『太陽にほえろ!』90話「非情の一発」10

 私のテレビ環境では、現在のところ東京メトロポリタンテレビジョン・テレビ埼玉・テレビ神奈川を視聴できます。現在テレビ埼玉では『太陽にほえろ!』のジーパン在籍時が再放送されており、先日90話「非情の一発」が放送されたので視聴しました。90話「非情の一発」に関しては、すでにファミリー劇場HDリマスター版でも視聴しており、簡単な感想を述べたことがあります(関連記事)。その時も最高評価としたのですが、今回再視聴してみて、やや長めの感想をまとめてみることにしました。

 ジーパン在籍時で私が最も高く評価してきたのは101話「愛の殺意」(関連記事)で、700話を超える『太陽にほえろ!』のなかでも五指に入るくらいではないか、と考えていました。しかし、今回90話「非情の一発」を再視聴して、刺激的な面白さという点では101話「愛の殺意」に劣るとしても、話の自体の面白さ・深さではむしろ上回っているのではないだろうか、と認識を改めつつあります。これは、私が40代に突入して、山さんや犯人の坂田と同じくらいの年齢になったことが大きく影響しているのかもしれません。

 90話「非情の一発」の主役は山さんで、犯人の坂田(表記が明示されていないので、これでよいのか不明なのですが、この記事では便宜的にこうしておきます)との対比が主題となっています。『太陽にほえろ!』では、犯人が終盤まで不明な話で多いように、犯人がさほど目立たないというか、重要な役割を担わないこともあります。しかし、90話「非情の一発」は山さんと犯人の坂田の二人が主役といった感があり、この二人の比重が高くなっています。山さんが主人公の話で、このように山さんと犯人の存在感が他のレギュラーやゲストを圧倒している話としては、163話「逆転」(関連記事)が思い浮かびます。

 犯人の坂田は、これまで一匹狼の用心棒として犯罪に関わってきました。しかし坂田には、殺人だけは行なわない、という信念がありました。山さんが出所直前の坂田を刑務所に訪ねるところから話は始まります。坂田は出所したらまた何か事件を起こすのではないか、と山さんは案じていました。そんな山さんに、坂田は結婚するつもりだ、と言います。山さんと同じく40代に突入した坂田は用心棒としての衰えを自覚しており、「ささやかなマイホーム」が欲しくなった、というわけです。

 山さんは、坂田が結婚しようとしている相手がモデルの江島麻里(表記が明示されていないので、これでよいのか不明なのですが、この記事では便宜的にこうしておきます)だと突き止めていました。坂田は、相変わらずの山さんの的確な調べに感心します。ゴリさんもジーパンも、山さんから坂田が結婚を考えていると聞き、とくに疑問に思っていないようです。ところが山さんは、坂田は結婚しない、と断言します。坂田は家庭を持って落ち着くような人間ではない、必ず何か事件を起こす、というわけです。

 山さんは執念深く坂田を監視しますが、無駄なのではないか、とジーパンは山さんに疑問をぶつけます。しかし山さんは、40代は働き盛りではあるものの、先も見えてくるわけで、衰えを自覚している坂田は必ず最後の勝負に出る、と坂田が事件を起こすことを疑っていません。山さんの懸念通り、坂田は山さんの尾行をまき、事件を起こします。坂田は、レストランで高利貸しを拳銃で殺しますが、巧妙な工作により証拠を残しません。山さんは、坂田の犯行を防げなかったことを激しく後悔するとともに、殺人だけは行なわないという信念を貫いてきた坂田がついに殺人を行なったことに衝撃を受けます。

 山さんは坂田を厳しく取り調べますが、巧妙な工作のため坂田は証拠不充分で釈放となります。坂田が江島麻里との「マイホーム」に戻ると、そこはもぬけの殻でした。坂田が愕然としているところに山さんがやって来ます。江島麻里は坂田が前科者であろうが関係なく惚れ込んでいたのに、坂田は彼女を殺しのカモフラージュに使っただけだから、彼女はそれに耐えきれなくなって逃げ出したのだ、と山さんは坂田に指摘します。

 山さんの指摘を軽くかわした坂田は、自分が証拠不充分で釈放になったことを忘れるな、と山さんに警告します。すると山さんは、証拠はそのうち見つかる、と反論します。そんなに自分を捕まえたいのか、そんなに自分が憎いのか、と坂田に問い質された山さんは、そうだ、と答えます。自分は罪を憎んで人を憎まずと悟れるほど立派な人間ではない、人を殺し、傷つけ、騙す犯人が憎い、と山さんは本音を打ち明けます。

 すると坂田は、我々は小さい頃から大人に騙され逃げられた似た者同士のようだ、それ故に自分のことが気になるのだろう、一歩間違えば自分になっていたかもしれないからだ、と山さんに指摘します。山さんは、あるいはそうなったかもしれない、と坂田の指摘を認めつつ、お前は絶対俺にはなれない、と坂田に指摘します。坂田は、うだつの上がらない刑事になどなりたくはない、と言って山さんに退室するよう命じます。

 ここでの山さんと坂田のやり取りは、ひじょうに見応えのあるものでした。山さんの孤独な生い立ちは、すでにこの時点までにも何度か語られており、すっかり確立したキャラになっていました。それを活かしての二人の会話となっており、山さんが坂田を執念深く追及するのも、山さんが一歩間違えば坂田のような人生を送っていたかもしれないからだ、という坂田の指摘が重く響きます。しかし一方で、坂田は自分にはなれない、と山さんは指摘しています。ここに、山さんの刑事としての矜持がよく表れていると思います。

 坂田は一係が江島麻里の居場所を知っていると推測して、山さんを尾行します。山さんは、坂田と江島麻里を接触させ、坂田に殺人を依頼した黒幕を突き止めようとして、あえて坂田の尾行に気づかない振りをします。坂田は山さんの目論見通り江島麻里を見つけ、二人はよりを戻すのですが、二人の乗った自動車は黒幕の雇ったトラックにぶつけられ、坂田は負傷しながらも助かったものの、江島麻里は死んでしまいます。ちなみに、坂田と江島麻里が車中で楽しそうにしている時に流れてくる「ハチのムサシは死んだのさ」の作詞者は、坂田を演じている内田良平氏です。

 山さんは、江島麻里を泳がせて黒幕を突き止めようとしたら、江島麻里が死んでしまったことを悔い、坂田に謝罪します。坂田は、江島麻里を殺した奴を許さない、と宣言します。子供の頃から大きな夢を抱きそれに賭けてきたものの、いつもしくじった、そうした夢に賭けることが自分の生きがいだったが、江島麻里は最後の夢だったのかもしれない、と坂田は告白します。山さんは坂田に、お前は現実を見る勇気がないだけだ、と指摘し、勝手なことはさせない、と宣言します。このやり取りに、上述した山さんと坂田との違い、山さんの矜持の根拠が窺えます。坂田は、自分を逮捕するような証拠はないはずだ、と山さんに言って立ち去ります。

 山さんは、坂田に殺人を依頼した黒幕を突き止めようとして、坂田と同じ頃に服役していた囚人の河野(表記が明示されていないので、これでよいのか不明なのですが、この記事では便宜的にこうしておきます)を調べます。河野が坂田と黒幕との間の仲介者になったのではないか、というわけです。山さんは河野を呼び出し、問い詰めます。当初河野は、坂田のことを知らない、と否定しますが、山さんは河野を脅迫し、坂田に依頼したのが桧垣(表記が明示されていないので、これでよいのか不明なのですが、この記事では便宜的にこうしておきます)という人物だと自白させます。

 ここでの山さんの脅迫には見応えがあります。河野の刑期は三ヶ月であり、それが刑事に呼ばれたとなると、警察の手下ではないか、という噂が立ち、出所後に黒幕から殺されるのではないか、と山さんは脅迫したわけです。河野は、刑事のくせに脅迫とは汚いぞ、と山さんを責めますが、山さんはまったく動じず、汚いのは百も承知だ、と堂々と言います。呼び出しに応じて部屋に来た時点でお前の運命は決まってしまったのだ、と山さんは河野に宣告します。

 河野からの告白は、山さんにとって意外なものでもありました。今回冒頭で、河野が坂田に殺人を依頼し、坂田が一度断っている場面が描かれています。それなのに坂田が殺人を請け負ったのは、山さんが坂田を訪ねたからでした。山さんから執拗に追われることにうんざりした坂田は、殺人で報酬を得て高飛びしようとしたのでした。坂田の犯行を防ごうとした山さんが、足を洗って「マイホーム」で江島麻里と暮らそうとしていた坂田を犯行に追いやってしまった、というわけです。何ともやりきれない話になっています。

 河野の自白はありましたが、それだけでは証拠不充分であり、坂田も桧垣も逮捕できない、というのがボスの判断でした。山さんは坂田のさらなる犯行を防ごうとして、桧垣の邸宅に赴き警護を申し出ますが、桧垣に断られてしまいます。その桧垣に坂田が電話をかけてきて、さらに報酬をよこせ、さもないと警察に自首するぞ、と脅迫します。桧垣は、約束の報酬を自分で運んで坂田に渡す、と約束させられてしまいます。このやり取りを、桧垣の邸宅を訪ねた時に盗聴器を仕掛けていた一係はしっかりと把握していました。

 桧垣邸から自動車が出ると、山さんと殿下は尾行を始めます。しかし山さんは、坂田がこんな危険な取引に素直に出向くだろうか、と疑問に思い、途中で自動車から降り、タクシーで桧垣邸に戻ります。山さんの懸念通り、坂田は桧垣邸に侵入し、桧垣を殺そうとしていました。逃げようとした桧垣の太腿を撃って動きを封じた坂田は、止めを刺そうとします。そこへ山さんが現れ、お前を逮捕する、と坂田に宣告します。坂田は逃げようともせず、逮捕されてもよいが、その前に桧垣を殺す、と山さんに宣言します。

 山さんが拳銃に手をかけようとすると、坂田は、拳銃を取り出したら先にお前を撃つぞ、と山さんに警告します。山さんは、お前の今度の夢は殺人鬼になることか、と言って坂田を説得しようとします。坂田は一瞬沈黙して行動が止まり、山さんが拳銃を取り出しても撃とうとはしません。その様子を見た坂田は、微かに笑みを浮かべます。そこへボスが現れ、坂田を説得しようとしますが、坂田は聞かず、桧垣を撃とうとします。山さんはその前に坂田を撃ち、坂田は崩れ落ちます。坂田は近づいて来た山さんに、良い腕だな、お前は強い男だ、と穏やかな表情で言って絶命します。

 この場面は、山さんが拳銃を取り出す前に撃とうとしなかった坂田の行動が不自然とも解釈できます。しかし、これまでの話の流れからは、不自然な行動ではないだろうな、と思います。子供の頃から大きな夢を抱きつつも、常に挫折してきた坂田にとって、江島麻里と結婚して家庭を築くことは、最後の夢でした。その夢に破れたわけですから、坂田は桧垣を殺そうとしていたものの、内心では自暴自棄になっていたのではないか、と思います。自分が認める山さんに殺されることも覚悟しているというか、そうなることを予期しているような破滅願望が坂田にあったのではないか、というわけです。

 お前の今度の夢は殺人鬼になることか、と山さんに問われたことで、自分はもう生きていても仕方ないし、生きようとも思わない、と坂田は強く自覚したのではないか、と私は解釈しています。75話「仕掛けられた銃声」(関連記事)で、わざと弾を抜いてゴリさんに射殺された元刑事と似たような心境だったのではないかな、と思います。この元刑事も、何の望みもない人生が嫌になり、死んだ方がましだ、と考えていたことをボスとゴリさんに告白して絶命しました。

 今回の話はここで終わりなのですが、エピローグも余韻があってよかったと思います。桧垣が起訴されることになった、とボスが皆に伝えると、天網恢恢ですな、と長さんが言うのですが、ジーパンは何のことか理解していません。長さんが説明し、近頃の若者には学がない、とゴリさんがジーパンをからかうと、ではゴリさんは若くないということですね、とジーパンが逆にゴリさんをからかい、一係は盛り上がります。しかし山さんは、その盛り上がった場でも沈黙しており、それを見た一係の面々は沈黙してしまいます。

 山さんはそうした様子を気にすることもなく、淡々と、久々にツモリに行くので、何かあったら連絡をください、とボスに言って部屋から去ります。その様子を見た久美ちゃんは、山村さんはあんなことがあったのにまったく変わらない、と言います。するとボスが、変わるわけない、山さんはいつものように自分の仕事を自分なりにやり遂げただけだ、と言い、今回は終了です。このボスの言葉に、山さんへの厚い信頼と、山さんの刑事としての矜持の根拠が窺えます。

 犯行を阻止しようとしたことが、かえって犯行に追いやってしまった、ということで山さんの受けた衝撃は大きかっただろう、と思います。しかも、黒幕を探ろうとして江島麻里を泳がせていたら、黒幕が江島麻里を殺してしまったこともあったわけですから、山さんが今回の事件について内心では強く後悔し、落ち込んでいることは間違いないでしょう。それでも山さんは、いつものように事件を解決し、振る舞っているわけで、ここに、坂田も認める山さんの強さがよく表れていると思います。

 今回は、それまでの設定を活かしつつ、山さんの魅力をよく描けていたように思います。これは、脚本だけではなく、山さん役の露口茂氏と坂田役の内田良平氏の好演も大きいと言えるでしょう。面白い脚本と好演がそろっての傑作であり、どちらが欠けても物足りなく思っていたことでしょう。この頃には、放送開始から一年半以上が経過し、各刑事のキャラもおおむね固まり、安定してきたように思います。もっとも、それはマンネリ化にもつながるわけで、マカロニに始まった(放送開始の時点では予想外の)殉職による刑事の交代は、その意味では『太陽にほえろ!』の長期化に大きく貢献した、と言えるでしょう。

この記事へのコメント

一係の非常勤
2018年09月14日 00:11
#90『非情の一発』
昔出ていた太陽の4800シリーズで言うなら、『山さんハードボイルド編』とでも名付けたい内容の一編。
何がって、刑期を終えて出所した坂田を自ら出迎える山さんが、一係の他の刑事たちが信じない中(特にジーパンとゴリさんは)山さんには必ず再犯を犯すと言う、何かに取り憑かれたような確信を持っていて、それが揺らがないところが特にすごい。
番組初期にあった山さんのアウトロー的な部分がクローズアップされた回で、最後の内田良平との対決も光る。
余談ながら、一係室でジーパンが『いい女ですね』と言って見ていた週刊誌に出ていた女、坂田が所帯をもつつもりだ と嘯いたモデル 絵島マリを演じたのは、『プレイガール』で片岡由美子役を演じた片山由美子。
片山がゲストのためか、太陽では珍しくバスルームでのシャワーシーンがあるサービス回(と言っていいのか?)となっている。

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