ぼした仇敵(豊璋は大海人皇子の母の斉明帝の殺害に関与していませんが)なのだから、公私にわたる極悪人のはずなのになぜだ、というわけです。大海人皇子は鵲の疑問に口を濁します。鵲はさらに、二人がいなくなれば大海人皇子が大君(天皇)になれて、自分たちにとっても希望が持てるのに、と言い、大海人皇子の決断にまったく納得のいかない様子です。
大海人皇子は、新羅の文武王(金法敏)にも似たようなことを言われて、自分の手で中大兄皇子と豊璋を殺したいと答えた、と鵲に打ち明けます。鵲は大海人皇子のその答えを聞いて、分からないでもない、と言います。しかし大海人皇子は深刻な表情で、それが本心かどうか、自分でも分からない、と鵲に打ち明けます。これは大海人皇子の本心であり、鵲が相手だからこそ打ち明けられたのでしょう。そんな大海人皇子にたいして、鵲には慰める言葉がないようです。
場面は変わって中大兄皇子の部屋です。中大兄皇子は豊璋を呼び、今後の対策を検討します。白村江の戦いで大敗したことにより、倭を唐と互角に戦える国に作り変える必要性を痛感した中大兄皇子は、百済人の技術と知識を必要としていました。中大兄皇子は、まず敵の来襲に備えて烽火(狼煙)台と防人を置かねばならない、と言います。すると豊璋は、対馬・壱岐・筑紫がよいだろう、と進言します。中大兄皇子は、自分と豊璋の考えが一致したことに満足そうです。
豊璋はさらに、敵が上陸した場合、港に近い長津宮は真っ先に占拠される恐れがあるので、政庁(後の太宰府)はもっと内陸に移し、逃げ城を築いておくことも必要だ、と進言します(後の近江遷都の伏線でしょうか)。その逃げ城において山の周囲を土塁と石垣で取り囲むのは大陸の技術であり、役夫たちを指導できる者が必要だ、と中大兄皇子が指摘すると、いずれ百済から多くの難民が流れ着くだろうから、逃げ城の築工に携わった者もいるはずであり、自分にお任せください、と豊璋は自信をもって答えます。
豊璋はさらに、平野の最も狭い場所に特殊な堤防を築けば万全の防衛になる、と中大兄皇子に進言します。それは水城といい、深く掘った溝に水を貯え、いざという時に解き放って敵兵を押し流すことも可能だ、と豊璋が説明すると、中大兄皇子は満足そうに、さすがに豊璋は知恵が回る、我が政権に不可欠の頭脳だ、と言います。豊璋は中大兄皇子に感謝し、豊璋という名は百済王が倭で生きていると知らせるようなもので危険であり、この名を捨てて大和人として生きていきたいので、新たな名前を付けていただきたい、と中大兄皇子に願い出ます。
豊璋は改めて、この先中大兄皇子に仕えていくことを誓います。すると中大兄皇子は、忠臣の誓いを立てるならそれ相応の名でなくては、と言って暫し考えた後、紙に新たな名前を書いて豊璋に見せます。そこには「中臣鎌足」とありました。中臣氏は名門であり、「中臣」は「ちゅうしん」とも読み、鎌は手のことを意味するので、文字通り忠臣・手足になってもらう、というわけです。豊璋は感激した表情を浮かべ、中大兄皇子は自信に満ちた表情で頷きます。
その翌日、中大兄皇子は長津宮に村々の首長たちを呼び出し、百済を滅ぼした強国の唐がいつ海を渡って我が国に攻め込んでくるか分からないので、守りを固めるため各地の若者を兵(防人)として徴用する、残りの働ける者は皆役夫として要塞建設に従事するように、と言い渡します(直接言い渡したのは群臣の一人ですが)。この村々の首長たちとは、前代の国造層、律令制以降の郡司層だと脳内補完しておくのがよいでしょうか。大海人皇子は中大兄皇子の側に控えており、すでに確たる地位を固めていることが窺えます。
すると村々の首長たちは、朝鮮半島への出陣で若者は皆徴兵されて年寄しかいない、一家の跡取りまでいなくなったら食べていけないし、納める米も作れないので無理だ、と反対意見を申し出ます。中大兄皇子はこれに怒ったようで、刀を抜いて斬りつけようとし、それを大海人皇子が止めようとします。唐に命や田畑を奪われればその米さえ作れなくなるのだ、それでも出せないと言うのなら、敵に殺される前に私が殺してやろう、と言って中大兄皇子は村々の首長たちに斬りかかります。
大海人皇子が自らの刀で中大兄皇子が振り下ろした刀を受け止めると、豊璋が中大兄皇子に進言します。九州での徴兵が無理ならば、東国から若者を徴兵すればよい、というわけです。その意見に納得した中大兄皇子が、そうだな鎌足、と言うと、大海人皇子は聞いたことのないその名を不審に思います。中大兄皇子は大海人皇子も含めてその場にいる者たちに、豊璋は中臣鎌足と名を改めて自分の手足となるので、二度と以前の名で呼ぶな、と命じます。中大兄皇子は鎌足に、早速飛鳥に戻って兵を集めるぞ、と言います。村々の首長たちが大海人皇子に感謝し、中臣鎌足は厄介な手足になりそうだ、と大海人皇子が懸念しているところで、今回は終了です。
今回、ついに豊璋が中臣鎌足と改名します。白村江の戦い編が終わって始まった新章初回に相応しく、重要な区切りになった、と言えるでしょう。豊璋が中臣鎌足へと改名する経緯は、上手く工夫された創作になっているな、と思います。鎌足が中大兄皇子に改めて忠誠を誓ったことで、大海人皇子の立場が厳しくなった感もありますが、鎌足の娘二人(氷上娘・五百重娘)が大海人皇子の妻となっていますし、大海人皇子が酒宴で槍を板に突き刺し、天智帝(中大兄皇子)が激怒して大海人皇子を殺そうとしたところ、鎌足がとりなした、という有名な逸話も描かれるでしょうから、今後鎌足が大海人皇子を助けるというか、中大兄皇子の死後をにらんで大海人皇子に接近することもありそうです。今回は、豊璋が初期のような切れ者に戻った感があります。今後しばらくは、初期のような活躍が見られるかもしれません。
大海人皇子は、今回の描写からも、朝廷ですでに確たる地位を固めていることが窺えます。冒頭での群臣の一人と中大兄皇子とのやり取りから、中央支配層には白村江の戦いでの倭軍の惨敗がすでに広く知られているという設定のようですから、今後、強引に朝鮮半島への出陣を決めた中大兄皇子の権威が以前よりも低下し、対照的に大海人皇子の権威が上昇することになりそうです。それを背景として、大海人皇子も積極的に政治に関与するのかもしれません。
ただ、中大兄皇子も防衛体制の構築に積極的になっており、一時の自暴自棄状態からすっかり立ち直ったようなので、大海人皇子に簡単に権威・権力を奪われるという展開にはならないでしょう。今後は、国家の再建というか律令国家体制の構築が、中大兄皇子・大海人皇子兄弟の心理戦とともに、鎌足も絡んできて描かれることになりそうです。今回の防衛体制構築の話は、いかにも歴史漫画といった雰囲気が出ており、よかったと思います。
今回は、大海人皇子と鵲との関係も印象に残りました。少年時代から共に過ごしてきただけに、両者の間にはしっかりとした信頼関係が結ばれているようです。その鵲の、大海人皇子が大君になれば自分たちにとっても希望が持てる、との発言は注目されます。鵲は庶民というか下層出身のようですから、大海人皇子は下層民に「優しい」政治を行なうだろう、と期待されているようです。確かに、大海人皇子は乙巳の変後しばらくは下層民に近い生活を送ったようですし、その後に都に戻ってからも、中大兄皇子に従者として4年以上仕えていました。
その意味で、大海人皇子は下層民のことがよく分かっている、という設定でも不思議ではありません。その大海人皇子が、最高権力者たる天皇に即位した後、どのように変わってくるのか、ということも注目されます。表題からすると、この作品の「本編」は壬申の乱で終了するのかもしれませんが(「未来編」として、これまでのように不比等が実権を握って『日本書紀』を編纂していた奈良時代初期が挿入されたり、今後天平時代の場面が描かれたりするのではないか、と予想しています)、できれば天武(大海人皇子)朝も少し描いてもらいたいな、と思います。
こう予想するのは、手塚治虫『火の鳥 太陽編』が印象に残っているためなのかもしれません。『火の鳥 太陽編』では、民に優しく度量の大きかった大海人皇子が、壬申の乱を経て即位後に、兄の天智帝(中大兄皇子)のように猜疑心が強く冷徹な権力者になっていくところが描かれていました。この作品の大海人皇子も、あるいはそうなるのかな、という気もします。『ダ・ヴィンチ』2013年4月号(関連記事)にて原案監修者が、救世観音像は隠れ主人公であり、入鹿・天智・天武・鎌足・不比等ら歴史上の主要プレイヤーの間を彷徨い続けて、どういう喜怒哀楽や人間の業を受け止めていくのか書きたい、と述べているのが気になるところです。
大海人皇子は、中大兄皇子と豊璋(中臣鎌足)を自分の手で殺せるのか、そもそも殺したいのか分からない、と鵲に打ち明けました。大海人皇子と鵲との関係からして、これは大海人皇子の本音でしょう。こうした甘いところがあり、それ故に人望を集めているところもあるだろう大海人皇子が、壬申の乱を目前にすると、今後の経験により考え・性格が変わっていき、権力奪取のために異父兄の中大兄皇子のような非情な人間になっていくのかな、と予想しています。
しかも、そのさいに打倒すべき相手が、甥であり愛娘の夫でもあるばかりか、互いにその器量を認めて好感を抱いている大友皇子となると、大海人皇子の変貌・人間の業がより深く印象づけられるように思います。まあ今回の話の展開からすると、今後も丁寧に話が展開していきそうなので、まだ随分と先の話になりそうです。長期連載はほぼ確定したのかな、とやや安心していますが、今号から連載の始まった作品が物議を醸して回収・廃刊になるような事態を心配しています。せめて壬申の乱までは、白村江の戦い編のように丁寧に話が続くことを願っています。
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