西シベリアの45000年前頃の現生人類のゲノム

 西シベリアの45000年前頃の現生人類(Homo sapiens)のゲノムについての研究(Fu et al., 2014)が報道されました。『ネイチャー』の今週号には解説記事(Callaway., 2014D)も掲載されています。ナショナルジオグラフィックでも取り上げられています。本論文は、シベリア西部のウスチイシム近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された現生人類の人骨(男性の左大腿骨)のゲノム配列と年代を報告しています。ロシアの芸術家(マンモスの牙の彫刻)ペリストフ(Nikolai Peristov)氏がマンモスの牙を探していたところ、川岸から突き出ていたこの人骨を偶然発見したそうです。

 この人骨は発見地にちなんで「Ust’-Ishim」と命名されました。「Ust’-Ishim」人の考古学的文脈は不明とのことです。「Ust’-Ishim」人の年代は47000~43000年前頃で、現代人と同程度の高精度なゲノム配列が得られました。「Ust’-Ishim」人は、現代のアジア人およびアメリカ先住民・24000年前頃のシベリアの少年(関連記事)・その他の旧石器時代の狩猟採集民と同程度の遺伝的な近さを有しており、ユーラシアの現生人類集団が東西の各集団に分離する前か、分離した頃に存在していた、と推測されています。

 「Ust’-Ishim」人のゲノムにも、非アフリカ系現代人と同程度の約2%のネアンデルタール人由来の領域が確認されました(「Ust’-Ishim」人の方がわずかに多いと推定されています)。したがって、「Ust’-Ishim」人の祖先集団は、非アフリカ系現代人の祖先集団と同じ頃にネアンデルタール人と交雑しただろう、と推測されています。ただ、現生人類とネアンデルタール人との交雑は1回のみではなく複数回あり、それが現代東アジア人においてネアンデルタール人由来のゲノム領域がやや多い理由になっているのだろう、とも指摘されています。

 本論文の注目点は、「Ust’-Ishim」人のゲノムで確認されたネアンデルタール人由来と推測されている各領域が、非アフリカ系現代人のそれよりも長いことを明らかにしたことです。世代が続いていけば、両親のゲノムが混ざり合うことにより、ネアンデルタール人由来のゲノム領域も断片化されていき、個々の領域は当初よりも短くなっていきます。本論文はこの違いから、「Ust’-Ishim」人の祖先集団がネアンデルタール人と交雑した年代は、「Ust’-Ishim」人よりも13000~7000年前だった、と推定しています。

 じゅうらいは、現生人類とネアンデルタール人との交雑は中東で起き、その年代は86000~37000年前頃と推測されていました。しかし、「Ust’-Ishim」人のゲノム配列が決定されたことにより、両者の交雑の年代が60000~50000年前頃に絞り込まれたことが、本論文の大きな意義と言えるでしょう。この年代は、現生人類のヨーロッパ(そしておそらくアジア)への拡散時期と一致する、と指摘されています。「Ust’-Ishim」人は、おそらく5万年以上前に出アフリカを果たした現生人類集団の子孫集団に属しており、その集団は後に絶滅したのだろう、と本論文の著者の一人であるヴィオラ(Bence Viola)博士は述べています。

 現生人類アフリカ単一起源説の代表的論者であるストリンガー(Chris Stringer)博士は、この研究によってじゅうらいよりも現生人類とネアンデルタール人の交雑の年代が絞り込まれたことで、現生人類早期出アフリカ説に問題が生じたことを指摘しています。現生人類早期出アフリカ説では、60000~50000年前頃との現生人類後期出アフリカ説よりも早い年代での現生人類の出アフリカと、ユーラシア南岸沿いでのスンダランドやサフルランドへの現生人類の進出が想定されています。

 しかし、スンダランドを構成していた東南アジアの大陸部・島嶼部の現代人や、サフルランドを構成していたニューギニア・オーストラリアの先住民のゲノムにも、他の非アフリカ系現代人のそれと同程度のネアンデルタール人由来のゲノム領域が確認されているのですから、現生人類とネアンデルタール人との交雑の年代が60000~50000年前頃に絞り込まれたとなると、現生人類早期出アフリカ説の想定は苦しいのではないか、というわけです。

 こうした疑問にたいして、現生人類早期出アフリカ説を主張しているペトラグリア(Michael Petraglia)博士は、現生人類後期出アフリカ説よりも複雑な現生人類の出アフリカを想定しており、「Ust’-Ishim」人の祖先集団も含む後期の出アフリカ現生人類集団が、アフリカ外の早期出アフリカ現生人類集団を人口で圧倒した可能性を提示しています。私も、この見解が基本的には妥当だろう、と現時点では考えています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


遺伝学:シベリア西部で発掘された4万5000年前の現生人類のゲノム塩基配列
遺伝学:4万5000年前の現生人類のゲノム
 2008年に、シベリア西部のウスチイシム近郊にあるイルティシ川の土手で現生人類の大腿骨化石が見つかり、約4万5000年前のものと推定された。J Kelsoたちは今回、この標本から得たゲノムの塩基配列を解読し、この個体が、ユーラシアに移動した現生人類が西部集団と東部集団に分かれる前か、分かれたのと同じ時期に生きていた男性であることを明らかにした。解析から、この個体が、ネアンデルタール人由来のゲノム塩基配列を現代ユーラシア人に見られるのと同程度の量保有していることが分かった。ネアンデルタール人由来のゲノムセグメントの長さに基づき、この男性の祖先にネアンデルタール人の遺伝子が流入したのは、彼が生きていた時期の1万3000~7000年前だと見られる。現生人類とネアンデルタール人の交雑時期は、従来の見積もりでは8万6000~3万7000年前とされていたが、今回の研究で、交雑はおよそ6万~5万年前に起こったことが示唆された。この年代は、現生人類のヨーロッパ(そしておそらくアジア)への拡散時期と一致する。



参考文献:
Callaway E.(2014D): Oldest-known human genome sequenced. Nature, 514, 7523, 413.
http://dx.doi.org/10.1038/514413a

Fu Q. et al.(2014): Genome sequence of a 45,000-year-old modern human from western Siberia. Nature, 514, 7523, 445–449.
http://dx.doi.org/10.1038/nature13810

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